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フランス語の勉強のために、フランスの雑誌 Le Nouvel Observateur や新聞の記事を日本語に訳して掲載していました。たまには、フランス語の記事と関係ないことも書きます。


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フランスの週刊誌、Le Nouvel Observateur の先週号(10月25-31日号、通巻2242)で、関する興味深い論考を見つけました。「機会の平等」に関するものです。

「機会の平等」という概念は、新自由主義の人が使うとき、「機会は平等にしたから後は個人の責任」と言って突き放すためにあるのですが、そのとき、現実には機会平等は大きく損なわれています。国立大学の学費が、しつこいようですが法外に高い現在、日本のどこに機会の平等があるというのでしょうか。

しかし、学費が世界標準で安い欧州でも、機会の平等を保証すれば全てが解決するわけではありません。ある程度の結果の平等が保証されなければ、機会の平等もいずれ損なわれるのは、日本の例を見ても明らかです。


『機会の平等?誰のため?』


Egalité des chances ? Pour qui ?

par Patrick Savidan



L’individualisme triomphant est-il compatible avec l’exigence de justice sociale ? Le président de l’Observatoire des Inégalités interpelle aussi la gauche


勝ち誇った個人主義は社会正義の要求と両立するだろうか?不平等研究所所長が左翼をも咎める。


Le principe

(原則)


 全ては1789年、革命家たちが政治的自由を広げつつ、社会的条件を平等化しようとした時に始まった。「どのようにして自由と平等を両立させるか?」彼らは自問した。なぜなら、以下のように宣言したから。「万人は政治の面において平等に自由でなければならない」、それは、平等の名において、社会での地位というカードを切り直すことを可能にする税の引き上げとは別のことである。極端な貧困が残存する限り、権利の平等を擁護すると主張することが無意味になるということに革命家たちは気付いていた。慈善、博愛または国家によって受ける再分配が必要だっただろうか?答えは徐々に、自由を侵害しないで平等を保証するように見える、「機会の平等」になっていった。人々はその時、今日では我々個人の表象と一致する、この理想の正当性を認めた。自律を模索し、自分自身の才能によって自己を構築し、選択しそれを引き受けることのできる状況に自らを置こうとする存在という表象である。

 機会の平等という非常に個人主義的な概念は、今日実施されているように、実態において、不当であることが明らかになっている。人々が昇進と昇給を受けるべきであると思うのは何によってだろう?それは、我々を我々自身に連れ戻すことである。私が才能を信じるためには、したがって私の活動の収益を個人化しなければならない。これらの条件で、人々がこの活動の収入の一部を私から先取りすることが普通だと思うことがどうしてできるだろうか?なぜなら、私が個人の才能を信じれば信じるほど、公正な社会のための連帯という努力に貢献する気持ちがなくなるからである。


La lutte contre les discriminations

(差別との闘い)

 公正であるためには、互いの競争関係に入る時点で全ての人を平等にすれば本当に十分なのだろうか?この理想の実現のために、人々は目に見える障害物と戦うことに夢中になる。かくして、機会の平等の名において、人々はあらゆる差別と闘う。恵まれない地区の一人の若者を取り上げよう。彼は人種主義の犠牲者だから、そこから脱出できないと考えることができる。社会がこの差別を取り除くことに成功することを認めよう、彼に何が残るか?彼の個人としての責任だ。ところが、問題は個人的なものだけでないことは誰もが知っている。特定の微妙な都市の地区では、若者は40%、さらには50%!に達しようとする失業率に苦しんでいる可能性がある。つまり、個人の面で解決したとしても(そしてそれは解決しなければならない)、差別という問題は依然として社会的問題であり続けるだろう。結局、現在の差別への集中は、結果として社会問題を覆い隠すことになる。それにもかかわらず不平等を正すことなく。


Les foyers d’inégalités en France

(フランスにおける不平等の発生源)


 1980年代には、不安定雇用 précarité は、年毎に、人口の20%という割合に留まっていた。今日、この硬い中核は30%に達する。世代間の不平等は増大している。年金、給与、資産において。若者における収入の不平等は再び増加し、資格のない人々の立場は次第に弱くなっている。女性は依然として職業生活と家庭生活の関係に折り合いをつけるのに苦労している。パートタイム労働の時間の80%は女性によって行われている!そしてこれらの女性の4分の1にとって、それは我慢されている!不平等の是正という観点では、学校は後退局面にある。バカロレアのSは社会的に高く評価されている専門課程である。ところが、管理職の子供は、労働者の子供よりもそれを勝ち取る可能性が8倍高いことが知られている!(グランドゼコールの)準備学級には、6%の労働者の子供と42%の管理職の子供がいる!社会的承認が生じている。管理職の子供には長期の学校教育、恵まれない階層の子供には一般教育からの早期の退場というわけだ。「唯一の中学校」を問題視することは、この論理に組み込まれている。早期の選別という形態に戻ること、それは結局、不平等が自然に組み込まれているという感情を生むことだ!この不当な状況で、機会の平等は無力だ!


Selon la gauche

(左翼によると)


 右翼でも左翼でも、人々は機会の平等を擁護する。しかし彼らの言説が首尾一貫しているなら、全ての政治家は最近の相続税に関する改革には異論の余地があると思うはずだ。エリートの社会的再生産を加速する「税制のパケット」も同様に異論の余地がある。なぜならこれらの施策はより恵まれた層への贈り物であるばかりか、より恵まれない層の状況を改善するための施策を国家に禁じるための手段でもあるからだ。この議論では、より良い再配分を呼びかけることがより強調された配慮を左翼が表明することは全く正当である。ところが、真に左翼であるということは「現実の」機会の平等という原則を再建することにあり、それを社会的公正の精髄、一つのドグマと見なすことにはない。機会の平等が倒錯的な理想にならないように、非常に多くの社会的条件を結び付けなければならない。この先入観は、社会的条件を現実に改善するために、かなりの水準の再配分を実施することを前提とする。ところが現代は、再配分を唯一可能にする税に対して疑いがかけられている。


Le sarkozysme

(サルコジスム)


 サルコジ大統領は集団には目を向けず、個人に目を向けている。彼によると、社会的問題への答えはまず個人から発するという。学区の例を取り上げよう。この改革は、父兄が子供たちの学校を選べるということにある。地区間の不平等という問題に対する個人的解決だ!サルコジは制度を改良しようとせず、個人個人に対して不公正なままにとどまる秩序の内部でより自由に移動する可能性を与えるだけだ。サルコジが雇用について語るとき、「時間外労働」に基軸を置いた彼のプログラムは個人に照準を合わせている。彼が贈与の制度を改革するとき、地主は自らの労働で資産を獲得し、より大きな割合で、良いと思う者に移転する権利があるという考えを擁護する。この超個人的政策は、それを行使する手段として、自分が獲得した資格を誰にも負っていない「self-made-man(腕一本で出世した男)」に価値を置く。個人の才能という過激化したイデオロギーに根付いたこの見解は、私には根拠のないものに見える。才能とは、もっと複雑な概念だ。左翼は跡継ぎが嫌いだが、右翼は好きだ。しかし批判されるべきこと、それは相続ではなく、個人的な関係とは別に考えることを知らないということである。一種の恩知らずの結果として、我々が社会的、文化的状況の後継者でもあるということを右翼の人々は忘れている。

 アメリカの経済学者でノーベル賞受賞者のハーバート・サイモンは、「社会資本」に関する自身の著作の中で、人が何かを生産するとき、技術、ノウハウ、インフラストラクチャー、社会的関係・・・を我々の自由に使えるようにできる状況に非常に広く依存していることを示した。我々が自分自身の才能を表現できるのは、この社会的状況である。つまり、我々の能力の価値がいかに相対的なものであるか、ということである。ハーバート・サイモンによれば、富の生産機構において、社会資本は90%の役割を果たしている。彼はしたがって、90%の税率を正当化できるということを示唆している!恐らく彼はわざと誇張しているのだろう。このような高い税率が引き起こすであろうやる気のなさという要因を考慮に入れなければならないことを彼は意識している。ソ連がそれを立証した。進歩的な思想が確実さを取り戻さなければならないとしたら、この「全て個人的」を告発することによってである。個人主義と決別しなければならないのではなく、個人の外にある所与の条件に盲目的でない形の個人主義を奨励しなければならないのだ。機会の平等に見せかけて人々が少数の恵まれた者happy fewに賭け金を残らず掻っ攫うのを許している限り、残りの者が苦しさと幻滅に戻される限り、社会の分裂は速く進むだろう。社会的脅威の反対側で、貧困のリスクも社会的排除のリスクも切迫していない場合にしか、機会の平等は許容できない。



出典:

PATRICK SAVIDAN

Propos recueillis par THIERRY GRILLET


LE NOUVEL OBSERVATEUR 2235 6-12 SEPTEMBRE 2007

http://hebdo.nouvelobs.com/hebdo/parution/p2242/articles/a357662-.html




ここでは直接出てきませんが、「機会の平等」に対置されている概念は、「結果の平等」です。しかし、日本で「機会の平等」というとき、過去にも現在にも存在しない「結果の平等」ではなく、「機会不平等」が対置されていると考えます。今、フランスがサルコジ政権のもとで「結果の平等」への道を捨てて個人の責任に依存する「機会の平等」のみに重点を置く政策を進めているのに対して、日本は「機会の平等」を保証することすら放棄しています。国立の大学の学費を、2年ごとに値上げすると決まった時点で始まっていたといって良いでしょう。それが、個人所得が低下してもなお継続しているところに、この国の教育に関する姿勢が現れています。

フランスの政権が持ち出している「減税」は、税の再分配機能を弱めるためのものですが、日本の政府が持ち出している「増税」は、大企業や富裕層の減税とセットであり、税の逆進性を強めて、やはり再分配機能を否定するものです。

フランスの企業負担はドイツよりも高いので、それをドイツ並みに減らすことには、百歩譲って理があるとしても、既にドイツよりも低い日本の企業負担を、財界の要求するままに減らすことには、何の合理性もありません。まして、大企業の減税分を消費税増税、累進緩和(逆進性強化)によって、一般国民に押し付けることは、国家が国民に牙を向くことと等しいとさえ思います。

日本の社会資本の恩恵を受けておきながら、恩知らず ingratitude にも、さらなる減税を求める財界の傲慢さ、強欲さには呆れるばかりですが、自民党というのは、元々そういう方面の人々のための政党であり、それに誤解に基づいてでも投票した一般国民(の一部)の方がどうかしいたと言っていいでしょう。(フランス大統領選でサルコジに投票した財界・富裕層以外のフランス国民にも同じことがいえると思いますが。)

それにしても恩知らずな日本の財界。日本の社会基盤、優秀な労働力の恩恵を受けておきながら、世界的に見ても高くない税負担をさらに低くしろ、とは。このような要求をする企業の製品を買うべきではないかもしれません。また、税逃れに日本から脱出した金持ちの再入国を禁止すること、海外に本社を移した企業の製品の輸入禁止措置が必要と思いますが、自称「愛国者」はなぜ、それを言わないのでしょうか。

今日本で起こりつつあるのは、教育費の高騰、税の逆進性強化による、結果平等の放棄、機会平等の喪失、階層の固定化です。さらに言えば、先進国の中で最も低い医療費をさらに減らそうとする財務省とそれに頭の上がらない厚生労働省による、命の機会の不平等化でもあります。次の選挙ではよく考えて投票しないと、自分の健康、生命すら脅かされるということも、考えた方が良いと思います。日本の医療に関しては、手遅れかもしれません。一度、英国のように本当に崩壊してしまわないと、気付かないのではないでしょうか。


追記:
どこへ行く、日本。(福田は国民羊化計画と構造改革(=政財癒着推進→格差拡大)をやめられるのか) の11月8日の記事、<日本企業の税負担は軽すぎる!>トヨタ中間決算から負担率は25.9%【IZ::…でBlog生活】  によると、トヨタの税負担率は25.9%だそうです。日本の法人税負担率は高すぎるから下げろ(下げた分は低中所得者に負担させろ)という日本の財界の主張は、国際的にも許容されない、どこまでも我がままで恩知らず、恥知らずなものだということは明らかです。

追記2:(2008年2月2日記)
新自由主義者の恩知らず、恥知らずぶりに関して、

変なこと  公正かつ公平な富の配分

で、分かりやすい言葉で的確に表現されています。

サービスを提供する人間はどうやって生まれて、どうやって知識や技能を手に入れたのでしょうか?親や教師、友人や見知らぬ他人のおかげです。それを「自分一人で大きくなった顔をして」他人から富を奪い取ろうとしているのが新自由主義者だと思います。




おまけ:

以下の曲は、私が最も好きなフランスの歌の一つですが、「Chace」がキーワードになっています。
この曲の時代(ミッテラン大統領の再選前後)には、機会の平等と結果の平等がまだ保たれていたのかもしれません。

Jean-Jacques Goldman - C'est ta chance





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