留学は、子どもの頃から、人生で一度は経験しておきたいと夢見ていたことでした。学部生の頃は、留学できるほどの英語力がなく、また、それをつけようと努力することもできませんでした。

 しかし、青年海外協力隊に派遣され、これから国際協力の世界で生きていこうと決意した私にとって、語学力と修士号は必須のものとなりました。ケニアでの2年間では、隊員活動と並行して、英語も猛勉強しました。この時期に日本で出版されていたTOEFL対策用の問題集のほとんど全てを解いたと思います。その成果もあってか、イギリスの大学院に留学するために必要な点数を何とかクリアすることができました。私は、日本生まれの日本育ちです。はっきり言って、入試でも英語は苦手科目でした。もちろん、英語のネイティヴスピーカーになることはできませんし、今でもそんなに上手に英語を使えるとは思っていません。しかし、そんな私でも、勉強をすればある程度できるようになりました。これだけははっきりと言えます。英語は、勉強すれば誰でも必ずできるようになります!やるかやらないかだけです!

 そんな偉そうなことを言っておきながら恐縮ですが、留学時代は、とてもとても苦労しました。いくらテストでいい点数を取ったとしても、実践はまったく違うものでした。授業で先生が話していることにはなんとかついていけるものの、クラスメートとのディベートやディスカッションとなると話は別で、まったくついていけなくなりました。クラスメートには、イギリス、アメリカ、カナダなどのネイティヴもいましたが、他のヨーロッパの国々の人、アフリカ人、アジア人、中南米人などもいて、みんなそれぞれ響きの違う英語をしゃべるのです。そして何より、話すスピードが速い!聞き取るだけでも大変なのに、その中で発言するなんて、私にはとてもできないことでした。欧米の世界は結構シビアなもので、話さない人はいないものと思われてしまうのですね。クラスの中にあって、私の存在はないものとなっていきました。

 日本では、わりと雄弁なほうで、議論の中にあっても率先して引っ張っていくリーダータイプだと自負していた私の自信は完全に打ち砕かれました。自分は、言葉が変わるだけで何も言えなくなってしまう情けない人間、日本でしか活躍できない井の中の蛙だと思い知らされました。自分自身に対してあんなに悔しい思いをしたことはありませんでした。

 しかし、このまま終わるわけにはいかないのです。このまま終わってしまったら成長できないからです。まずは、自分ができることからしっかりやろう!そう決めて、毎日図書館にこもって猛勉強しました。話せないなら、まずは書きもので良い成績を取ってやろうという作戦です。朝8時の開館の15分前から毎日並び、閉館する11時まで、授業以外の時間はずっと図書館の同じ席に座って勉強していました。毎日顔を合わせて仲良くなっていた図書館のスタッフたちが、私が毎日座っている席に、私の名前が書かれたプレートを置いて、「もうこの席はお前の専用席だ!」なんて冗談を言ってくれるくらいでした(笑)。そのかいあってか、レポートや期末テストの成績が上位になってくると、クラスメートたちも私の存在を認知してくれるようになりました。そうなると、私にも少しずつ自信がついてきて、ディスカッションでもディベートの場でも発言できるようになっていきました。

 私自身の邪魔をしていたのは、何より私自身だったのです。つまり、「自分はこうあるべきだ」、「こういう存在でなければならない」などという下手なプライドや、「自分の英語の文法が間違っていたらどうしよう」とか「馬鹿だと思われたら恥ずかしい」といったコンプレックスです。私は、この留学を経て、そんなものは何の役にも立たないことを学びました。間違っていたっていいじゃないか、勘違いしていたっていいじゃないか。伝えなければ何も始まらない。この時から、私は、何かこう吹っ切れたと思います。この時から今でも私が心がけているのは、「思い立ったら、一番最初に(みんなより先に)発言する」ということです。

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2014年11月28日 石川りょう
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