アスワン・ハイ・ダムへ向かう道路

 

 

牛を乗せて走るトラックを指差し

「エジプトは食料が足りなくてスーダンから

輸入してます」とガイドのデイビッドさん。

 

飼育に大量の穀物を必要とする牛を輸出とは

少し驚きました。

 

 

蓮をデザインしたエジプト・ソビエト友好の記念塔。

アスワン・ハイダムはソビエトからの資金と

技術の提供を受け1960に建設が始まり

1970年に完成したそうです。

 

私よりもむしろデイビッドさんの方が

興味がおありの様子。

古代エジプトにロマンを感じても

ダムや水力発電に感情移入できる

要素が見つからず…。

 

看板を見てもさっぱりなんの事やら・・・

最大発電力 175,000KW

総貯水量 1620億㎥

全く想像つきません🙄

高さ 111m

長さ 3830m

幅(下部)980m

幅(上部)40m

これなら頭に描けます。

 

建設の財源確保の為にスエズ運河を国有化し

第二次中東戦争の発端となった重要な

場所なのですが

興味がないと記憶には残らず。

 

覚えているのは

上流にワニはいなくなったけれど

毎年漁師さんが襲われて命を落としている

という恐ろしい話だけ。

 

ダム下流側、ナイル川

 

水力発電所 

 

上流側。

あちこちに監視カメラが設置されています。

禁止されている動画撮影をしている方が

いらっしゃったので面倒な事にならないよう

教えて差し上げました。

 

何だかわかりませんがやたら長い国旗のポール。

 

時々見かける日本車。

 

広大な敷地のアスワン大学。

 

この方がシシ大統領。

 

切りかけのオベリスクに到着してすぐお手洗いへ

行きました。

すでに膀胱は限界に近づいておりましたが

女性2人しか並んでいなかったので

安堵し順番を待っておりました。

確かトイレは3つか4つあったと思うのですが

どの扉も一向に開かず。

私の後ろに女性が来て並んでいたのですが

切羽詰まっていたようで

トイレに向かって

「ちょっと、早く出てちょうだいよ」

(と言っていたと思われる)

しかしながら誰も出てくる気配はなし。

するとそのおば様、私をすっ飛ばして

前2人に横入りさせてくれと頼むでは

ありませんか!

先頭の女性には断られ、私の前の女性は

まだ余裕があったのか順番を譲り

おば様は2番目に割って入った

のです。

えーッ?私も足をタンタンしながら

我慢してるんですけどー、と

喉元まで出かかった声も

おば様の必死の形相に引っ込めざるを

得ませんでした。

ようやくそのおば様の順番になり

待っていると

ズボンも上げずお尻を出したまま

超スピードで出て来られて

私の前の女性に「ごめんね~」と

言いながらズボンを上げていらっしゃいました。

我慢の限界で

なりふり構わず横入りしちゃたけど

ごめんなさい、という気持ちが充分

伝わりました(笑)

 

で、デイビッドさんをかなり待たせてしまったので

ことの顛末を話すと

「お尻を出したまま」というのが

ツボにはまったのかその後何度も

話を思い出し笑っていました。

 

観光地に出かけた際は

トイレは早めにお済ませに下さいませ。

 

 

さて、採石場跡、野外博物館です。

 

切りかけのオベリスクまで

登りで息が切れフラフラになっていたら

日本人はみんな元気で年配の方でも

軽々登るとデイビッドさん。

 

これが切りかけのオベリスクです。

途中でひびが入り放棄されたそうです。

完成していたら長さ42m、世界最大の

オベリスクになるはずでした。

 

木のくさびを打ち込み木が膨張する事によって

石を切り出していたそうです。

「岩をも砕く木」ですね。

 

ノミで打ちつけた跡と思われる穴に

観光客が小石をはめこんだと思われます。

 

結構色んな日本の自動車メーカーの車が

乗られているようです。

 

アラブ科学技術海事アカデミー。

調べてみると

日本も練習船を寄付しているようです。

 

 

 

立派な門構え。でも中はお屋敷には見えません。

街角ウォッチングもなかなか面白いです。

 

派手にクラクションを鳴らしながら

追い抜いていく車がありました。

聞くところによると新車を買った時、

羊だかの血を車体に塗りたくって

みんなに知らせて回るんだそう。

 

折角の新車に、です。

アンビリーバボーでございます。