「エネルギー保存の法則」
高校の時、物理で習ったのを覚えている人もいらっしゃるかもしれません。

 

一言で言うと、

「エネルギーは形を変えてもなくならない」ということです

 

わかりやすく例えると

高いところにある物体は、高さという位置エネルギーを持っています。

落下することでそれが運動エネルギーになります。

 

つまり違う状態になっても、ちがった状態のエネルギーに変わる事でエネルギーそのものは無くならないのだと理解しています

 

 

 先日「遥かなるルネッサンス展」に行ってきました。

ルネッサンスを担ったメディチ家の秘宝展とでもいうのでしょうか

 

私は大変感銘を受けました

 

といってもその中の「天正少年遣欧使節団」の4人の少年たちについてです

 

織田信長の時代、彼らは日本の布教を担うべく、ヨーロッパに派遣されたわずか13,4歳の4人の少年たちでした

 

中学校の歴史で習った時には「ふーん」程度で、大した興味もわかなかったのですが、今回はなぜかとても心惹かれました

 

イエズス会が彼らをヨーロッパに派遣した目的は 

日本の布教のための資金援助と彼らに日本での布教の中心を担わせるため。

というところでしょうか。

(これは植民地化を視野に入れていたという見方もあるようですね)

 

そのためには、ローマ法王はもちろんのこと、各地の諸侯たちに彼らを気に入ってもらい、支援の約束を取り付けねばなりません

かなり重大な役割です

 

 

日本人を初めて見るヨーロッパの人たちにとって、4人の一挙手一投足が日本人そのものになってしまいます。

その想像以上のプレッシャーの中で、彼らは見事にその役割を果たしました。

 

今でこそ、ヨーロッパの人たちはとても身近ですが、当時は殆ど情報のない中、わずか10代の子供たちが、まったく想像もつかない異国の地で異国の人たちを相手にです!

 

 

当時奴隷としてアジア人がヨーロッパの中では珍しくない時代でした

そういう中、少年たちは当時のヨーロッパ人に 日本人の感性の鋭さ、礼儀正しさ、謙虚さ、賢明さ、素晴らしさを印象付けたのです。

 

日本側にはあまり資料は残っていないみたいですが、当時のヨーロッパでは大きなニュースになったようで、いろいろ調べてみると、彼らの人間くさいエピソードが伝わってきて、とても親近感を感じます

 

また、彼らがこの時 持ち帰り、その後の日本に広めたものに

活版印刷機と印刷技術、西洋楽器(音楽)などがあります

 

 

先日、小林麻央さんがお亡くなりになられました

 

乳がんになられブログを発信されてからは、時々読ませていただいておりました

 

余命が長くないことを知りつつ、明日への希望を繋ぎながら、どんな気持ちでお過ごしなんだろうと、元気になればいいなと思っていたものです

 

彼女はどんなときにも心から幸せを感じていたに違いありません

 

本来幸せとは、地位や名誉があるとかないとか、お金があるとかないとか、出来事がどうだとか、そんなことに左右されないところにあると思うのですが、彼女はまさにその状態で生きてらっしゃったのだと思います

 

人は亡くなると 身体という物質は変化します。しかし変化してもあり続けます。

そしてもう一つ、目に見えない形であり続けるのが 心というエネルギーです

 

私たちが亡くなった人を偲ぶとき、その方を思い出します。

その時の心の状態、それによる行動、それこそが変換された亡くなった方のエネルギーです。

 

今 この世にいらっしゃらなくても 亡くなった方から生前も死後もいろんな形で、私たちは影響を受け続けていて、ご本人も知らない何世代も前のご先祖様の影響を受けていることが少なからずあるのです。

 

実際に、このあたりのことは家族療法でも扱います。

 

 

それは 自分では自覚がないかもしれませんが想像以上に大きな影響かもしれません。

その影響により、価値観が変わったり、ビリーフが変わったり、国の歴史を変えるようなこともあるのだと私は思うのです

 

もちろん、生きている時にご本人は、そこまで自分が影響を残すとは思っていらっしゃらなかったかもしれません。
 

 

 

小林麻央さんの生き方、在り方に影響を受けた方は多いと思います

現に今、その影響で 幼くして母を亡くした子供たちへの援助の必要性に目を向けられ始めています

 

このように 亡くなったとしても意識無意識の両方で、わたしたちに何らかの影響を与え、知らず知らずのうちに、周りに影響を与え、波紋のように全体が変化していく‥‥

 

これこそが「エネルギー保存の法則」です

 

 

数多くのアジア諸国の中で、直接、欧米諸国と接しながら植民地化されなかった数少ない国である日本。
独特の文化を育み、西欧文化に影響されながらも、日本独自の文化、魂の奥に受け継がれてきたものを保ち続けてきた日本。


天正遣欧少年使節団の4人が日本に返ってきた時、既に時代が変わってキリスト教禁止令が下されていました

その後彼らの歩んだ人生は、報われなかったと評価されることが多いですけど、個人レベルではなく、もっと大きな歴史の流れの中で捉えるなら、彼らの果たした役割は 国と時代を越えて計り知れない影響をその後の日本と世界に及ぼしたと思っています

 

西欧が日本を植民地化できなかった理由の一つに4人の少年がヨーロッパの人たちに残した日本の文化の高さ、高貴さが影響していたのではないかと私は思うから

アジアに植民地化の嵐が吹き荒れていた近世から近代にかけて、彼ら4人はすでにこの世にいませんでしたし、後世、そういう影響をヨーロッパ諸国にもたらすとは、生きていた当時、彼ら自身ですら思っていなかったでしょう。

しかし、彼らがヨーロッパで過ごした数年間の彼らの生き方、在り方を目の当たりに見たその影響によって、


「日本は侮れない国である、素晴らしい国である」


という意識を心の奥深くにヨーロッパの人たちに残したのではないでしょうか

 

彼らの残したエネルギーは その後の日本に多大なる影響を与え、今に至っていると私は思っています

まさに「エネルギーは形を変えてもあり続ける」ですね