clubbiのブログ
  • 16Jul
    • 今日は久々に猫に石を投げて追っ払った

      猫は、文化財を引っ掻いて壊す糞をひって汚すだから僕は追っ払ったしかし何のために脅かすのかみんなみんな生きている猫を助けたい動物を助けたい僕も猫も家族もみんなみんな生き物生き物とは痛み持てる消えない存在たちだ生き続けながら生きないという生き方

    • control

      this is very correct word to saycontrollto make everybody obey tobe happybuthappiness of everyone is diffrentsothe end of our happiness depends on not me but everybodyso have nothing to do but to respect others.

    • 世の中にもっとたくさんの性があったら良いと思う

      世の中には男性と女性がある、、で、実はバイセクシャルもある。つまり性は様々なのだそれでも、男性と女性とゲイとかレズとかバイとかクロスだけでは数える程しかないというものだでは人間以外とバイセクシャルすればどうか無数のセックスが営まれる。それもボディ=有体ではなく、、、ソウルでやれば良い、、、それが楽変化天ものがたりなのだ無機物も含めてセックスだセックスの意味は他者との交流、調和、和解、共感と共生だ。

    • 定立とは定めて一つの場所に立ち続けるということ

      此の広い広い宇宙で、一点に停まることしかし留まるとは、移行すること。移り住むこと。なるべく多くのときをたの場所で生きるというか困難を受け入れること翻って定立とは始点。原点。基準点。北斗七星では人生の起点はあるのか起点が有れば終着点はあるのかこんな事を考えるのはそもそも起点があるのか世の中の人はそんなこととは無頓着だ子どもの幸福家族の病気恐怖の到来失業そんなことに殊更に怯えてもっともっと大切な人生を忘れている

    • むかしのまつり

      むかしのまつりはぶれいこうといううえのものはひごろのつみをあがなうとともにがすぬきしてしもじものはんらんをかんわするためしもじもはというとこのひだけはげんそうにふけってうえをこらしめたきぶんになるためそんなことがいみがあったのかどうせげんじつはしたとうえがないとうえとしたがないじょうげがなくなるとおんどがなくなってしめつする

    • 僕には親友が居る。だがその二人ともう何十年も会っていない

      そのように近隣に語ったら「それは親友ではない」と切り捨てられただがそれでもその二人が親友なのだ。理由は無い。親友は親友だ。唯一自分のことを言いたい相手だそのうちの一人は僕がなりたかった教授とかだもう一人も教授だ僕は田舎の宣教師で、そろそろ黄泉も近いので、この世で今生の別れというか、この世の話をしたい、、、そう思ったので、、、デコポンを送ったりしたそうすると、、、、、こんなことを書いても良いか分からないが、誰も察知できないししても意味ないから書く「たとえ力はなくても、やってやったと思うだけの充実感ができる程にもできなかった的な返事が来た孤独な僕をおそらく哀れんで親しくしてくれた親友だ会いたい

    • 亡国のみりんピック

      なぜ、瀕死のサービス業や母子家庭の派遣労働者は切り捨ててアスリートに塩を送るのか枯れても無尽蔵の血税で暮らすセレブと死ねば生きたことさえ知られない人々の業か

    • 熱波に水飲まぬ人々のわけの画像

      熱波に水飲まぬ人々のわけ

      心に残ったことだけ書きおく宮崎さんは四歳のときに父を亡くされた。亡くなったのはビルマ戦線だ。お母様が現地に「遺骨収拾?」に行きたいというので、それを応援しながらビルマの出来事を学んだという。私はその年二回の供養会に導師として参加してもう40年になる。その頃は遺族ではなく戦友の方が二百人以上も参加して供養会をしていた。そして毎月清掃に来ておられた。彼女は、その清掃に来た老齢の戦友の方々に、熱い熱い夏だったのでお水を差し上げようとしたところ、彼等は決して飲まなかったという。それはなぜか。読者自身で考えてほしい。私の資料 2021/7/11戦争を語る師匠である宮崎さんを迎えて将来の平和の旗手である和田さんに誘われて学生と会う資料 私は戦争について何も知らない。それが最も罪なことだ。 当然この戦争という術語は貧困や差別に置き換えられる。それでも自殺者の母が「人殺しよりは良かったかも」と言った。 ㈠ 何故、お寺にパゴダがあるのか。 ①「今も山河慟哭する」と書いてある。不遜な問いだか遺族ならこうは書かないだろう。戦友ならではと勝手に思っている。 ②先々代41世は「御仏の瞳は慈悲に輝きて罪と悩みの子ら微笑む」と書き先代が其れを石碑にした。これは希有なことだ。それが寺であり、仏教創始者の釈迦ブッタの一族は皆殺しにされていて、その様な情況から生まれたのが仏教だと師匠に教えられて育った。(資料、仏教入門1&2、因みに空海の実家は奴隷管理官吏だった。独白「世界の学者は何故事実を隠蔽するのか。茶坊主か」) ③藤井ビルマ会会長に褒められた私の祭文。戦友よ、敵よ、住民よ、敵味方なく和解して、今は平安にあられよ、、、というような内容に賛辞されたと勝手に思っている。しかし、私の言葉箪笥の「戦争」という引き出しには未だ、戦争らしいものは無かった。有ったのは、零戦の模型や戦艦大和技術的優位性や、丸木さんの広島の惨劇の絵だった。 ㈡ 私の理論的進歩 ①日本国憲法前文に感動する ②ブッダ最古のお経は反戦そのものだった。 何故、仏教は戦争を止められなかったのか ㈢ 真の平和への道 戦後50年頃から、アジア地域の戦地を訪問し体験を聞く活動と、ある意味でのお詫びの貧困解消ボランティアに取り組む。 訪問地、広島、長崎、水俣、知覧、沖縄、三机湾、韓国、成都、タイ、ビルマ、ベトナム 救援活動、四川、タイ、ビルマ難民キャンプ16年継続中 ①当時小四生の体験談の衝撃。 この証言会がなければ僕の活動はなかったし、活動がなければ何も無かっただろう。経典理解も別の方向へと行っていただろう。 これが平和活動への起爆剤起点となる。(因みに、貧困解消活動の起点は大学時代のセツルメントだ)。七人テーブルで間近に聞く。各人の母が子を探しに来るが、皆容姿が爛れていて判明せず「何々ちゃーん」と呼ぶが、再開して直ぐに死んでいく。友人を置き去りにする話しなど。初めて戦争に近づいた感じ。どうも人間は親しくなるとその人の事が他人事でなくなる。いくら良い話を聞いても他人事は他人事だ。 余談、戦争回避の信念=友人になれば戦争しない。実際、今回のビルマ軍隊暴力事件でビルマ在住の二人の友人とラインで交信して数日から数ヶ月不眠と過呼吸と心臓痛が起こった。 沖縄戦の証言は「真の仏教と日本国憲法の理想」末尾に集録。テレビで見る悲惨とはまた別の痛みが私の胎内に住居する体験。 韓国「秀吉以前のものは一つもない」中国「この辺り一帯は全部焼かれた。祖父は殺された」 ②ビルマ会での証言。遺骨収拾に行って「おーい、中村くーん。帰って来たぞー」と叫ぶ話し。 参照「四国遍路体験集その一56頁」 ③タイビルマ現地を訪問での見聞 2005/タイのナムケン上陸。 2008/ビルマ内戦?難民キャンプ。入植者と間違われる。メーソットで日本語ができる老人「元日本兵が文具を持ってくる」 2012/孤児院救援開始。友人Ivy「私の祖父母は殺された」「by whome」「by Japanese"」。出会ってから六年目にして初めて暴露された。 2019/パガンで日本人墓で祈念する。とうとうここまで来た。 ④2021/2/ビルマ軍隊暴力事件。アイビーと在面友人から情況報告が来る。胸が痛んで寝られない。3月ビルマ人YUさんの説明会で「少数民族との内戦は、内戦ではなくビルマ軍人の利権拡張の為の略奪が原因」かと思い始める。 私の戦争体験 1995年大晦日アジア太平洋戦争敗戦50周忌に「仏教徒の戦争責任」戦争懺悔の不殺生平和万灯会~現在 1999年ヒロシマ平和の灯を四国霊場会で遍路し石手寺結願。各地で被曝証言会 2000年1月阪神震災被災者県内在住の「希望の灯り」。7月長崎平和公園にて「長崎を最後の被爆地とする誓いの火」を採火 水俣湾に慰霊供養し、「もやい直しの火」。12月ヒロシマの残り火 心に刻むメモリアル行脚 2001年7月1日沖縄平和の礎慰霊と採火(証言) 2001年10/27 アフガン報復戦争に対して「10.27不殺生の祈り」。 2002えひめ丸犠牲者追悼9、11犠牲者追悼と非戦の祈り。 2002年7/1韓国侵略不殺生の祈り(懺悔と追悼非戦の誓い) 2003 3.11イラク戦争とあらゆる戦争暴力に反対する不殺生の祈り80カ寺と 2006年12/14 知覧特攻隊者慰霊不殺生の祈り 2007年6月2日 マレー半島侵略不殺生の祈り 2008年5月7日 ビルマ国境での太平洋戦争犠牲者追悼、ビルマ内戦犠牲者追悼と平和の祈り 2008年10月17日四川省成都にて成都重慶日本軍無差別爆撃犠牲者追悼と反省と平和の祈り 2008年11月佐田岬半島特別潜水艦戦死者9名追悼 2011年 東日本大震災救援追悼  ビルマ慰霊塔・硫黄島慰霊塔供養

  • 13Jul
    • 根本的に間違っていた僕の人生

      世界平和がブッダの目的だ世界平和は離欲すれば即席だしかし仏教を理解できない人々は欲深い。だから世界平和のためには総選挙で過半数を取ったり、広告のために、そして暴力と貧困の解消の為に金が要る金が要るから節分などの収入事業が要る。つまり拝金者に堕すそれは間違いだったそうではなく、来る人を拒まず稀人と相談するのが僧侶の役だ。何故ならこの世が苦しくて考え込んだのが僧だからやはり根本的に考え方が間違っていた。人生が終わってようやくわかる。

    • つれづれなるいずれ

      権力を振るう国家公務員らしき人に不公平は良くないといわれたのでいずれ土日祝日は休業開始は九時に用意し始めて、開店は九時半昼は十二時前に戸を閉め始めて、一時から戸を明けて一時半開業四時半から閉め始めて、五時には閉門終了有給閉鎖は年に20日にしましょう結果として一月四日開業、開門九時半、昼閉門11時半、関門一時半、閉門四時、土日祝日閉鎖。忌引閉鎖。突然閉門年20日です。これが公平というものです。ついでにどうして公務員だけ罪を問われることが少ないのか罪を犯しても6千万とかの退職金貰えるのか年金は本人が死んでも配偶者に出るのか掛け金が国民年金の四分の一で税金からたくさん出るのか。それを追求した加藤紘一は加藤の乱を起こしたのか

  • 12Jul
  • 03Jul
    • 奥さんの無念もさることながら国民の大事であるのに、ここに投票するのかの画像

      奥さんの無念もさることながら国民の大事であるのに、ここに投票するのか

      NHKより福田元首相 財務省決裁文書改ざん 一連の政府対応に苦言2021年7月1日 19時21分公文書管理の強化に取り組んできた福田元総理大臣は、財務省の決裁文書の改ざんについて「行政的には決着したと言われているが、簡単に割り切れるか政治も考えなければならない」と述べ、一連の政府の対応に苦言を呈しました。総理大臣在任中に公文書管理法の制定に取り組むなど、管理の強化に取り組んできた福田元総理大臣は、東京都内で開かれた国立公文書館の開館50周年を記念する式典で講演しました。この中で福田氏は、公文書管理の重要性について「健全な民主主義を進めるためには国民が真実を知ることが大事だ。作成すべき文書が作成されず、保存すべき文書が保存されていないのであれば、国民に対する背信と言わざるをえない」と指摘しました。そのうえで、財務省の決裁文書の改ざんについて「極めて遺憾な問題で、公文書管理法の制度も理念も覆すような事件だった。行政的には決着したと言われているが、そう簡単に割り切れるものなのかどうか、政治としても考えなければならない」と述べ、一連の政府の対応に苦言を呈しました。

  • 02Jul
  • 26Jun
  • 18Jun
    • 戦争と平和   夏越 健康と厄よけ

      戦争と平和 先日NHKBS1スペシャル 「少年たちの連合艦隊~“幸運艦”雪風の戦争~」を見ました。あの戦争は侵略戦争で駄目だというのが私の口癖ですが、このテレビを観て思ったのは、これらの少年兵の方々は、何はともあれ家族のために闘ったのだ。あっぱれなのだ、ということです。 主な少年兵の出演者はお二人で、一人は剣道をこととし、勇敢で死を恐れない国の為に死ぬ覚悟の人。もう一人は壮行会の時にお母さんから「生きて帰るのが国家の兵士の努め」と言われて生きることを考えた兵士。勇敢な兵士は沖縄突撃の前夜に遺書を書くが、母の言葉を想う兵士は遺書を書かなかった。遺書を書いた武官は、帰還後、帰還といっても幸運艦と呼ばれるように、生き残った船艇はほんの数隻だったのだが、帰還後、後輩に戦争について教えたが「遺書のことは言わなかった。なぜなら言ってもだれにも想像もできない」と思ったからだと語られた。戦闘体験者と体験のないものでは、戦争はまったく別物です。戦地に行っていない人は、そして人を殺していない人は、そして戦友を失っていない人は、戦争を知りません。当然私も知りません。なのに戦争とか、侵略とか、遺書とかについて語ります。つまり「語り」です。そういえば、今年出版した「四国遍路体験集」には戦死通知書が挿入されています。義理の兄の凄惨な戦死を弔うために遍路行に出た婦人の手記です。 僕はプラモデルが好きで、戦艦大和、零戦、タイガー戦車、パルサー戦車も作りました。後で考えると、あれらは人を殺すための機械ですね。なにより、それらの機械の中でたくさんの兵隊さんが死んだわけです。 石手寺にはビルマ戦死者慰霊塔のパゴダがあり、硫黄島戦死者の慰霊の平和の碑があります。 戦争オタクなことを言うと、ビルマのインパール作戦では三週間分の食料しか携行しなかった軍隊は多くが餓死し、全ビルマ作戦では六割に当たる18万の兵士が武器もない儘に死んだようだ。総じて、結果から見ると日本軍は中国に対しては10対1の大差で勝利し、米国には10対1の大差で敗北しています。言い方を換えると、弱い人々は圧倒的に殺し、強い国には圧倒的に殺されているのです。 唯一互角に闘ったというか、殺し合ったのが硫黄島です。日本兵二万人米兵一万五千人が死にました。 特攻隊の出撃地であった知覧にも石手寺僧侶を挙げて行きましたが、遺書があり「お母さん、先に死ぬ親不孝をお許しください」というように、どの遺書にも書かれていたのを覚えています。天皇陛下万歳は私が見た限りありませんでした。みなさん、飛行訓練も十分でない少年だったでしょう。 広島原爆被害者の当時小四生の証言では、途中まで足が砕け全身血みどろに爛れた学友を背負って家に帰ろうとするが途中で置き去りにした話を覚えています。それはビルマの戦友の話と合致します。ビルマ戦線では、多くの兵隊が戦友を置いて帰りました。その一端はやはり今年出版した「四国遍路体験集」に、負傷した戦友が昼時に独り藪に向い「ドカーン」と自爆する手記として掲載されています。 戦争と遍路は繋がっていたのです。鬱やリストラとも繋がり、いろいろな苦悩や苦痛と繋がっています。  さて、どうしてごのような苦しいことを書き綴ってきたのでしょうか。それは、生きるということを知るにはこれらの難儀が関門だからでしょうか。これも先の遍路体験集の体験談ですが、「娘の自死を通して、私は人の痛みを考えるようになった。生きていることの感謝ということを考えるようになった。 取り留めなく書きますが、そのように言われた方といっしょに自死の供養に来た方がこう言われたのを忘れません。 「私の娘は自死しましたが、人を殺めるよりは良かったか」。「人に殺される」ではなく確か「殺すよりは」だったと覚えています。自死は痛恨ですが、自分で決めたことです。ですが、殺すも殺されるも、特に戦争では自分で決めたことではありません。テレビの中で、後者の「生きて帰ることを母に言われた」少年は、途中までは「人を殺しません」。最期になって機銃掃射を浴びながら「殺してやる」というような気概に浸ったと言っていました。彼は、人間の本能にそういうものがあるのかとも、語っていました。しかし平常では人は人を殺せません。 長々と書きましたが、私の知らない戦闘というものは人間の知らない人間性を暴露するようです。死を恐れない武官少年兵。生きることを誓った優しい少年兵。もともと勇敢な武士と、優しい人間が居るのか。それとも、それらは同じ人間の二つの顔なのか。 分かっていることは、この人々を見てしまったからには、何らかの弔い供養をしなければならないということです。ビルマ戦や硫黄島戦や特攻機や沖縄戦や、それらの自分が知らない事実があったことを知ったならば、その酷いことに対して手向けねばならないということです。 それはその人々への誠実な対応であり、それこそが自分の生きるということを確かめる一筋の光りなのです。 どうでしょう。夏越健康と厄よけ ご一緒に夏の二十日の夜。或いはお盆の夜。様々な生きざまと死に対面して、生を尊び、死を迎え入れ、みんな一緒の人生を考えてみませんか。 お盆はおやすみ。それは古来から、飢饉や暑さで心身が消耗する季節に、体を休め、困っている人が居たら助け合って過ごすという人類の智慧だと先代は語っていました。これから猛暑になってもエアコンが無かったり、電気代が無かったりする御家もあります。 みんなで健康の祈願をしましょう。みんなで夏越の厄よけをしましょう。 コロナでどんどん疲弊していく飲食店やサービス業もあるでしょう。お寺もたいへんなことになっていますが、そうは言っておられません。みんなで声を掛け合ってがんばりましょう。

    • 仏教入門 秘蔵宝鑰2

      秘蔵宝鑰2 おさらい お大師さまは私たちの心を十段階に分けています。(うつ女子のためのお大師様の言葉より引用)四国お遍路がうつに効く理由四国お遍路で「うつ病」を寛解することができた管理人が送るお遍路情報サイトです。88か寺の体験記など、これから四国へ行こうと考えているうつ病を治したい人のために役立つ情報をご紹介します。ohenro.konenki-iyashi.com第一住心 異生羝羊心(いしょうていようしん)人間が本能のまま、欲望のままに生きている段階。煩悩の真っ只中の状態です。第二住心 愚童持斎心(ぐどうじさいしん) 道徳や論理に目覚めた段階。儒教の教えを身に着ける段階。第三住心 嬰童無畏心(ようどうむいしん) 仏教以外の宗教を信じる段階。インド哲学などが相当する。第四住心 唯蘊無我心(ゆいうんむがしん)仏教に目覚めた段階。お釈迦さまの教えを忠実に守る仏教(=小乗仏教)を知る段階。第五住心 抜業因種心(ばっごういんじゅしん)悟りの世界の存在に気づく段階。小乗仏教の上の段階。第六住心 他縁大乗心 (たえんだいじょうしん)菩薩さまが説く「慈悲」の心が生まれる段階。大乗仏教(=お釈迦さまの教えの奥底にあるものを理解していこうとする仏教。小乗仏教の次の段階ともいえる)の段階。第七住心 覚心不生心 (かくしんふしょうしん)この世のあらゆるものは、「空」だと悟る心の段階。第八住心 一道無為心(いちどうむいしん)この世のあらゆるものに「仏性」があると知る段階。最澄が開いた「天台宗」の境地はこの段階といわれる。第九住心 極無自性心 (ごくむじしょうしん)宇宙の悟りを感じ取る心の段階。真言密教以外の宗教の最高到達点は、この段階までとされています。第十住心 秘密荘厳心(ひみつしょうごんしん)人間が仏様と一体になる最終段階。この世のあらゆる真理に目覚めた心の段階で、現世で「即身成仏」となった状態。真言密教のみで得られる境地。  今引用したのは、ホームページで見つけましたが、才谷梅子さんという方が、出版社の仕事をしていて鬱になって、それでお四国遍路をしたところ、良くなったというお話です。 役立つと思い引用します。うつから脱却するきっかけになる「四国お遍路」人は、なぜ「うつ病」になると、こんな感情に支配されてまうのでしょうか?どうしようもない絶望。自分の存在価値を感じられなくなる自己否定感。何もかもがむなしくなる虚無感。いろいろな負の感情が心に蓄積されていくと、ある日突然心がポキッと折れてしまって、どうすることもできなくなります。心療内科に行って、薬をもらっても、簡単には治らないことにもすぐに気がつきます。「薬を飲んでもよくならない」「お医者さん任せでは治らない」こうして、ますます絶望感にかられてしまうのが、「うつ」なのです。「うつを治すには、本当に自分が治りたいと思うこと」。そして、「自分で自分を変えようと、強く思うこと」がとても大切です。どんな暗闇でも、いつか光が射しこみます。私たちが生きているこの世界は、つらくて苦しいばかりではないはずです。「少しでも変わりたい」と思えたとき。「今のままじゃイヤだ」と思えたとき。その気持ちを強くしてくれる場所があります。それが「四国お遍路」です。もし、少しでも変わりたいと思えたら、なくしてしまった「自分の心を取り戻す旅」に 出てみませんか?答えは、自分の中に。お遍路の最中に その答えが見えてくるかもしれません。 というように書かれています。今年出版した「四国遍路体験集 その一 自死と再生 お接待と菩薩行」にも、まったく同じような体験記がありましたね。 弘法大師空海様も、ひょっとしたらこんな気分で四国を遍路していたかもしれません。というよりお大師さまの書かれた「三教指帰」を読む限りそうなのです。それはまた「衛門三郎伝説」と重なります。あるお坊さんは、仏教を、特に真言宗を理解するには御遍路に出るのが良いと語っています。異生羝羊心から愚童持斉心へ転換 異生羝羊心とは言ってみれば、自分のことしか考えられないことです。愚童持斉心とは他人のこともやってみる人です。この差は絶大です。 先日の悩み相談電話では、「お母さんにいつも振り回される」ということでした。ずっと二時間近く聞いていると「自分は言いたいことが言えないので辛い」と言われました。 実はお母さんの愛情をたくさん感じているのだが、それが重荷になっているとも言われました。それは「自分が母に愛されたい」という強い願望です。自分が愛されているということを確かめたくて反抗するとも言われました。自分に自信がないとも言われました。 どうも、愛されているという自信がなくて、それを何度も何度も確かめようとしている。ところが、確かめようとするからこじれてしまう。喧嘩になってしまう。そういうことのようです。 ところが、ずっと聞き続けていると、今度は「私が悪いのです」と言い始めます。私が母の愛情を受け止めて、「そうだね」という肯定の言葉を投げ掛けないから、二人の間に疑心暗鬼が広がってうまく行かないのは分かっているというのです。 自分は愛されているのに、母に対して優しい言葉を掛ける事ができない。愛に対して報いていない。こちらから母を愛することができないでいる。 そういえば「愛は惜しみなく奪う」という言葉があります。果てし無く奪うかな。そうすると愛には与える愛と、奪う愛がある。ずっと母の愛を確かめたくて彼女は愛を奪っていたのでしょうか。愛を頂いたら、今度は自分が相手を愛する。愛するとは与える。 確か、今回つくった「遍路体験集」には感謝という言葉がたくさん出てきました。お遍路で、お接待を受けたり、励ましを頂いたり、人間らしく接してもらったりして、どん底から元気になりました。このご恩を忘れずに、ご恩返しをしたいと思います。こんな文章があちらこちらにあったと思います。 異生羝羊心から愚童持斉心への転換。それはこの愛の転換かもしれません。奪う愛から与える愛に転換していく。子どもが大人になるというのは、与えることを覚えることかもしれません。 お大師さまは、この第一住心から第二住心への転換は凄く大切だと言っておられます。この変化が起これば発心は近いということなのです。発心とは勝義と大悲ですね。 勝義とはもっともっと良い心根があるという確信と努力。大悲というのは相手のことを想う所に真の幸福があると気付いて、人の痛みを知る人となることです。

  • 08Jun
    • ブッダといってもあなたは知らない、釈迦なら分かるかといっても分からない

      格付けから言うとブッダより、神が上位だ。神とはこの世の創始者であり、ブッダは従業員という下位の身分だ。然し、マルクスがやったように、社長より社員が優秀な場合もあるそんなことは置いといて今日も長時間の悩み相談をやったそんなことつまり他人の事に心をいためるより自分の事が大事だし自分の家族が第一だところがである悩みの向うの光明と快楽の上に積み重ねた快楽と、どっちを選ぶかというと、私はマゾか佐渡が生き残りMasochistはマゾというかマヤ文明のような儚いというより伝染病と銃で悲惨に滅んでいくし、そのひとつひとつを見たわけでも無いし私も想はならないからしょせん他人事だ。相。想か。で、ブッダとはこの世の痛みを越えた人間=私と同じ生身の生き物だ。つまり彼にも痛みがあったから共感だ。異星人に哀れみを請うのか、それとも自分に哀れみを請うのか。そんなためにわたしたちは生きている。自分のことはさておきブッダとは他人の苦悩に腐心した人だ。そんな人希有だ。だからブッダ。誰も知らないことを知った人。つまり好奇心か。いやいや絶望の彼方の光明だ。

  • 05Jun