本日9月22日は、アンナ・カリーナの生誕84周年です。

それを記念して、アンナ・カリーナのゴダール作品を紹介しています。
(1940年9月22日 - 2019年12月14日死去, 79歳没)

 

『女と男のいる舗道』(1962)
監督 ジャン=リュック・ゴダール
共演 サディ・レボ、アンドレ・S・ラバルト

撮影 ラウール・クタール
音楽 ミシェル・ルグラン

 

【あらすじ】

ナナは、娼婦に零落する女優志願の娘。

若くして結婚し、子供をもうけたが離婚して家を出た。
安月給のレコード店員では生活が持たず、つい男に誘われ、体を許した代償として金を受け取ってしまう。
そのうちポン引きのラウールと出会い、彼に好意を持った彼女は完全な娼婦に仕込まれる。
だが、かりそめの愛も春を売る暮らしにやがて冷えきり、彼女は無感動に日々を費やす……。

 


この作品で、アンナ・カリーナは、伝説的女優ルイーズ・ブルックスそっくりのショートボブで登場します。






蓮實重彦も指摘していましたが、アンナ・カリーナのシルエットの美しさたるやただ事ではありません。
 

アンナ・カリーナの美しさは、ギリシア・ローマ的な美とは関係のない、うつろいゆく美です。

また、これ見よがしの気を衒った映像美でもありません。

ただただ、観る者たちを圧倒する何かです。

 

手法もシンプルに、クローズアップをこれでもかというほど用います。










自らの身長を、手の幅をメジャー替わりにして、つま先から頭まで手で測る仕草。

男がビリヤードをしている横で、ジュークボックスの音楽に合わせてのダンス。

 

その可愛らしさは常軌を逸しておりますが、フレンチポップ的なキュートさとは全く異なります。
ゴダールがとことん惚れていたことが分かる映画です。







12の断章からなるこの映画は、スケッチブックのように撮られたアンナ・カリーナの生き様の映画です。

『女は女である』が喜劇だとしら、この作品は悲劇で、ミシェル・ルグランの音楽のセンチメンタルなリフレインが、悲劇性を上質に彩ります。


タイトルは、"Vivre sa Vie"。英語では、"Live her life" でしょうか。
すなわち、「自らの生を生きる」という意味です。

ゴダールの映画は、こうした「あっけらかんとした」「身も蓋もなさ」が本質だと思います。
『女は女である』も、そうしたタイトルです。

デビュー作『勝手にしやがれ』のラスト近くでも、
「密告者は密告する。泥棒は泥棒する。殺人者は殺人する。愛する者たちは愛しあう。」
というナレーションが流れます。

ハリウッド映画のような、王道の起承転結のあるドラマがあらかた作られてしまった後に、一介の素人が映画を低予算で撮ろうとしたとき、ゴダールは、こうしたエッセイ風の手法をとったのです。

そして、愛する女優を、パリの舗道に佇ませるだけで、映画になるのだ、と。

下手な素人がやったら1,000回に999回まで失敗するであろう、こうした実験が、奇跡のように成功したのが、ゴダールとカリーナの7本です。

 

なお、いささか衒学的な指摘となりますが、途中の映画館でカリーナが落涙する映画は、カール・ドライヤーの『裁かるゝジャンヌ』(1928)です。まさに、クローズアップの名作として知られる作品です。

 

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