Clarinettist Nanako Yasuda*Official Blog

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クラリネット奏者 安田菜々子の公式ブログ。
演奏会情報や日記などを不定期に更新しています。

バタバタと家事もままならない初秋を過ごし、2度目のとやおん自主公演が終わり、演奏会も一区切り。OFFモード全開な今週。

練習したいと思う反面、練習するパワーもとやおん公演に吸い取られたので、潔く休む。

ものすごく充実した1日でした。




来年も予定してます!また盛り上げますので、今回ご都合合わなかった皆様も是非!来年は一緒に芸術の秋感じましょう!

今年お越し下さった皆様、本当にありがとうございましたキラキラ

今日は息子と、支援センター行ってから、思い立って普段娘と遊びに来る公園へ。ミルク持って、お昼ご飯持って、息子と公園デート。まぁ、今は爆睡中ですけど。

娘と来ると、いつもすごい人人人!大賑わいの公園も、息子と来る時間帯は人っ子一人おらず、ただ鳥のさえずりと虫の鳴き声、あと人工的な音がそこに混ざって聞こえるだけ。

息子にも、娘にしてあげたことと同じことをしてあげたいと思ってる。
どうしても、それは物理的に叶わないこともたくさんあるけど、私の生きる環境も、5年前の今とは変わってるし、色々違うのが当たり前なのだけれど。

耳を澄まし、目を開き、これから生きていく世界を、自然を、たっくさん感じさせてあげたい。

こうしてちょっと時間ができると、いつも考えるのが「なんで生きてるんだろ」ってこと。

なんのために生きるのか。自分のため。人のため。人は誰かに必要とされることを多分生きがいにしている。家族という最小規模の社会でも、やっぱり人は人を必要として生きていて、お互いが必要な存在で。

人のために生きていると思っていても、実はその「人のために生きている」という気持ちが、自分のためになっている。

つまり全ての人は、自分のために生きている。

とはいえ、母親という仕事をしていると、その意識はほとんど生まれない。
子供が今日という日を無事に幸せに終えるために私(母親)という人間がいる。
そんな毎日を繰り返すと、自分の夢ってなんだったのかわかんなくなってくる。

男性はいいな。自分の予定だけで動けて。子供は妻が見てくれるっていう「当たり前」な状況。母親が動くときは、まず必ず家族にお伺いを立ててからしか、仕事さえもできない。

でもそれは母親の目線であって、例えば父親の視点で考えると、母親は良いな、いつも友達とランチに行って、のんびり家で子供と過ごして、面倒な人間関係もないし、子供には無条件に愛されてるし、
って言い始めたらキリがないほど出てくるわけで。

つまりは全て無い物ねだり。本当は幸せで、他人から見たら良いなぁって思う人生歩んでいても、隣の芝は青く見える状態で。
人は不幸を見つけるのが本当に得意。目線を変えたら、同じ数の幸せを持っているはずなのに、負の方向に動く方が、何倍も何百倍も何千倍も楽なのが、人間の心。

朝からそんなことを考えながら、息子と過ごす。
ムクドリが心穏やかに水辺で過ごしている。普段は子供達に荒らされまくってる場所。

グラウンドにも、だーれもいない。

この季節のこの時間が、泣きたくなるけど本当に好き。
ブラームス、サン=サーンス、モーツァルト、シューマン。
彼らが見たそれとは違っても、やっぱりこの季節には彼らのクラリネット作品がマッチする。

夢。
全ては夢なのでは。
生きているのも夢。死後も夢。命って、儚い。こんなに一生懸命生きていても、多分ものすごくちっぽけなのが人間で、多分アリも私たちと同じくらい必死に生きてて、人間から見たらアリってちっぽけだけど、神様から見たら人間って多分同じくらいちっぽけで。
そう考えると全てが無意味に思えてくるけど、でも無意味の一言で終わらせてはいけないのが人生というもの。

春に娘が植えた「タネ団子」から育った花、今も頑張って咲いてました。

公園のベンチでミルクをあげていて、じっと見つめる瞳の中に写った、空と、彼の手と、私の顔。
彼にとっては、今、それが彼の「全て」。
そんなことは、長くは続かない。5歳の娘だって、私が「全て」ではなくなってきていて、彼女の人生、彼女の社会がどんどん形成されている。
そう考えたら、私を「全て」と思ってくれるこの時間は、辛くとも、そうでなくとも、本当に一瞬。

「無意味だ」
大人がそう思ってしまう、「なにもない」時間こそが、いま、彼にとっては人生の軸になる大切な大切な1秒なのだろう。

そんなことを考えながら、鳥の声にまた耳を傾ける。


久しぶりのブログ更新は
宣伝ですカエル

夫が東京は渋谷にて、何年ぶり?のリサイタルと言いますかライブと言いますかコンサートと言いますかよくわからないものを行いますルンルン


そりゃあ妻ですから、愛する夫に対して贔屓目はあると思います。
でも、それ抜きにしても興味深い演奏会なのではないかと。

ということで、勝手に宣伝してみようと思います。


えーまず「よくわかんない」
内容もわかんなければ構成もよくわからんし、なんかこれ、クラシックじゃないの?うるさそうだしちょっとわたしの好みではない気がするわぁ。

右矢印大丈夫です!クラシック(古典的)という括りになるかは疑問ですが、決してロックという括りではないし、ポップスという括りでもないし、んー、いわばジャンルレス?詳しくはわたしも知らないんですが真顔

いい曲書きますよ、うちの夫。キョロキョロ



下矢印CMです下矢印

何なんこの喋り方、イラっとするわ〜。w
態度でかいけど、実は内心ドキドキなんですよニヤリ


ガーベラ前回までと違うこと!
1人じゃないんです!
前回までの2回は、同期してほぼ1人で、というのが彼のスタイルでありましたが、今回はほぼ全て生音。
これが最大の売りです私的にはキラキラ

絶対、生の良さがある。演奏会に足を運ぶ1番の理由はそれだと思うんです。
臨場感、会場との一体感、お客様との空気を読み取り、演奏に反映する。常に会話的なことがなされるのが、生の良いところ。

演奏会に行って録音音源聴くなら、家でいいし、パソコンでいいし、お金払わなくて良いし、いいスピーカーで聴けばいいし、わざわざ時間を費やして出向くことないんです。

今回は、彼が作った曲、今までは全て彼が演奏して録音して流していた全てのパートを、その道のプロフェッショナルが、その場で共に作り上げてくれるのです。

バイオリン 田島華乃

チェロ 関口将史

ベース 髙杉健人

キーボード tatsuya

ドラム 村中俊幸(the cherry cork$)


絶対かっこいい。絶対素敵に決まってる。


18禁場所が嫌
ライブハウスって行ったことないし、なんか煙たそうだし、ワンドリンクとかそういう雰囲気に惹かれないし、子供もいるし、日曜の渋谷なんて行きたくないし、NHKホール行くのだってチョット気が引けるのに、ライブハウスってそんな、ねぇ…
そもそもライブハウスって言ったら音響とかあんな感じだろうし、ホルン聴くにはどうなのかしら…マイク通した音聞くのもどうかなぁと思うし…安田健太には興味あるけどちょっと色々不安だわ…

右矢印はっきり申しますとMe tooでございます。
渋谷怖いし、日曜の夜だし、タバコ嫌いだし、子供いるし、次の日始業式だし、ライブハウスとか滅多に行かないし、クラシックでマイク通した音とかやっぱ抵抗あるし、そういう環境で育ってないし、はっきり言ってNHKホール行くのもわたし結構抵抗あったんです。東京いた時は勿論N響聴きによく行っていましたが。なんでここなんだろうか…っていつも思っていました。サントリー公演の方が気持ち穏やかだったなぁ。

なので。





ちょっとアナタ、ライブハウスってわたしの想像と結構違くない…!?
なんかこれなら行けそう…!!!



徒歩8分!
こりゃもう行くっきゃないでしょうOKキラキラ

初めてのリサイタルから4年?陰ながら見守ってきましたが、今回は確実にパワーアップしていると思います。
曲も、音も、構成も、編成も、彼のホルンも(笑)、何より共演者がいる!
悩んで、頑張ってるなぁって思います。ただでさえ頭の中が読めない人ですが、一体何を隠し持っているのか。この先が見てみたいと、私は思うのです。


今週日曜の夜は是非渋谷へ流れ星


勝手に宣伝でしたっニコニコ

相変わらず私もコツコツやっとります。
動画にも是非ご注目くださいねニヤリ

ご予約はこちら!下矢印

当日も大歓迎、だと思いますので、時間が空いた方、ふと行ってみたくなった方、渋谷にお買い物ついで、などなど、思い立ったら吉日、ぜひご来場くださいね音符

皆様のお越しを、心よりお待ちしておりますキラキラ


Yoro's Music Factory Yasuda
広報担当・副代表 
安田菜々子

退院したらブログを書く心の余裕なんてゼロ!娘の時から里帰りはせず、娘の時は義母に埼玉に来てもらい入院中から2週間ほどお世話していただき、今回は娘も幼稚園があるし、そのまま富山の家に滞在。

娘の時は義母が帰ってしまってからやはり軽い鬱状態になり、ギブアップ。実家に帰らせていただきます、と弱音を上げて1ヶ月弱実家へ帰りました。

今回は息子に対してではなく、娘に対しての罪悪感と不安が大きくなり、やはりGW中盤でめちゃくちゃ辛くなり、それを察してくださったのか義父母が娘を外に連れ出してくれて。

自分は大丈夫、と思ってても心のコントロールが利かなくなることもあるし、これはマタニティーブルーだ、産後うつの傾向だ、と、頭ではわかってるのに頭で処理しきれないから困ってしまう。

重度だとそんなことも思えないんだろうから、私を支えてくれている家族には本当に感謝しかない。


息子は知らぬ間に1ヶ月を迎えようとしており、(ってかまだ生まれて25日しか経っていないことに驚き…おそるべしGW…)私の悩みはいつでも上の子にあるんだということを思い知らされる毎日でした。

赤ちゃん返りこそしないものの、我慢しなくちゃお母さんがかわいそう、と、必死に自分の悲しさを閉じ込めてくれる娘の優しさと、悲しそうな眼差しと、つまんないなという気持ちが溢れ出てる背中を見るたびに、構ってやる心の余裕がない自分と物理的に構えない自分、娘との遊びを中断して息子に気を向けなければいけない自分と泣いて訴える息子をほったらかして何かをしなければいけない自分、そこに何かを要求する娘のデカイ声、、
部屋の中も頭の中もゴッチャゴチャゲローゲローゲローチーン滝汗笑い泣き
生後2週間の息子と5歳の娘と産後2週間の身体で過ごすワンオペ同様、「夢の10連休」は、まぢでぢごくでした…ゲロー

でも、これが埼玉での核家族での生活だったら本気で病んでたと思うけど、家にいつも誰かがいてくれた、それだけでものすごく救われたのも事実。チョコチョコ毎日助けてもらって、本当に本当に救われた。

笑わせてもらえたし、助けてもらえたし、子供可愛いなって思わせてもらえた。

多分病みの山場はこれで越えられたはず…。本当に、近くで助けてくれる義父母、遠くで応援してくれてる実母に感謝感謝感謝。


ハートグリーンハートピンクハートブルーハートルンルンイエローハートピンクハートグリーンハートハート


「母になる」ということは、母が自分にかけてくれた愛の重さを初めて分かることができる経験だと、母になった今思います。

煩わしければ煩わしいほど、母は、言葉通り「必死」に毎日を過ごし、私を愛してくれていたんだなぁと、今なら、思います。


全ては「今なら」。


結局、子供なんてそんなもんなのだろう。

親が何を思ってくれてるか、何でそうするのか、何でそうしてしまうのか、何でそうなってしまうのか。それは自分がそれだけ盲目になってしまうほどの愛を注ぐ対象物が現れない限り、分かり得ないものだと思う。

きっと自分でもこの方法は良くないって、頭では思ってるのかもしれない。やってから後悔してるのかもしれない。


実際今の時点でも、頭の中は葛藤だらけで、でもそんなことを考える余裕がないくらい目まぐるしく時間は過ぎ、子供たちは成長し続けてしまう。


自分が生まれ育った家族構成と今、全く同じになってみて、そして自分の置かれた位置が「娘」から「母」に変わったことによって、ようやく母が自分をどう思ってくれていたのかが分かり始めた気がする。


そして、色々かわいそうなことをしたなぁと、自分の命を粗末に扱ったことがどれだけ母を苦しめたかと、今更ちょっとずつ反省し始めている。


これが娘ひとりだけでは分からなかったと思う。2人産むことができて、二児の母になれて良かったなって、しかも姉弟でよかったなってすごく思ってる。



煩わしいと思われても、ウザい死ねくそばばーと思われても、死にたいくらい辛いことがあっても、母が私にしてくれたように、私は私の精一杯で、娘息子を愛そうと思います。それくらいしか、子供に対してやってあげられることなんてないんです、きっと。



その愛が歪まないために、夫婦という素晴らしい関係があるのだと思います。

夫のことも、邪険に扱ってはいけませんね。血が繋がっていない家族にこそ、気持ちを伝え続けなければいけないと頭でわかっていても、子供でいっぱいになってしまうのも事実。愛してもらってるのをいいことに、その愛に甘んじていては、きっといつか痛い目を見るのでしょうね。

母であり妻でありを意識し続けるというのは、大変なことですね。

ガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラガーベラ

もうすぐ母の日ですね。
カーネーションを一輪贈る。
花を贈る意味が、私はずっと分からなかったんですが、数年前から花を贈りたい、って思い始めました。
物じゃ表せない気持ちを花に込めて贈る。
何を贈っても足りないこの想いを伝えられるのが「花」なんだなぁと。

サッとその場にあった花をスマートに贈れる人って素敵だなぁと、30歳にしてようやく思い始めました。

残らぬもの、散ってしまうものだけれど、だからこそ、その時の美しさが価値あるものになるのでしょうね。


嗚呼。私の人生はちゃんと音楽に反映されているのでしょうか。反映できるために必要な物理的な技術力を、鍛え続けなければなりません。(昔からそれが足りてない)

「毎朝スケールを吹けることが幸せだ」
と常々言っていた、今は亡き師匠を思い出します。
私も「美しいスケール」を、おばあちゃんになっても追求し続けられる人生を送りたいです。