ライオンシティからリバーシティへ -5ページ目
2013-08-02 13:15:02

翻訳業とキュレーション

テーマ:翻訳
私はフランスの学校を卒業していて、20代の半分以上をフランスで過ごしている。

だから昔から私を知っている人に私が翻訳をしていると言うと、「フランス語?」と聞かれるけれど、9割以上は英語。それも、ほとんど金融の産業翻訳。

翻訳エージェントに営業をかけた後、舞い込んだフランス語の仕事の依頼は、法律の条文やら、裁判所の判決やら、私の専門外で、辛気臭くて翻訳していて面白くないものばかりだった。フランス語には関わりたいものの、フランスの法律の条文や判決には関わりたくないから、断ってばかりいる(唯一引き受けてそこそこ楽しかったのはパリ観光のテレビ番組の映像翻訳)。

一時どっぷり浸かっていた、本来の「特技」ともいえるフランスやフランス語からどんどん離れていく一方なのは寂しいけど、なにせフランス語って本当につぶしが効かない!需要が少ない。できる人も少ないんだろうけど、ニーズはさらに少ない(TωT)

原文の内容が面白く、自分自身の血肉になり、しかも市場性があって報酬がもらえる。。。という基準で来る仕事を受けたり、断ったりしているうちに、自然に残ったのは、金融、証券、政治、経済の時事ネタ、証券会社レポートの英日翻訳だ。

本当は、"History of Money "のようなスケールの大きいアメリカの硬派のノンフィクション本を翻訳したい夢があるのだが、出版翻訳は本当にマーケットが小さくて、新参者の入る込む余地がない。コネのない私はどうしたらいいのか良く分からない。

昨年、アメリカの大学の会計学の教科書の大著の出版翻訳の一部下訳を引き受けて、半年ほどずっと翻訳を続けた。ところが最近、出版社の都合で刊行中止となってしまった。これからもくじけないで出版社に持ち込みや提案を続けたいとは思う。でも、これから出版翻訳の翻訳家として食べていきたいと考えるのはあまり現実的でないかもしれない。

翻訳の仕事は専門性、教養、語学力、日本語力など、さまざまな能力が求められ、決まった時間に決まった量以上の仕事は出来ないアナログな仕事だ。現在の日本では、よほど仕事が途切れないか、単価が高いか、大きな印税が入らない限り、家族を養っていけるほどの報酬を得るのは難しい。だから、翻訳者には圧倒的に家計を世帯主として支える必要のない女性が多い。その辺の業界事情や、どうやって翻訳者として食べていけるかは、一人者である故山岡洋一さんや井口耕ニさんの本に詳しい。

翻訳家は差別化やブランド化が難しい。明らかに下手な翻訳は問題外だとしても、普通に上手い翻訳でも翻訳者は黒子。たとえ神業的に上手い翻訳者であっても単価は上手さに比例して上がることはない。

翻訳書を読む読者にとって大事なのはあくまでオリジナルの文章の内容であって、翻訳の質や翻訳者の名前ではない。わずかな例外として村上春樹さんや山形浩生さんの訳書があって、こうした訳者の名前は原著者の名前より訳者の名前の方が大きく出ていて、訳者の名前が付加価値になる。

だが、これすらも村上さんや山形さんの翻訳者としての能力が価値の源泉ではない。市場価値があるのは、面白い本を自分のチョイスで選んで解説する彼らのキュレーション能力に対する多くの人の信頼だ。翻訳能力はおまけなのである。

このようにもともと差別化が難しいところに、優れたアルゴリズムによるグーグル翻訳などが人間の翻訳者を代替するようになり、ましてや英語公用化によって若い世代のビジネスマンは翻訳を介さず、英語世界にダイレクトに接するのが普通になるだろう。また世界の英語化で、(フランス語のように)英語以外の言語から日本語への直接翻訳の需要は減るように思われる。職人としての翻訳者稼業の未来はどう考えてもあまり明るくない。

それでも翻訳業を志す人が多い理由の一つは、翻訳という作業はある種の性向を持った人にとっては、お金に関係なく快楽を伴う作業だからだと思う。

外国語の意味やニュアンスを日本語に置き換え、書き手の精神構造の中に入り込んで、それを自分に言葉に転換していく作業は、稼ぐお金とは関係ない楽しさがある。翻訳とは手を使いながら精読することだから、目だけを使った読書より、ずっと深くテキストに入り込めるのだ。また、難しい構文をうまく日本語の文章に流し込めたときには、難しいパズルを解いたときのような快感がある。

翻訳作業は快感だ。私は翻訳が大好きだ。

でも仕事としてみたとき、将来性と付加価値があるのは翻訳そのものではなく、特定のテーマのもとで翻訳するべき文章を選び取り、そこに意味を与えて読み手に読ませるキュレーション作業の方だろう。

おそらく目指すべきはキュレーションなんだろう。
キュレーションすることを念頭に入れて翻訳する。キュレーション目的で翻訳してみる。情報収集や頭の整理の手段として翻訳を使う。翻訳は楽しい。でもたとえ朝から晩までずっと翻訳していたとしても、翻訳する行為を究極の仕事と考えてはいけないのだ! 

自分の中での翻訳の役割を整理してみたら、すっきりした!












2013-07-25 09:58:55

義務、居場所、やるべきこと

テーマ:女性
フルタイムで働く人も、フリーランスで働く人も、専業主婦でも。シングルマザーでも、そうでなくても。日本人でも、外国人でも。

女同士の子供ネタって楽しい。

赤ちゃんの時は、おむつを取る時期や乳離れの話。食べ物の好き嫌い。湿疹やアトピー。保育園や幼稚園の行事。

小学校に入ると習い事や学校の話。子供の性格や友達関係の話。何時に寝かせるとか、テレビやゲームを見せるとか、見せないとか。学校にどんな子供がいるとか。何を食べさせるとか、食べさせないとか。塾に行かせているとか、行かせていないとか。祖父母との関係とか。最近のいじめ関係事件や治安とか。

現在進行形で子育てしている女性は自らの子育てを通じてリアルな子供関連の情報を蓄積しているから、どんな人にも語るべきものがある。そして、どんな人もそれなりに他人との情報交換に興味を持っている。

子供がいなかったときには、他人との共通ネタってもっと少なかった。

私はもっと孤独だった。

恋愛の話も、仕事の話も、個人的な話って他人にそうそう簡単にはしゃべれなかった。価値観や置かれた状況の個別差があまりに大きいからだ。

「将来××になりたい」、「私は本当は●●したい」、「本当は△△が大嫌い」、「この人をどんなことがあっても自分のモノにしたい」なんて、信頼できる気心知れた親友にしか話せなかった。

個人の生き方は千差万別だけど、子供の育て方や子供に対する思い、子供と一緒のライフスタイルは千差万別なようでいて、万国共通、実はわりと似通っている。

子育ては社会的な行為なので、子育てを巡る会話には個人の「エゴ」が全面に出ない。他人と完全に同じ意見でなくても「そうだよね~」と他人の思いに共感しやすい。

子供を生むことは大きな選択だ。でも、ひとたび生んでしまえば、母親にとって子育てをめぐる1つ1つの行為は大半の義務と日々の小さな選択の連続である。

食事を作り、洗濯し、掃除し、子供の相談に乗り、子供の勉強を見てやる。学校に持っていく持ち物の準備をする。習い事の送り迎えをする。子供の教育費を稼ぐために働く。こうした行為は「間違っているかも」と迷うことはない。とんでもない失敗に遭遇することもなければ、失敗を恐れて不安にさいなまれることもない。

そして、それらの行為に関わることは「自然なこと」なので社会的認知も得られる。

母であること、他人の世話をすることによって、女性の生活は規則的になり、他人と似たような生活になる。子供を通じて女性は社会化され、居場所が与えられて精神が安定させる。

そうやって若さや冒険心や自由や個性は失われていくかもしれない。でも、そんなものは子供を生まなくたって死ぬまでには徐々に失われていく。子供が大きくなれば、自分に失われたものを自分の後継者である子供が補ってくれる。

母になって分かった意外な楽さ、楽しさ。多分、祖母になったら「祖母になってみて分かった意外な楽しさ」があるんだろうな。

















2013-07-19 15:25:57

貨幣の歴史

テーマ:歴史
大好きなアメリカの人類学者ジャック・ウェザフォード の1998年の本。
The History of Money/Three Rivers Press
¥1,556
Amazon.co.jp
マネーは、3月に出た拙著 の第1章のテーマでもある。アメリカのバーナンキの金融政策やアベノミクスのせいで、とても旬のテーマでもある。

ウェザフォードさんは博識だ。いろいろな時代の、いろいろな社会と貨幣の関係を生き生きと描き出している。

こういう真面目で面白くて奥行きがある本が英語圏に沢山あるのは、やっぱり英語読書人口を背景として出版市場の厚みが違うからだろう。

たとえば、ギリシャ文明と貨幣との関係が書かれた2章はこんな感じ(要約)。

...ホメロスがトロイ戦争を描いた時代、ギリシャにお金は存在しなかった。

ギリシャの町はどこもなるべく他の町との交易(物々交換)を抑えていた。ギリシャの人々にとって富を得る方法は、交易ではなく征服だった。

ホメロスが描く古代ギリシャの英雄たちの心は直情的な「怒り」で一杯だ。怒れる英雄たちは一族の名誉を守るための戦いに明け暮れた。戦争から戻ったオデッセウスが陶磁器工房を開いたり、牧場やワインショップを営んで余生を暮らしたとは、想像できない。

他人と妥協や交渉をしようとせず、名誉を守れないくらいなら死を恐れなかった偉大な英雄たちは、あるいは「八重の桜」に出てくる会津の武士や戦前の陸軍軍人のような人たちだったかもしれない。

そんなギリシャに、アナトリア半島の小国、リディアで生まれたコインがもたらされた。標準化されたコインによって、小口の価値を定量評価できるようになってから、富を得る方法は征服から交易に代わった。商売が広がることで、「怒り」の感情はいつしか「穏健」「中庸」を重んじる精神に変化した。

世界初の硬貨を生んだ国、リディアは豊かな国で、その絶頂期の王であるクロイソスは、英語の”rich as Croesus(クロイソスのように金持ち)”という表現に名を遺している。

これがリディアの世界初の硬貨である!


やがて、硬貨はモノだけでなく、時間や労働、神様への貢物の単位としても使われるようになる。

豊かなリディアは女が結婚相手を自由に選べる国だったという。女はオイルや農作物を市場に持ち込んで売ることでコインを稼ぎ、貯められるようになり、それを持参金とすることで嫌いな男との結婚を拒めるようになったという。中には市場で売春相手を探して持参金を貯めようとする女性すらいたという。

貨幣と市場の誕生とともに売春、賭博、ゲームが生まれた。

その後、リディアは古代ペルシャ帝国の軍隊によって征服されて滅亡したが、リディアが生んだコインを使った交易システムは地中海世界全体に拡がった。ギリシャの都市国家の1つ、アテネは強固な通貨に基づいた民主主義国家となり、アテネ市民の生活の中心は王の居城ではなく、市場が開かれる「アゴラ=広場」となった。

商業で蓄積された富によってアテネの市民に余暇が生まれ、政治、哲学、スポーツ、芸術が花開いた。貨幣経済によって人々は社会関係を拡張し、合理的、抽象的な思考をするようになり、やがて、これまでは考えられなかったほど複雑に社会を構造化できるようになった。

だが貨幣を中心に回る経済は抵抗なく拡がっていったわけではない。たとえば、アテネのライバルの都市国家で禁欲的なスパルタは最後まで硬貨の鋳造に抗ったし、プラトンやアリストテレスの哲学は市場経済を否定している。

とはいえ、ギリシャ文明が古代エジプト、アステカ、ヒッタイト、バビロン、クレタ、モヘンジョダロとは明らかに異なるレベルに達したのは、隣国リディアが生んだ硬貨のおかげに他ならない。ギリシャ文明の特徴の背後には他の文明にはなかった硬貨による貨幣経済の発達がある。決してギリシャ人が民族として他民族より優秀だったからではないのである。

こうした「そもそもどうなのか」系の話に私は弱い。

高校時代、世界史をもっともっと勉強したかったのに、受験に追われて表向きの知識しか得られないのが不満だった。

金融の仕事をしていくなかでも、いつも「お金って何だろう」と不思議だった。

そろそろ夏休み。俗世を離れてじっくりウェザフォードさんの世界に浸って、「なぜなぜ」を追求しよう!



ライオンシティからリバーシティへ

↑これがリディア硬貨。日銀の貨幣博物館 で見られる。





















Ameba人気のブログ

Amebaトピックス