しつこいですが、もう一本多才なユ・ジェミョン出演作品…口のきけない死体処理人と誘拐された少女の不思議な時間をアイロニカルに描く傑作小品…「声もなく」

 

テジョン(大田)に近い田舎町。口のきけない青年テインと育ての親チャンボクは街角で卵を売っている。人里離れたチャンボクの農家に帰ってくると、「誠実な汗、明日の微笑」と書かれたポスターの前で、二人は着替え始める。頭から足まで全身をビニール・ポンチョで覆う完全装備だ。大きな納屋に向かうと、そこには背広姿の男が天井から吊るされている。二人は男の下に大きなビニールシートを敷き、待機するキム室長が率いるヤクザたちに、準備が出来た、と連絡し納屋の外に出てラーメンを食べながら待つ。バットやペンチを持ったヤクザたちはこれから背広男を拷問するのだ。二人がヤクザに呼び戻されると、口を割らなかったのか、死体となった背広男の後始末を始める。その時キム社長から、ある人間を数日預かって欲しい、と頼まれる。チャンボクは、自分たちは死体専門だ、と断るが、キム室長の迫力に負け止む無く引き受ける。翌日、二人が指示された場所に行くと、そこは雑居ビルの一室にある託児所で、待っていたのは兎の仮面を被った11歳の少女ペ・チョヒだ。誘拐犯人が、息子と間違えて誘拐してしまい、親が身代金を払い渋っているとのことで、身代金で折り合うまで預かって欲しい、と言う。こうして、少女との奇妙な時間が始まったのだ…

 

口のきけない死体処理人テインに、ユ・アイン、テインを赤ん坊の頃から面倒を見る死体処理人チャンボクに、その存在感が圧巻ユ・ジェミョン、誘拐された女の子ペ・チョヒに、映画初出演の子役ムン・スンア、テインの妹ムンジュに、やはり映画初出演イ・ガウン。

 

口のきけない死体処理の青年が主人公、と聞いて、思い切りダークなスリラーを想像していましたが、ずっとニヤニヤ、最後にウーンと唸る傑作でした。ざっと言えば、大傑作「息もできない(原題:糞蠅)」「コインロッカーの女(原題:チャイナタウン)」を思い出させる”疑似家族”を描く物語に属すると思いますが、得も言われぬ緩い緊張感とジリジリする焦燥感みたいなものが、緑あふれる田舎の香りに包まれて揺蕩(タユタ)うている、みたいな感じがど真ん中です。兎の仮面、カセットテープの礼拝、死体から盗んだ高級スーツ、野菜売りの老婆などなどの苦笑いの素も見事に活きているでしょう。ゆらゆら進む脚本も見事ですが、やはり役者です。口がきけず、恐らく手話もできず字も書けない青年を演じるユ・アインが圧巻で、死体処理と卵売りの区別もつかない薄汚い青年が少しずつ変わっていく演技は、どんな言葉でも表せないくらい素晴らしいでしょう。さらに、映画初出演の子役ムン・スンアが凄い。誘拐されたこと、家族が身代金を惜しんでいること、死体処理を目の前にしていること、などをそのままに受け止めつつ、ゴミ屋敷に住むタインの幼い妹への母性を発露していく様は、個人的には「タクシードライバー」ジョディ・フォスター、「レオン」ナタリー・ポートマンに匹敵する名演だと思います。

 

悲劇とも美談ともつかないエンディングは賛否が分かれるかもしれませんが、アイロニカル・ドラマの大傑作だと思います。あくまで小品ではありますが、ユ・アインとムン・スンアへの敬愛も込めて、紛(マゴ)うことなき五つ星です。