『日本人の魂』
弾丸東京出張でした。
夜はある公益財団法人のお招きを頂いて記念講演という形で、僭越ながら講義とセミナーを務めさせて頂きました。
テーマは、『日本人の魂』。
今、失われつつあるもの、そして今、私たちに最も必要とされていることかもしれません。
日本という国はいつ出来たのか。
日本とはどんな国なのか。
そして、「日本人の魂」とはいかなるものなのか。皆様すぐに答えられるでしょうか。
それを持って生きるとは、己の人生に、そして日本や地球の未来に何をもたらしてくれるのか…。
神話の世界が今も脈々と息づく国。
コーチングからの学びも引用しながら「日本人とは」という答えが明確になり、日本人としての誇りが目覚めてゆく青年の皆様の眼差しに後押しされ、私も語るほどに胸が熱くなって参りました。
正に魂の学び合い、本当にありがとうございました。
今後もシリーズで続けさせて頂けるようで、再会を心待ちにしております。
私たちの中に確かに存在する日本人としての心を呼び起こしてまた明日も生きてゆきたいものです。
一緒に写真を撮る間もないくらいの弾丸ツアーでした(^^)(笑)
少し早めに都内に着き、靖国神社に参拝して参りました。
ここに、240万柱にも及ぶ御霊が、御神体として祀られています。
靖国神社というと、すぐに先の大戦とセットで語られる風潮にあります。
A級戦犯。
南京大虐殺。
従軍慰安婦問題。
こういったキーワードと共に、中韓の目の敵にされている靖国神社。
マスメディアの情報に振り回されることなく、己の目で見て、真摯に学び、触れ、感じることが何より必要です。
日本の知識人と呼ばれる方や強い影響力のある方でも平気で言います。
靖国神社にはA級戦犯が合祀されているから参拝することはけしからん、と。
或いは、戦争犯罪人であるA級戦犯さえいなければ…。だからせめて分祀(分けて祀る)しようと。
英霊の御霊は、大きなロウソクの炎のように、240万柱あるといえどもその全てが合わさって「一つ」になっているものです。
その「一つ」こそが御神体です。
そこから、どうやってA級戦犯と呼ばれる方々の御霊だけを取り出して分祀するのでしょうか。
A級戦犯が合祀されているから良くない、と仰る方達に、ぜひ尋ねてみて下さい。
では、A級戦犯とは何ですか、と。
その定義は何か。
いつからA級戦犯なのか。
どんな人がA級戦犯なのか。
恐らく、かなり曖昧な答えしか返ってこないはずです。
なぜなら、A級戦犯という言葉に隠された真実を知れば、間違いなく日本人として、「けしからん」などという意見は出てくるはずもないからです。
メディアの情報を鵜呑みにし、先の大戦を「引き起こし」、「侵略」を推し進めた「責任者」たちが東京裁判に於いてA級戦犯と判決を受け処刑され、その霊が靖国神社に祀られている…という認識でしかないはずです。
巷に溢れるTV、ラジオ、新聞社全社の情報は、全て何らかの情報コントロールが成されています。
全社、です。
更にそのコントロールの思惑には特色があり、各メディア、会社ごとに情報の傾向、思惑があります。
誰が?何の目的で?何を理由に?
巷に溢れている情報のみでなく、多くの本や有用なサイト、伝聞など様々な情報を自分で咀嚼し、「真実」を感じる力を養って自分の芯となる考え方、生き方を創ることが今の時代は特に不可欠であると痛感します。
先程挙げた三つのキーワード、それぞれの言葉の定義を明確にして公正な目で素直に学ぶ心があれば、驚くような真実に突き当たるはずです。
A級戦犯とは何か?
南京大虐殺とは何か?
従軍慰安婦問題とは?
南京大虐殺に関しては、いよいよメディアがこれまでの報道を「取り消す」という流れにまでなってきました。
もうかれこれ20年、その真実を追求し学んできた身としては嬉しくもありますが、これもやはり「思惑」があることを見逃してはなりません。
私はいわゆる右翼思想などではありません。
私の考えが右寄りに見えるなら、どうやらこの国はまだまだ左に傾いてるかもしれません。
例えば、もし私が
「国旗が掲げられていたら、背筋を伸ばして敬礼します」
「日本国家に忠誠を誓います」
「君が代は、国民として直立不動で歌います」
と言い出したら、多くの方はどう思われるでしょうか。
「え?右翼?」
「あいつ危ないんじゃない?」
と思われるのではないでしょうか(笑)
しかし、これらは諸外国に行ったら、その国に生きる者としての基本中の基本です。
こんなことを胸を張って言ったら、
「なにお前当たり前のこと言ってんの?」
と、却って馬鹿にされることでしょう(笑)
私はただ、日本人としてこの国に生を受け、日本語を母国語として話し、そして日本の国土の上に立ってその恩恵の元で命を育んでもらったことの恩を忘れず生きたいと願っています。
そして、日本人として生きる以上、その誇りとアイデンティティは持っていて当然、と考えています。
また、日本人としての芯と誇りを持ちながらそこから真の「地球人」としての視野を持ちたいと考えています。
靖国神社への参拝は、改めて心からの祈りと感謝あるのみでした。
先人が護りたかったものは、彼らの家族や大切な人だけではありません。
先人が己が命を捨てて護りたかったもの、それはこの美しい日本の国土と、私たち未来の日本に生きる子どもたちであったはずです。
その御心に、私たちは応えられているでしょうか。
先人が護り、私達に託して下さった未来は、今のこの日本の姿で本当に良いのでしょうか。
今一度、自分の中の「日本人の魂」に目覚め、磨き上げ、そして次世代へと継承してゆくことの大切さに思いを馳せる機会となりました。