Clarinettist Nanako Yasuda*Official Blog

Clarinettist Nanako Yasuda*Official Blog

クラリネット奏者 安田菜々子の公式ブログ。
演奏会情報や日記などを不定期に更新しています。


テーマ:
知り合った時から尊敬して止まない、芸大同期の今や世界的ヴァイオリニスト、おみぃこと尾池(現 伊藤)亜美が、非常に興味深いツイートをしておりました。



私が第一子を産んだ時は、活躍されてる先輩で小さい子を持つ方はあまりおられず、最近の流れの中ではどちらかといえば先陣切って結婚、出産した人間だと思っています。音楽家にしては確かに早く、修士修了の26歳で入籍し、一年後に出産しました。その後、私の存じ上げている同世代の先輩方や、仲の良い友達が続々と結婚出産した気がします。


故に、結婚すれば演奏活動はどうするの?と聞かれ、妊娠報告すれば演奏はどうするの?と聞かれ、子供が生まれれば演奏はどうするの?と聞かれ、、、


結構心折れた時期もありました。
ここで流れるままに辞めちゃいけない、道を閉ざしちゃ駄目だと、なんとか演奏の場を作って演奏している感じでした。ヘッタクソだったなぁ、あの頃の自分。

辞めるのが当然か、と、周りからの言葉で考え、もともとそんなに人付き合いの上手な人間でもなかったし、楽器も伸び悩んでいた時期で、めちゃうまい後輩もわんさか。
好きかどうかもよくわからないし、やっぱ向いてないかな、ていうかもうちょっと自分の命が役に立つこと、向いてることが別にある気がする、と思うこともよくあった時期でもあります。

だから富山に行こうかなって気にもなったし、保育士試験受けてみたり、人がいないというので、何も知らない土地で音楽の非常勤講師もしてみたりしたわけで。


私もまだ歩けもしない娘をおんぶして室内楽のリハに行ってみたりしたけど、当時は全然そういうのがなかったから、結構辛かった記憶。

おみぃのこの勇気は、とてもすごいと思うし、おみぃだからできることでもある。
でもおみぃみたいな人がこうして発信してくれると、他の人が同じことをするより、良くも悪くもやっぱり反響が大きい。


そんなのは数年だけだよ
そんなに悩むことないよ
そんなに大したことじゃないよ

今の私なら、昔の私にそう言ってあげるけど、そう言ってくれてる先輩はいっぱいいたけど、でも全然そんな気がしなかった。
未知の世界に入り込んだあの頃の私は、溺れそうで、出口が見つからなくて、だいぶ鬱だったな、と今になったら思う。
まぁでも、そこで踠き足掻いたから、今があるのだろうとも思う。



こういうのは日本では「非常識」だから、そういう文化が根付いてるから…
リツイートで私が記したのは私の本音で、今までがどうだったか、「常識」が何なのかというのは、参考にしなければいけないことであると同時に、余分なもの、潜在意識は変えていかなければならないと私も思う。
それが果ては世界は滅びに向かうのか、それとも子供により救われるのか、というところまでを左右していく気がする。


もしおみぃの子供が、声を発しながら演奏を妨げているなら話は別。
でもそうじゃなくて、子供はお母さんの背中にくっついて静かに満足している。
みんながみんなファミレスでやかましい訳ではない。ちゃんと座って、大人と同じ音量で話し、場をわきまえられる子供はたくさんいる。そういう子供たちも、「未就学児」という括りで削ぎ捨てられている場面がとても多い。

むしろファミレスだって演奏会だって、うるさいのは4歳の子供ではなく、大の大人やおばちゃんだったりする訳で。

子供をこういう風に大人の都合で振り回すのはかわいそう、という意見もあったけど、こういう年齢の子供って、母親がいれば、しかも抱っこしてもらってたら、それが最高の幸せなんじゃないだろうか。家で留守番させられてるより、こういう場だとしても、静かにしなきゃいけないところでも、退屈でも、いっしょに連れてきてもらった方が嬉しいんじゃないだろうか。

ある程度の年齢になると、うちの子もそうだけど、行きたくないなら行かないと言うもの。

だから、子供がかわいそう、という言葉は、実はそう思っているのも、その言葉で傷ついてるのも母親本人で。

こういう一線で活躍している人が、ケロっと無神経に子供を連れて行ってる訳がない。たくさんの負い目とともに、でもそれが普通になることを祈りながら、迷って悩んだ挙げ句の決断であろうこと、ちょっとだけでいいから分かっていて欲しいなと、認知度は違えども同じように生きている私は思うのです。


そうせざるを得ないから、それでも演奏がしたいから、自分が自分で居たいから、明るく子供と接したいから、邪魔だと思いたくないから、この子なんかいなければ良かったと思いたくないから、愛する子供を1番に考えて一生懸命生きているはずなのに。

全ての子供を一緒くたに、昔ながらの「常識」に当てはめて考えるのは、子供も、母親もかわいそうすぎる。
子育ての方法、保育の在り方、脳科学の発展。あらゆることが発見、変化されている中で、「日本の常識」だけが昔と全く一緒なのはおかしい。

母子の幸せは、人によって違う。一般的に見たらありえないと思うことだって、母は子供と幸せに生きたいから、自分の頭で考えて、その時思う最善の選択をしている訳で。

こんな世の中で、それでも「女性」の特権を満喫しようと精一杯生きている人。
様々な自然災害が襲いかかる中で、産まない方がいいんじゃないか、津波や地震、温暖化や核兵器、拡大するネットいじめや病気、、子供が欲しいという自己欲求のせいで、小さな命をこんな世界に産み落とし、苦しい目に合わせるなんてかわいそうだと思った時期もある。
でも、私たちは、未来を信じなきゃいけないと思う。私たちが諦めたら、何も変わらない。世界は、人間は、衰退していくだけ。

先を生きる全ての人は、私らの時はそんなのはあり得なかった、じゃなくて、今の世の中をどう生きて成長させていくか、今世界に誕生した小さな命が、未来を切り開きたいと思える心を育めるためにどうすべきなのか、子供たちの「生きる力」を育てる努力をしなければいけない。
今、社会の軸になり精一杯生きている人間たちが、支え合い、柔軟な心で能動的に向き合い、そして挑戦していかなければならないと、私は思う。


おなじ子育て母ちゃんであり音楽家である私は、おみぃの活動をほんとうに尊敬するし、私もそういう風に生きたいし、そういう風に生きられるんだよ、希望を持っていいんだよ、好きなことを諦めなくても、努力すれば全部できるんだよ、ということを、子供たちに身を以て証明できるように、これからも毎日楽しく頑張っていきたい。

テーマ:
平成30年度のオケアカ行事が、後期試験をもちまして全て終了しました!


昨年も同じことを思いましたが、今年も本当に色々なことを得ました。
今年はオケのオーディションもとっても多くて。どこかに入れればよかったけど、その夢は叶わなかったので、引き続き最終目標に向けて成長あるのみ


この一年で、OEKさまとコンチェルトが出来たり

室内楽ではクラ五や木五が出来たり


とやま音楽隊を結成したり

オケではラヴェルのピアコンのエスクラもやらせてもらったり、井上先生の隣で1番吹けたり、シューマンのピアコンも1番吹けて…




本当に色々ステキな本番が出来て、1つの音符の吹き方から研究・改善したし、身体の使い方とか立ち方とか、本当に色々変えた。

得たけど身についてないことも足りないこともまだまだたくさんあって、身体の変化もある中で、でも結局これらが自分の中でクリアにならないと受からないんだろうなって思うし、でも逆にクリアになれば受かる気がする。。


今回は、オーディションの模擬試験ということも念頭に置きつつも、こう吹いたらどう言われるんだろう?これ直したんだけどわかってもらえるかな?この方向性で合ってるのかな?ってのも色々、私も試験的に吹いてみた試験でした。

そして直したものは、ちょこちょこやり過ぎ感もあったのは事実だけど、でもしっかり伝わってたし、疑問だったことも結構明らかになったし、間違ってはいなかったみたい。

「なにか、掴み始めてるんでしょ?」
そうK先生に言ってもらえたことが1番嬉しかった。

やったらやっただけ、形になるんだなぁ。

音楽は成果が目に見えないから難しい、人によって感じ方が違うから難しいと、人はよく言うけれど、入試やオーディションは考えれば絶対、形に見えてると思う。

それぞれの感じ方が違っても良いものは良いし、最終的にはその機関や団体の好みや傾向が含まれるだろうけれど、それ以前の合格ラインまでの「攻略法」は絶対あると私は思う。

そしてそれは、一定レベル以上あれば頭と時間を使えば必ずクリアできるものだと、この2年間で私は改めて学んだ。
それで自分が結局どれを選択するか、それが好きかどうか、っていうのはまた別の話だけれど。
オーディションで考えるならば私にはまだ受かるに足りないものがある、っていうのが今の答えであり、その足りないものはどんどん見えてきてる。

足りないもの、と言うとマイナスな印象になってしまうけど。逆に今私がしているこれが出来ない人もいるのだから、これを羨ましいと思ってくれている人がいるであろうことも考えられるし、それが私自身も何より大切にしているものでもあるから、これを殺すのではなく、より生かす方法を見つけて、毎日もがいているのだけれど。



とか書いてるうちに、今、なんかいろんな人の言葉がつながった…なんか分かったかも。。

結局、好きこそ物の上手なれ、これが全てなのかも。

夢は何なのか

それが明確であればあるほど実現する可能性は増える。
当たり前のことだけど、出来ていたかと聞かれると出来てなかったかもしれない。


言い訳なんて、本当に無意味。

結果がどうか。
自分は精一杯の努力を、本当にしたのか。
結局それだけ。


時間はどんどん進んでいく。
私に残された時間は少ない。



やらなきゃ!!!!

テーマ:
安田健太氏が、何年もの想いを詰め込んだ1stミニアルバムがついに完成、発売中。

描きました!

ジャケットデザインは、富山にお住まいのライブドローイングなどを行なっていらっしゃる、水木宏さん。

収録曲は5曲。
どれもこれも、ステキです!
夫をこんなに褒めるのもどうかなとも思うのですが、こんなときくらいしか公に褒められないので、今日は存分に褒めたいと思いますw

作る作るといいながら本人多忙もあり、なかなか完成しなかったこのCD。
作り始めてから今に至るまでに、側から見てても色んなことがあったように思います。


お申し込みはこちらからも可能です!



実際、CDを作る、つまり自分の今の洗いざらいを記憶媒体に残すと言う行為は、これが今、ひとつ自分が人生で残すべき段階であると納得するまで行かないと出来ないことだと思う。
だから、「これが私です」と、いわば名刺と同じ、名刺以上のものを作る。それが、CDを作ること、だと私は思う。

その上、この人は、今回弦セクションは彼の仲間にお願いしたそのほかは、全て自分で演奏している。

それはジャンルでいうと、クラシックではなくて。じゃあ何?わからない。。
新しいものの開拓とも思えるし、挑戦状的なものにも感じる。
こういうことしている音楽家、最近はとても多いけど、その中に埋もれてしまわないで、出てきてほしいなぁって強く願ってる。それだけの聴きごたえはあると思う。


マスタリングしてもらって返ってきたその作品たちを聴かせてもらって、2曲目を聴いて涙が出た2曲目って全然御涙頂戴な曲じゃないんですが。)

出会ってから今までを私は1番近くで見せてきてもらって、その出会ってからの数年なんて、彼の人生にとってはほんの一部だけれど、でも、私は、この人と一緒になってよかったなぁと、この人の音楽を聴くたびに思うのです。

人には受け入れられる感性とそうでない感性が必ずあって、つまりそれが世の中で言う「価値観」だと思うけど、このCDは、これを聴いて嫌悪感を抱く人、、いないんじゃないかな、って思ってしまう。

ロックが嫌いでも、曲の構成が面白い。何しろボーカル的立ち位置の楽器がホルンなので、どうしてもロックにはなりきれないようなサウンド。笑
あと後ろで鳴ってる弦がすンごく良い味出していて、めっちゃかっこよくて。それとか、たまにひょっこり出てくるベースに「TAIJI…!!!!」って思わされたり。


「俺は音楽の何かしらの才能はあると思うんだ、それはホルンじゃないかもしれないんだけど」


彼の落ち込む時の口癖。
実際、全てを自分で演奏できる人はなかなかいないんじゃないかなと思う。それだけでもだいぶ才能ではあると思う。
なにより、ホルンとても素直で素敵な、彼らしい音してると思います私はすごく好きです。

それに加えて、作曲面を私はすごく尊敬してる。独学、感性のみでここまで作曲してしまうあの人の頭、耳は一体どうなってんだろうか。


謎があるから面白い。


このCDは、じゃあ2ndは何してくれちゃうの?っていう期待を残す1枚。
私はそう感じます。


もう一度!お申し込みはこちらウインク


それぞれの秘話などはいつか本人から明かされるんじゃないでしょうか。私も楽しみにしてます。




10/28の大島絵本館での演奏会でも販売予定!


子育てサイト「いこーよ」にも掲載中!

萬屋公式サイトからもご予約受付中!

是非お越しくださいませ

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス