4刀流社会人ブログ 『こまじの世界』

4刀流社会人ブログ 『こまじの世界』

食育アドバイザー・ダイエットインストラクター・バスケットボールコーチ・介護福祉士の資格を持つ4刀流社会人。

6月も終わる。今年の前半を振り返る。

 

まず、なによりも今年のハイライトといえば、投資の勉強をしっかり出来た上で、色々実践できたこと。

投資というとギャンブル性の高いイメージになりやすいので、資産運用というべきかな?

今年は特に円安が大きく進んだこともあって、勉強する価値があった。もう少し早く勉強してたら、もう少しできたことはあったが・・・

 

仮想通貨界隈はまだまだ発展途上な分野なようで、色々勉強しては触ってみたり、過去の事件(ビットコインが世間から嫌悪感を持たれたいくつかの事件)の内容も詳しく知り、ビットコイン=危ない というイメージが少し変わった。

また、ここでだけ少し公表するが、日々色々な投資(仮想通貨・FX・BCGなど沢山)の収益は、投資額を抜いて1日あたり−1万〜+30万といった感じ。

1日30万というと、あり得ないギャンブル性のものに手を出した感があるが、そんなわけではない。

稼いだものを再投資したりしていく結果、最高額がそうなったというだけ。

 

ちなみに今も、稼いだものは基本的に再投資か、別の法定通貨にして置いたりと円には戻さず、生活費とは境界線を引いて回している。

じゃあ生活費は・・・? と知り合いにもよく言われるが、そもそも失業手当を受けているので、そっちで十分回っている。

投資で稼いだ分は、失業手当の受給にあたって差し支えないらしい。(調べ済み)

 

本当は、さっさと仕事を始めて、失業手当ではなく再就職手当(失業手当の給付を受けずに仕事を始めると、受け取るはずだった額の7割程度貰える仕組み)を受給する予定だったが、せっかく投資の勉強機会なので、現状に至った。

 

投資だけで食べていこうなんて基本的には考えていないので、1ヶ月程度を目処に就職する予定で考えている。

ここでようやく、明日香村に引っ越した本来の目的である、農業への挑戦が始まる。

当初の予定から半年遅れ。笑

 

ただ、今少し考えているのは、投資と自分の事業を軸に、他のやってみたい仕事(農業の他に3つほどある)に触れてみながら生きていくのはアリだなあと最近思う。もちろん、その中でばっちりハマるものがあれば、定着すれば良いし、無ければ色々触ってみたい。

 

あとは、つい先日だが高校3年生から愛用していたバッシュをついに買い替えた。

右膝の大怪我前から使っていたし、僕の最大の推し選手のモデルだったので、買い替えは悩んだが、アウトレットに行くと『今日入ったんです、この選手のモデルが入るのは珍しいです』と、同じ選手のモデルがあり、サイズもあったので即購入。

ついでに、ずっと長財布だった僕は、折り畳みのコンパクト財布に変更。理由は現金を使う機会が減ったから。

余談だが、いまだに現金支払いのみの店には驚かされる。お年寄りが営む個人店なら理解出来るが、その他はあり得ない。どんだけ遅れているのか、日本。

 

続いて、ダイエット。

ちょうど今日から、さらに筋トレの頻度を上げて、運動の時間も増やす予定。

最近、これまでの筋トレメニューでは筋肉痛にならなくなってきたから。

食生活も、もう少し絞っていく予定。

 

実はバスケでも、現役の頃に少し近い動きが戻ってきつつある。膝の痛みがある日はセーブしなければできないが・・・

運動や筋トレを続けているからか、今年は膝の痛む頻度が少ない。

一昨年に医師から言われたのだが、『痛むのは筋肉不足も原因。ただ痛む中で運動するのも良くはないから、少しずつ筋肉をつけるしかなくて、難しい。』と、半月板損傷後に言われた。

今年は、多少の痛みは無視して続けているので、良い方向に向かっている途中かもしれない。

 

最後に。

今年の目標である『心・技・体の全てで最高の自分になる』は、順調な方だと思う。体がまだまだ現役の頃から程遠いので、ここから更に厳しくしていくことで現役の頃に戻し、超えていきたい。他2つは既に結構最高に近い。

 

こうやって書くことで、自分自身の振り返りを出来るので、あえてまとめず殴り書きにした。

読みにくくてすみません!😅

バスケ部を引退し、専門学校に入学。その過程で、僕はバイトを始めることにした。

肉体労働もあるそうな近所のバイトとして、コーナンのバイトに応募。

面接の日を決め、その日を迎えた。

 

バイトの面接に落ちたという友達の話を何度か聞いたことがあり、わりと断られるものなのかと認識していたが、僕自身もバイトの面接は2つ目。

1つ目は駅前にできた弁当屋で、応募して面接するも断られた。ただ、2ヶ月後には閉店し、どうやら経営自体が厳しかったようだ。

部活を通じて人前で話すことに自信を持った僕には面接など、なんのプレッシャーも無かった。

履歴書と筆記用具をボディバッグに入れ、家を出る5分前までゴロゴロしながらテレビを見て過ごした。

そして面接へ出発。

 

自転車で向かう途中も『どんな仕事が多いんかな』とか、入職後のことしか考えていなかった。

そして到着。

店長と対面。そんなに悪い人では無さそうだが、仕事の出来なさそうなゆる〜い雰囲気を感じた。

楽な面接になりそうだ、そう思った。

 

面接が始まる。

希望理由など、いかにも面接の形式的なことを聞かれ、何も考えていなかったが、思うままに話した。話しながら僕は「面接のお手本みたいにキレイな回答してる・・・」と自分に酔った。笑

 

『分かりました、じゃあ週どれくらい入れそうかな?』と聞かれた。

部活もないし入れるだけ入ろうと考え、答えようとしたその時、

『あっ、そういえば履歴書受け取ってなかったね、出してくれる?』

 

あーたしかに渡してないや、普通最初なのに。と思った瞬間、急に血の気が引いた。

僕はボディバッグも、その他カバンらしきものも持っていなかった。

一瞬、ポケットに手を入れて探す素振りで考える時間を稼ごうとしたが、履歴書をポケットに入れるわけもない。

その瞬間に悟った。

 

「あー、こりゃ面接落ちたかな」

履歴書を入れたボディバッグは家に置いたままだった。

僕は「すみません、家に忘れてきました」と少し笑いながら言ってしまった。面接で散々模範的な回答をしながら履歴書を忘れるという大失態に笑いを堪えきれなかった。

 

すみません、もう面接は無かったことにしてもらっていいです。

と潔く自分から引こうと思ったが、それを口にする直前で、

『取ってきてくれる?』

と店長に言われた。一応、こっちから働かせてくださいという前提なので、従うことにした。

 

家に戻る途中で母親に電話し笑いながら「履歴書忘れてもた!家の下まで〇〇(弟)に持ってきてもらって!」と。

履歴書を持ち、再度向かって少し店長と話し、終了。

 

1週間後に不採用の封書が届いた。

自信を持って挑んだが故に生まれた、笑える大きなミスだった。

『ウチの子も勉強できなくて〜』

よくあるママ友同士の会話。

僕が小2の時に友達の母親と話す、僕の母の言葉。いまだに何故か忘れていない。

 

僕は学年でもトップクラスの成績を残し、なおかつ塾など習い事にも一切通っていない。

自分でも「優秀な方だ」と小学生なりに自負していた。

母には学校の話は毎日のようにしていた。

母が話す相手は、T君の母親。T君は大体いつもテストで50点程度。90点以上が大半の僕とは流石に差がある。

が、さっきの会話ではまるで同じレベルのように言われた。

僕は反論した。

 

「こないだのテストは95点やったし、いつも90点くらいやのに!」

僕の言葉は無視されたまま、母親同士の会話は続く。

相手と離れた後、母にもう一度同じことを話した。

『知ってるよ』

と母に返された。今思えば母にとっては気まずいシーンだっただろう。

 

僕は幸い、言い返せるほどに点を取っていたし、自信を持っていた。

中学に入り、勉強せずに点を取ることが不可能になるまで、「自分は賢い」と自信を持っていた。

中学に入ってからは勉強をすれば点を取れるが、部活に時間を割くのに重点を置き、勉強しなくなった。

ただ、地頭(学業の成績じゃなく、そもそもの頭のキレ)の良さは相変わらず自信を持ち続けて、今に至る。

体育などの運動能力にも同様に自信を持っていた。

 

自分に自信を持つことができる子供は少ない。

成功体験を基に自信を持つと、更なる意欲が生まれたりする。

一方で、頑張ってきたはずのことを親に否定されるのは、特に小学生にとっては誰に否定されるよりもダメージが大きい。

大人同士の謙遜など、子供には理解し難い。

 

仕事を始めてからも、褒められる機会というのはあるだろう。

「かっこいいね」「よく出来たね」「すごい」「優しい」「さすが〇〇くん」

僕は自分で「いや、それは違うな」と思うときは否定するし、それ以外は「ありがとうございます」と受け止める。

そして、褒められた部分をより磨くことを心がける。ただし、褒められるためにではなく、自分の長所として。

 

僕は常に自分に自信を持って動いている。

それが災いを呼ぶこともあるが(この件については次の記事にします。笑)、絶対にプラスに働く方が多い。

 

皆さんもぜひ、子供たちの前で「この子はできない」と言うクセをなるべく減らしてあげてください。

思っている以上に、子供の心には刺さります。