古い記事なのですが、とある報道に違和感を感じてしまいました。
タイトルは、「【主張】原爆の日 北の核許さぬ決意明確に」というものでした。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/286675/
要約すると、オバマ米大統領が、唯一の核を使用した国としての道義的責任を掲げ、広島・長崎への原爆投下の責任に触れたことを高く評価する、ということと、一方で、北の核保有を絶対に許さないという強いメッセージを、広島と長崎から発してほしい、というものです。
もちろん、北、と行っているのは、キムキムが統べる北の国の事です。
言わんとする事は理解できます。
確かに北の国は、日本人を拉致し、知らんぷりをし続け、未だ解決していません。
少なくとも、全てが明白になり、北朝鮮が新に謝罪の意を示すまでは、明確に敵国と判断してもいいとは思います。
しかし、北に対して、核の所有を、わざわざ広島と長崎から原爆の日に断固反対する、というのはどうなのでしょうか。
戦争とは言え、核兵器を使用した国であるアメリカに対して、広島と長崎が核兵器を持つことに反対する、というのなら解ります。
しかし、アメリカは謝罪も反省もしたわけでなく(今なお多くのアメリカ国民は、原爆の被害の甚大さを、日本人ほど把握していません。奴隷になっている国家の惨劇など、詳しく教育しませんから、原爆を落とした事も知らないアメリカ人も多いでしょう)、明らかに世界に向けてのイメージアップな発信程度の表明をしただけのアメリカ大統領を褒めて、核に関しては今のところ日本に何の被害ももたらしていない北朝鮮を非難する趣旨の記事は、理解に苦しみます。
例えば、オウム真理教が、
昔、サリン使っちってごめんねごめんね~。でも、もう日比谷線や長野県にはぜってぇ撒かねぇから、安心してくんねぇけ?
そいや、最近できたあのカルト教団は、略奪したもんを全部返さねぇから、アイツらがサリンを製造しちゃうのは断固食い止めるべきだんべ?
なんだったら、奴らの本拠地にサリン撒いてやっけ?
と言ったとしたら、これを聞いてオウムに賛同しますか?
大量殺人兵器を持っているかもしれないという理由でフセインを合法的っぽく殺害し、その後結局そんな兵器は発見できずにいても、指揮者が称えられる国。
結果的に戦争を終結させた原爆投下は、それ以上の(自国の)死者を増やさないための最高の手段だったのだから、むしろ感謝すべきと嘯くパイロットを産んだ国。
※確かに戦争終了に導いた要因ですが、結局力で抑えつけただけです。
皮膚に色が付いているのはもはや人間では無いから、こき使った挙げくに殺して処分して良し、と言う国。
北よりも明確な悪意を以って、意図的に殺人を遂行した国。
拉致されて帰ってこない人が20人。
原爆により殺された人は20万人。
咽喉元を過ぎれば、熱さを忘れていいのでしょうか。
長いものに巻かれる日本。なんだか悲しくなります。
相手の戦闘機にはエアコンが装備されいるという事実を知りながら、国の為にと竹ヤリで立ち向かう勇気は、今どこへきてしまったのでしょうか。
繰り返しますが、アメリカ人は、唯一、地球人に対して、核兵器を使った人種なのです。
話は変わりますが、NASA
は予算不足で、地球に衝突する可能性のある天体の観測が充分に行えないらしいです。
出展asahi.com:地球への天体衝突、監視できない…NASA、予算不足で
http://www.asahi.com/science/update/0815/TKY200908150103.html
核の兵器としての使い方は、地球防衛に使うべきではないのでしょうか。
地球の同居人に向けるのではなく。
数万年後のとある星。
「地球人?あぁ、立派な核兵器をいくつも持ちながら、hogehoge彗星一つ軌道をずらすこともできずに衝突を許し、生き残った味方同士で核兵器使って殺しあった低俗な生き物ね...」
今日は、もう、ここまで。