『ヨユウシャクヤク』 

 1.  覚醒 〜ひなげし〜 

 

 

 

うだるような暑さと、どこからか聞こえる

猫の鳴き声に深い眠りから呼び覚まされる。

 

低い天井には見たこともないシミ

隣には5歳くらいだろうか、

見知らぬ男の子がスースーと寝息をたて

気持ちが良さそうに眠っている。

 

ここは何処なのだろう。

懐かしい気もするし、初めてのような…。

考えようとすると鈍く頭が痛む。

 

体におかしな違和感を覚え、

頬に張り付いた前髪を払おうとする時

紅葉のような手が暗闇の中でスーッと

視界をよぎり思わずギョッとする。

 

(ま、まさか。そんなことはあるはずが無い。

一体何が起こっているというのだ…。)

 

(こんなことをしている場合では無い。)

 

と上体を起こし、灯りのさす方へ

よろつきながら向かうと、階段があり

何やら人のような声。

 

急いで駆け降りようと階段に足を下ろした途端

大きくバランスが崩れ、階段を転がり落ちた。

 

紅葉のような手だけではない。

足まである”べき”場所にないとは…。

 

「ひ、ひなちゃんどうしたの!!」

 

見知らぬ女が悲鳴とも、ヒステリーともとれる

叫び声をあげて駆け寄ってくる。

 

猫は相変わらず発情期で狂ったように

不気味な鳴き声を上げている。

 

慌てふためいて今にも泣き出しそうな様子に

もしかしたら、母親なのだろうか?

という馬鹿げた疑惑がふとよぎる。

 

 

ああ…。最悪だ。嘘だと言って欲しい。

朦朧とする意識の中で、ひたすら祈った。

 

 

あたしの中の一番古い記憶。

確かまだ2歳だった。

 

 

あれが孤独で不条理な人生の始まりだった。

 

つづく