幸田露伴『五重塔』 | 文学どうでしょう

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五重塔 (岩波文庫)/幸田 露伴

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幸田露伴『五重塔』(岩波文庫)を読みました。

日本文学史上に燦然と輝く大傑作です。いわゆる言文一致体ではないので、文末が「なり」「けり」「べし」など古文のようになっていること、そしてなにより漢字が旧字体なので、かなり読みづらいとは思うんです。

ぼくはこの『五重塔』が大好きで、みなさんにおすすめしたい気持ちでいっぱいなんですが、そういった読みづらさが半端ないので、気軽におすすめしづらいというジレンマがあります。あらすじを読んで興味を持った方はぜひ手にとってみてください。青空文庫なんかでもテキストが手に入ります。

古文のような言い回しや文末なんかは、なんとなくニュアンスは分かると思うんで、ノリで読み切るのがよいと思います。あんまり深く考えずに。森鷗外とか樋口一葉を読み慣れてる人は多分大丈夫です。

漢字の旧字体に関してなんですが、まず方法としては、ルビを頼りに読んでみるというのがあります。それである程度大丈夫です。ですが、できれば旧字体にもパーツがあって、慣れていけばすぐ読めるようになりますので、ちょっと訓練しながらやっていくとよいと思います。

つまりメモをとるようにして、実際に書いてみたり、辞書を引いてみたりするとよいと思うんです。最近の電子辞書なんかは、タッチペンで書いて調べたりできるので、そういうのを使うとよいと思います。

旧字体は書こうと思ったら難しいですが、読む方はわりとすぐ慣れます。旧字体が読めるようになっておくと、明治期の文学作品が読みやすくなるので、これを機会にぜひ少し勉強してみてください。そういった意味でも『五重塔』はいいテキストです。

作品のあらすじ


主人公はのっそりとあだ名される十兵衛という大工です。腕は確かなんですが、なんとなくのっそりしていて、不器用そうな感じ。うまく世間を渡っていけないんです。小さな仕事ばかりをしている。

いやこういう設定ぼく大好きなんです。才能はあるのに、人柄が明るくないから認められない人。がんばれのっそり十兵衛! と応援したい気持ちになります。

谷中の感応寺というお寺で、五重塔を建てることになります。その仕事を請け負ったのが、源太という大工の親方。この源太がなかなかいい人物で、部下にも慕われているし、男振りもいいんです。

ところが、なにを考えたか、のっそり十兵衛が感応寺の上人のところに行って、自分に五重塔を建てさせてくれと言うんです。十兵衛は空を見れば五重塔を思い、暗闇でも五重塔の塔が目に浮かんでくるくらい、五重塔を建てたくてしょうがないんです。

自分ならできるという自信もある。のっそりと言われるだけあって、一度言い出したらきかないんです。その上人がすごくできた人で、十兵衛と源太を呼んで、どちらにやらせるとは言わないんです。あるたとえ話をするんです。兄弟が譲り合い、助け合う話。

その上人の話を聞いて、十兵衛がどう思ったか、源太がどうしようと思ったか。その辺りはぜひ実際に読んでみてください。お互いに職人としてのプライドがあります。お互いに譲らず、そしてお互いに譲りあう。この辺りのやり取りも面白いです。

これで源太が建てたらお話になりませんので、言ってしまいますが、十兵衛が五重塔を建てることになります。ところが人望はないわけですよね。周りの人はなかなかついていかない。その時、ある事件が起こります。ある悲劇が。ところがそこで十兵衛がとった行動が、周りの人の十兵衛を見る目を大きく変えるんです。

物語のクライマックスは嵐です。嵐がやってくるんです。大きな嵐が。建ったばかりの五重塔はぐわんぐわん揺れます。ここの表現が本当にすごいんです。文語文だからこそ書けた大迫力です。

もはや失われてしまった日本語の文語文としての最後のきらめきがここにあります。現代語に置き換えてしまったら失われてしまうなにかが。この文章はぜひ体験してもらいたいと思います。

誰もが五重塔は倒れると思ってはらはらします。周りの建物の屋根なんか吹っ飛んでいくわけですから、五重塔がもつわけはない。果たしてその時、十兵衛がとった行動とは? そして源太がとった行動とは?

五重塔の建設をめぐる、手に汗握る人間ドラマです。十兵衛、源太、上人それぞれがすごくいいんです。のっそりだけれど、確固たる意志を持って五重塔建設に情熱を燃やす十兵衛。プライドが邪魔をして十兵衛を快く思わないけれど、それでもなにかと助けてやろうとする偉大な親方の源太。すべてを見透かしているような、心の広い上人。いいですねえ。

そして小悪党みたいな感じで、清吉という男が出てくるんですが、この清吉がいなければ、物事がこううまくは運ばなかったはずです。やったことは悪いことですけどね。

興味を持った方はぜひ読んでみてください。会話文も地の文に溶け込んでいて、鍵カッコ(「 」)すらないので、かなり読みづらいんですが、そうした文体ならではの面白さがあるんです。本当に面白い小説です。

文語文を味わいながら、旧字体を少しずつ勉強しながらでも、ぜひ読んでみてください。その価値が十分にある小説です。ぜひぜひ。