美しい映像の声なき語りを受け止めて。
楽園の風景と子供たちの笑顔を胸に刻んで。
そして最後にそっと思う。失いたくない、と。

シネマな時間に考察を。

『ビューティフル アイランズ』
2009年/日本/110min
監督・プロデューサー・編集:海南友子
エグゼクティブプロデューサー:是枝裕和


美しいばかりの楽園のような島々を眺めながら、そこに暮らす子供たちのきらきらとした笑顔を見ている方が、小難しく深刻な顔つきを繕って環境問題を声高に訴えるよりも遥かに真実味があるのはどうしてだろう。


シネマな時間に考察を。 気候変動の煽りを真っ先に受けるとされる3つの島。南太平洋に浮かぶ小国ツバル、水の都ベネツィア、西アラスカに位置するシシマレフ島。音楽もナレーションもインタビュワーの声も一切排した3部構成のドキュメンタリだ。環境問題をテーマにしたこの作品はしかし、環境危機による不安をストレートに煽らせるような作りではない。映画の立場を利用して説教もしなければ、警告文的なテロップもない。鳥の視線のようになめらかで雄大なカメラワークのオープニングからラストシーンに至るまで、ただただ美しい映像をふんだんに織り込み、それぞれの島で活発に暮らすきょうだいたちをフィーチャーし、その笑顔をクロスアップする。


【TUVALU-ツバル-】
シネマな時間に考察を。 フィジー沖1000キロの先に浮かぶこの南太平洋の小国は、世界でいちばん最初に沈む島と言われているという。ところが島の住人ときたらどうだ。年寄りはこぞって言う。「神がこの美しい島を沈めるわけがない。神は我々を絶対に助けて下さるから何も心配していない」と。13歳の少女シレタは言う。「この島が大好きだからずっとここで暮らすの」と。島民たちはいつでも集い、歌と踊りの大団円で今宵も絆を深めてゆく。今ここにある危機よりもこの島で暮らす現実を日々謳歌しているのだ。しかしながら撮影が進むうちにも、シレタの家の玄関アプローチには既に犬も渡れないほど水位が上がってきている。暫く定点のロングショットでその画を捉えながら、水浸しの軒先を映す無言のカメラに、家の中からはいつもどおりの生活の声が穏やかに重なってゆく。


ツバルにインターネットは普及していない。ツバル(TUVALU)の国ドメインは<.tv>だ。しかし米国がこのドメインを買収しており世界中のテレビ局に販売されているという事実。知らなかった。温暖化に最も悪影響を与えている先進国がこの島のこんなものまで奪っていたとは。


【VENEZIA-ベネツィア-】
シネマな時間に考察を。 年々沈みゆく街として世界的に認知度の高い、水の都ヴェネツィア。イタリアに行けば誰もが一度はこの街のゴンドラに乗ることだろう。サンマルコ広場に設えられた木の渡り橋を私も覚えている。観光地としても有名な場所であることから、気候変動の影響は生活する人々のみならず。


映画では途中、かなり長い時間を割いてサンマルコ広場で行われる派手な仮装パーティの様子が映し出されていた。すると突然画面は高潮センターに切り替わる。翌日の高潮は最高危険レベルであるとの予報。街中に不穏な警告音が鳴り響く。いつまでも「沈みゆく街」を売り物にしている場合ではないのに。


【SHISHMAREF-シシマレフ-】
シネマな時間に考察を。 アラスカ最西端にあるシシマレフ島は、先住民族が多く暮らしてる。海抜は5m。主に狩猟で生活しているらしい。永久凍土であるはずの氷は年々薄くなり、もはや溶け出している現状。狩猟に出掛けたまま割れた氷にのまれる者もいるということだ。嵐が来るたびに海水は土地をえぐり、家々と人々を奪ってゆく。まさに壊滅状態に瀕した島だ。彼らは今、移住先を探している。先祖の魂は土に還っても永遠だと信じて。しかしながら移住先はまだ、見つからない。

夕陽の沈むツバルの海辺に、いつものように男の子達が“ヤシの木ブランコ”ではしゃぐシルエットを、橙と黒のコントラストで美しく浮かび上がらせながら、映画は静かに幕を閉じた。


それぞれの島の子供たちが彼らの愛する故郷の島で、いずれ家庭と子や孫を持つ未来にまで、これらの島が今ある形を留めていることは決して約束されていない。


だとしても。

地球最後の日に思い浮かべるのは、
きっとこんな楽園の世界に違いない。


地球は、美しい。
この映画を観てそう確信した。
美しい世界を、失いたくはない。



2010年7月27日 シネリーブル神戸にて鑑賞