もともと私は隠れTUBEファンでした。
こうやってファンだと公言し、英語教室の名前にもかかわらず(笑)、アメーバブログで記事を書き始めてわずか2年。短いのです。
一応ファン歴39年目なのですが、
37年目ぐらいまで黙っていたから、周囲はみな仰天しましたねぇ。
言えなかった理由。
私は「〇〇が好きだ」と素直に言えないところがある。
理由は「私の気持ちを軽くあしらわれる」のが耐えられないから。
「言ってみないとわからない」
それはその通りなのですが、一度出したことばは取り消せない。
いくら相手を責めたところで、私の感情の責任を取れるのは私しかいない。
傷ついた記憶は消せない。
それなら最初から一切しないほうが良いと、頑なに心を閉ざす癖がありました。
いや、今も相当あるんだよな(*'ω'*)
でも人間関係とは、
その場その場で失敗しながら学ぶもの。
だから「心閉ざさずに、経験して学んでいきなさいよ」と最近は少しは思ってはいます。
あ、本題に入る前にこの内容(笑)
さて今日は・・・
私は15歳の時からTUBEが好きです。
ですが、最初に好きになったきっかけを記事にした記憶はあまりない。
きっかけにプラスして、私が一番好きな80年代の初期TUBEの話を書きます。
その前にまずは今TUBE↓
最新のTUBE公式サイトでのメンバーの写真
前田さん59歳。お顔はわかりますね↓
そして39年前
1985年のデビューした頃のTUBE(前田さん左から2番目で20歳)↓
この青白ストライプの衣装(笑)
どうしよ、来年40周年のライブで前田さんたちこれで登場したら・・・しないか絶対。
さて39年前の1985年の夏。
私は高校1年生15歳でした。
おぼこい(幼い)JKでした。
そんな私がTUBEを知ったのは、CMだったと思います。
デビュー曲「ベストセラーサマー」
キリンビールのCMソングでした。私はこれが最初のきっかけだった記憶があります。
この映像の大人の男性たちと、当時20歳の前田さんのハスキーな声の印象が強かったですね。
その後テレビの歌番組でTUBEを見て、前田さんの歌唱力と大人びた雰囲気にドキドキ。
私よりわずか5歳上なのに、何?この大人びた雰囲気。
当時の前田さんはR&Bを意識。
ハスキーボイスでのパンチあるシャウト。
私のTUBE好きのルーツ。
この意外性と言う名の「ギャップ感」から始まったのだと今思います。
当時の前田さんは「とっぽい」っていうのかな?
でもあか抜けない感じがあるというか、実は振られてばかりのイメージ。
今の前田さんはまんまるな「かわちい」ジイちゃんになりつつありますが(笑)、若い頃の前田さんは切れ長というか上の目のラインがシュッとした感じの目元。
これがどこか寂しげに見えるのですよね。
私はその表情がとても好きでした。いまは「かわちい」けどね。
これは数年後ですが、こんな感じで歌う時にはカメラに向けて伏し目がちにしたり、ウィンクしたりと色気ありましたね。
でもデビュー年は夏だけで私のブーム終了。
秋冬で忘れてしまった私が再燃したのが、翌年夏(1986年)の「the season in the Sun」↓
ここで全国レベルで売れたTUBE,
さらに前田さんの声に惹かれ、さらに大人びた雰囲気に惹かれ、初めてアルバムを買い集めるようになりました。
私の好きが加速したのは、このアルバムを聞いてから。
クオリティ高かったのです。
え?単なる夏バンドじゃないよ?すごいよというのは、当時の私でもすぐにわかりました。
当時はたくさんのプロの作詞作曲家さんが提供しているので、楽曲バリエーションが豊か。事務所とレコード会社はTUBEに相当なお金をかけたのがよくわかります。
このアルバムでセレクトされた楽曲は、40年後の今聴いてもレベル高いと思います。
今でいうAOR(Adult Oriented Rock)、いわゆる都会のシティポップ)のジャンルに入るのかなと思いますが、この意外性が今につながる太い道筋になりました。
曲タイトルに英語表記多かったので、当時のTUBEは洋楽を強く意識していたと思います。
このアルバムには、
湯川れい子さんの作詞が2曲あります。
そのうちの一つがラストの曲のバラード(曲名はtears)
一人称が俺で二人称が貴女。
かなり年上の大人の彼女なのでしょうね。
今思えばですが、この二人は許されない関係なのかもと。
これを歌う当時21歳の前田さんがとても大人びて聞こえました。
貴女なんて歌う歌詞、もう二度とないのではないかな?
このアルバム「the season in the Sun」の裏面ってこれだったのねと知る、令和6年の秋。これもハワイっぽいですね、撮影地。
その後、私のTUBE好きがさらに強固になったのは、秋冬リリースのTUBEの楽曲。
夏のイメージとはまた違う世界観。
ここでさらに意外性という名のギャップ感を得ました。
※BOYS ON THE BEACH(1986年)↓
湘南R134の海岸と思いますが、私は逗子のイメージがあります。
私はこのエリアで生活するのが40年来の夢。
Good morning, lady!
波を横目にコール数えた
週末は僕の番 約束通りだろう? という歌詞の曲
※TWILIGHT SWIM(1987年)↓
シンガポールの高級ホテル、ラッフルズ。
全体に大人っぽい夜TUBE、都会TUBEって感じ?
前田さんの声が大人びているので、いけます。
※REMEMBER ME(1988年)↓
これも湘南R134エリアでしょうね。
私の中ではこれは逗子ではなく、江ノ島エリアっぽい感じ。
そしてさらにもう一つ。
秋冬TUBEと同時にこの頃やっていた前田さんのソロ活動。
とどめはこれでした。
今のことばでいうと私はこれで「沼堕ち」確定(笑)
ソロの前田さん、夏の匂いなんて皆無↓
この時の前田さん。
R&Bを意識した生々しい感情の濃厚な楽曲が多く、別人。
この当時の前田さんが抱えていた、大人たちへの怒りだったのではないかと思います。
でもあの当時は秋冬TUBEもソロの前田さん活動も、メディアは全然取り上げない。
PRすると夏のイメージが崩れる。
事務所やレコード会社の圧力で、あえて宣伝しなかったのだと思います。
だから「TUBEが好き。秋冬もいいんだよ。ソロもかっこいいよ」といっても、私の周囲では好意的な反応は誰一人ありませんでした。
「TUBEに音楽性なんて(笑)」
「一発屋の夏バンドでしょ?」
もちろん前田さんはずっと言われていたでしょうが、この私も同じでした。
今のように言語化する力もなかった10代の私。
この時の悲しさやくやしさ。
これが今日の記事冒頭で書いた
「好きなものを好きだ」と言えず心を閉ざす理由になってしまったのです。
続きは次回?だいぶ先?になるかな。
当時の前田さんのソロ楽曲の魅力の話、書いてみたいと思います。
過去記事あったかもですが、だいぶ時がたっているので書き直ししても良いですね。