風が吹けば…
風が吹けば桶屋が儲かる。
そういうことわざがあります。しかし、現実的に考えれば、風が吹いたことによって桶屋が儲かる確率は、何兆分の1という確率です。
風が吹く。
↓
舞った埃で目を患う人が増える。
↓
目を患った人から三味線弾きが出る。
↓
三味線の需要が増え、三味線の皮は猫の皮なので、街から猫が居なくなる。
↓
猫が消えれば、ねずみが増える。
↓
ねずみは風呂桶をかじる。
↓
桶屋が儲かる。
このことわざにはこういう理論があります。大変に長い論理ですが、間違いではありません。しかし、信頼性は限りなく低いです。
論理の例として、もうひとつ挙げます。
小学校から英語を教える。
↓
英語を話せるようになる。
↓
国際人が増える。
こちらは短い論理ですが、前と同じく間違いではありません。しかし、短い論理は深さがないので、本当にそうなのかという疑問が残ります。
2つの例で理解できる通り、長い論理は、信頼性に欠け、短い論理は合理的ではあっても短絡的で、また、信頼性に欠けるのです。
小学校から英語を学ばせるというのは、臨教審のお偉方が長い時間をかけ、国際化にはどうすれば良いのかという問題を解決するために編み出した物です。
そういう会議をする人間は、言わば日本を代表する知識人で、頭が良い人だと考えられますが、どうしてそれほど頭が良い人が、そんな短絡的かつ整合性に欠ける結論に至ったのか、不思議ではありませんか。
そもそも、英語を学ばせることが間違いではないでしょうか。
英語を話す人は、世界に3億7000万居ますが、そのうち、アメリカとイギリスで8割を占めています。
残りの2割、およそ7000万が、アメリカとイギリス以外で英語を第2言語とする人間です。
日本の人口の半分しかアメリカとイギリス以外で英語を第2言語とする人間は居ないのです。
なぜ、そんなに話す人が少ない英語が世界共通語なのか。
簡単に言えば、アメリカとイギリス、つまり欧米諸国が強いからです。
そして、そのほかの国々は「長いものには巻かれろ」主義なのです。
日本人なんだから、日本語をもっと勉強した方がいい。
美しい日本語を話す。美しい日本語を知っている。それこそが真の国際化なのではないでしょうか。
ゆとり教育
私たちはゆとりチルドレンです。
我々は未来永劫、そうやって世間にバカにされる宿命を持っています。
そうすると我々は、どうしてもゆとり教育というものを事実上制度化した政治家や、臨教審のお偉方を批判しようとします。
「ゆとり教育なんか作りやがって」
「お前らのせいで俺たちはゆとりチルドレンだと言われるんだ」
そう思うはずです。
しかし、それは大きな間違いです。
なぜなら、ゆとり教育という制度化されたものを原因として、我々の学力が落ちた訳ではないからです。
円周率が3.14であろうと、3であろうとそんなものは関係ありません。ゆとり世代の学力は、ゆとり教育の影響ではなく、下がるべくして下がったものだったのです。
それは何故か。
フィンランドという国をご存知でしょう。
フィンランドも、週休2日制、日本に比べて授業時間も大分少ないですし、ゆとり教育の真髄とも言うべき「総合的な時間」という授業も導入しています。
しかし、フィンランドの学力は落ちてはいません。OECDの国々でトップの成績を挙げています。もちろん、日本は全てにおいて下回っていますが。
日本と同様の教育システムを持ちながら、OECDでトップの学力を誇るフィンランド。
これで、日本におけるゆとり教育が、ゆとり世代に与えた学力低下を説明できないことがわかります。
確かに、
「日本には合っていない」
などの意見もあると思いますが、それでは相対的な見方が出来ません。
結局は、その国々の子供のやる気ということです。
それを、我々ゆとりチルドレンは身を持って知ったということでしょう。
大事件
大事件です。
さっきスーパーで買い物していたら、カゴを保育園くらいの小さい女の子の顔面にぶち当ててしまったのです。
ぶち当てたって言っても、別に私がカゴを振り回して遊んでたとかそんなんじゃありません。
走ってきた女の子が私のカゴにぶつかってきたのです。
なんにしろ、ぶち当ててしまったのは事実。
ヤバい泣いちゃう
と思いましたが、その女の子はこちらを振り返って「ペコリ」と頭を下げ、走っていってしまいました。
さすがにこのままってのはマズいと思いまして、その女の子の親らしい人に謝ろうと、その女の子のあとをつけ、カートを転がしていたその女の子の親に言いました。
俺「あの、さっきこの子にカゴを当てちゃって、大丈夫かなと」
親「あら、そうなんですか、大丈夫よね?ゆきちゃん?」
子「うん!痛くない!」
なんといい子だろう。なんといいお母さんだろう。
人の優しさに触れました。
さっきスーパーで買い物していたら、カゴを保育園くらいの小さい女の子の顔面にぶち当ててしまったのです。
ぶち当てたって言っても、別に私がカゴを振り回して遊んでたとかそんなんじゃありません。
走ってきた女の子が私のカゴにぶつかってきたのです。
なんにしろ、ぶち当ててしまったのは事実。
ヤバい泣いちゃう
と思いましたが、その女の子はこちらを振り返って「ペコリ」と頭を下げ、走っていってしまいました。
さすがにこのままってのはマズいと思いまして、その女の子の親らしい人に謝ろうと、その女の子のあとをつけ、カートを転がしていたその女の子の親に言いました。
俺「あの、さっきこの子にカゴを当てちゃって、大丈夫かなと」
親「あら、そうなんですか、大丈夫よね?ゆきちゃん?」
子「うん!痛くない!」
なんといい子だろう。なんといいお母さんだろう。
人の優しさに触れました。