今日学校が終わったあとsawtelle blvdの日本人街に行こうと思ったけど、pico blvdがすごい渋滞で断念。仕方ないので家に帰って仮眠をとったら、なぜかすごい悪夢を見てしまった。どんな夢だったのかは忘れてしまったけれど仮眠をとってさらに疲れるとは・・・
 こういうときは何をしても空回りなので、気分転換に海を見に行く。外の空気を吸えば、すぐに気持ちが切り替わる。面白い動画を見たり、軽く絵の下書きを進めて、今日は寝ます!明日は元気に全力で過ごそう。
 もう秋のセメスターも半分を超えたらしい。何かあっという間だった。まだ自分は夏休みが終わってまだ余韻に浸っているのに時間は一瞬で過ぎる。最近気温が下がり、朝にコートを着ていきたいと思うようになった。新しいコートを買うべきか、そろそろ考える時期になったと思う。湿気が多いせいか、前に住んでいた砂漠気候のGlendoraより地中海性気候のSanta Monicaの方がじめじめした寒さにになっている。個人的には北国生まれだからなのか、雪が降るような寒さは大歓迎だ。極寒の屋外から建物に入ったとき、温かい部屋と飲み物がある時は本当に幸せな気分になる。そこでテレビを見たり本を読んだりして過ごしたりする。このひと時が何か新しい発想を生み出すのに一番だと考えるのだがどうだろうか。
 ところで今まで自分はどの位文章を書いてきただろうか?逆に読むことは、毎日、常にあらゆる場面である。携帯、本・雑誌、インターネットだけでなく、街を歩いている時でも広告、標識、レストランのメニューなど、生きていくのに必要な行動だ。だが文章を書くことはそこまで多くない。せいぜい簡単なメモやノート、SNSやFacebookでのやりとりが主だろう。長大な文章を書き上げるには膨大な思考と知識が必要になってくる。これは「聞く」「読む」と違い、自分から情報を発信しなければいけない。書く前に長大な時間を掛けて文章の構成を立て、書き終わったあとも読み見直し、文章を校正しなければいけない。「書く」ことは「聞く」「話す」「読む」「書く」、これら4つの内で一番努力が必要になる。
 文章は記録され、長く残るものだ。文章を書くという事は、今まで蓄えた知識や、考えや思ったことを再度吟味して残す作業だ。自分が考えたことや感じたことは、時間と共にその大部分が消えてゆき、せっかくの素晴らしい思い出や考えが消滅し、同じ過ちを繰り返すこととなる。だから作文は非常に価値のある事だと考える。いろいろな作品を見たり、人と会ったり、経験を積むのは重要だが、文章を書いてみる事はさらに自分の為になる事だと思う。
 宿題とパソコンが大部分の日々・・・作りたい作品もぼーっと浮かびつつ、下書きさえ完成していない状態。。興味ある事柄をネットで調べるので、一日の内の何時間も使ってしまう。最近は「極悪同士の戦い」をストーリーに入れたいと思って、第二次世界大戦の事をずっと調べてみた。人間関係の様々な駆け引きが繰り広げられているので、参考になるかと。NHKのドキュメンタリー「映像の世紀」は客観的に事実を述べているので、20世紀の歴史を見通すのに非常に便利だった。チャーチルの「第二次大戦回想録」という本を書店で見つけたが、英文が難しくて買う気が起きなかった。。英文をスラスラ読めるようになりたいなぁ・・・日本語訳が近くで売っているだろうか・・・?自分の今考えている物語は夢と時間がテーマなのだが、うまいアイデアが思いつかなくて先が進まない・・・物語の雰囲気は掴めてるのだけど、具体的な物語の進行がはっきりしない。。とりあえず朝に海を見て気分をリフレッシュ。明日は中間試験、勉強がんばらなきゃ。
I made fride rice! so delicious!!<br>
Just needs egg and rice.




Full~