12月になって、既に一桁目が終わろうとしています。
毎年思うのですが、もう、一年が終わってしまうのです。
そして年々、その一年が短くなってゆくような気がします。
夏休みにしても、小学1,2年生の頃の夏休みは長かった気がしますが、高校2年生の頃の夏休みはそれと比べると短かったような気がしませんか?
# 中学生以下の方には、少々判りにくいかも知れませんがwww
さらに、シジューをいくつも過ぎた今年は、更に短かくなった気がします。
それを、以前は不思議に思っていましたが、でも当り前なんですよね。
人間の脳は、多くの事象を相対的に考えがちです。
つまり、ある基準点を元に、そこからある尺度を適用して、感覚として捉える考え方です。
おそらく、脳の容量にも限界があるし(限界まで全く以って使っていないという説もありますが)、そのほうが考えやすいからでしょう。
それは、なにも、物理的な距離や速度のみではありません。
時間もまた、相対的に捉えることしかできません。
現在、国際度量衡総会(そんなのがあるんですねぇ)で、
「1秒はセシウム133 の原子の基底状態の2つの超微細準位の間の遷移に 対応する放射の周期の9192631770倍の 継続時間である」
とされています。
なんだかよくわかりませんがw、その原子の性質がもつ、とある遷移する時間が一定である、という前提のもとに時間は成り立っているようですね。
しかし、人間の思考が、そのセシウムなんとかの遷移時間と絶対に同期しているかというと、それは分っていません。
むしろ、脳とセシウムの時間的性質が同期していると考えるのは不自然です。
つまり、普通に考えると、一年という単位と、人間の思考の感覚が、必ずしも一致しているわけではないのです。
まぁその遷移時間が、地球の自転、公転周期と同期されているのであれば、地上の生物との関連があっても不思議ではありませんが。。。
さて、人間は、何らかのイベントがあると、そのことに関して記憶力が高まるというのは、よく知られています。
とすれば、記憶のきっかけとなるイベントが多くあればあるほど、物事をたくさん覚える、ということになるでしょう。
反対に、イベントが少なければ、その期間の記憶が少なくなるのです。
よって、地球の自転とかセシウム遷移の単位で測った別の尺度で作った一年間というスケールの内に、記憶に残るようなイベントがたくさんあれば、その分の記憶が増え、相対的に長い期間に感じるのかもしれません。
しかし人間はまた、慣れてゆく生き物でもあります。
あるイベントがあったとして、それを切っ掛けに記憶が残ったあとは、その後同じインパクトのイベントが発生しても覚えにくくなります。
おそらくは、より強い刺激を求めるようになるのでしょう。
だので、歳を重ね、経験を増やしてゆくことによって、相対的に、記憶に残るイベントが減り、結果、記憶の量が減る、ということになるのではないでしょうか?
去年200個あったイベントが、今年100個しか記憶に残るイベントがなかったとしたら、今年は半分とまではいかないにしても、早いなぁ、と思う。
年々、一年が早く過ぎるように感じるのは、そういうことかもしれませんね。
そして、もう一つ、時間は過去の積み重ねである、という考えかたできます。
たとえば、今年5歳になる子供にとって、この1年は、今までの人生の 1/5です。つまり人生の20%を占める分量です。
しかし、今年80歳になるご老体にとって、この1年は、今までの人生の 1/80でしかありません。つまり人生の1%強に過ぎないのです。
20% と 1.25%
比較するまでもなく、そりゃ短いはずです。
年々、一年が短くなる理由は、この二つだけではないにせよ、いい線いっていると思うけど、ダメ?
今日はここまで