N1105O-336 | chuang26のブログ

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伝わる思い、伝えられない思い、その5~公爵の娘~

「お父様!」
「・・・エクラ、もう少し静かに入れないのか。客人の前だぞ」
「話は伺っておりますが、既にワルト侯爵が何時間も待っておいでです。聞けばその者達は傭兵ではないかとのこと。侯爵殿下を待たせて傭兵などの相手とは、何事ですか!」
「何が重要かは私が決めることだ。お前の知ったことではない」

 ハウゼンが冷たく言い放つと、エクラはぶすっとして来た時と同じような足音と共に踵を返した。エクラは比較的小柄だったが、まだ年若いのか、東に特有な優雅や余裕のある態度とは無縁に見えた。せいぜい15歳程度だろう。まだあどけなさが残る顔つきだが、利発そうな顔と意志の強さそうな眼だけに、余計に怒った顔がきつそうに見えた。帯剣しているところを見ると、剣も扱うのか。栗色の短い髪の持ち主が部屋から完全に去ると、ハウゼンはため息をついた。

「誠に申し訳ない。娘がお恥ずかコーチ ハンカチsしい所をお見せした」
「いえ、いいのよ。確かにあの子の言う事は正しいから」
「確かにあの子はいつも正しい。頭の回転も速いし、まだ成人前だが、既に私の執務の手伝いをさせている。剣の扱いもそこそこだが、いかんせん貴族然とした思考が強すぎる。あれでは人は付いてこぬ。誰に似たやら・・・」
「貴方じゃない?」

coach コーチ

coach 公式
 アルフィリースが即答したので、ハウゼンはおろかその護衛や、アルフィリースの仲間までびっくりした。だがアルフィリースはしれっとそのまま言葉を続ける。

「だって、髪の色、目の色、その瞳の強さまでそっくりよ? きっと若い時には貴方もああだったんじゃない?」
「う、ううむ・・・そうだったかな」
「まあ想像だけどね。傍目にはそっくりとだけ言っておくわ。きっと周りもそう思っているわよ、ねえ?」
「はあ」

 アルフィリースが突然護衛に話を振ったので、彼は困惑していた。実はアルフィリースの言う通りだったので、その場に居合わせた年長の執事は笑いをこらえるのに必死だったが、そこは彼も従者としての節度が勝るのか、なんとかこらえていた。
 そしてアルフィリースはそのままハウゼンの屋敷に逗留する事になる。夕食はハウゼン夫妻と、その娘とエクラと共に取ることになった。ハウゼンの妻は彼とほぼ同い年らしいが、歳を感じさせぬ、非常に優雅な人物だった。『イーディオドの女は優雅たれ』というのがこの国の伝統なので、庶民に至るまでどこかしとやかなのがこの国の雰囲気ではあるが、それを代表するような女性であった。全く嫌みのない笑顔に態度。エクラはますます父親似なのだろうと、アルフィリースは確信していた。今でこそハウゼンも穏やかだが、若い頃はきっとエクラに似ていたのだろうと、アルフィリースはそんな想像を楽しんでいた。
 そのエクラは終始仏頂面であり、笑えばもう少し可愛いのになどとアルフィリースは考えていた。たまたまエアリアルと正面になっていたので、二人とも無愛想同士で話が合わないかなどとくだらないことを考えながら、普段では味わえない珍味の数々をアルフィリースは味わっていた。ただ、一番味わっていたのはもちろんユーティである。
満腹になってテーブルの上で寝始めたユーティをアルフィリースは皿に移すと、そのまま蓋をして給仕に「鍋の具材にするように」と手渡した。その態度に気真面目な給仕達は、「妖精の鍋・・・いや、煮びたしか?」「煮ても焼いても食えぬのでは?」などと真面目に考え込んでいたが、その光景を見てハウゼンは笑い、ハウゼンの妻が必死に笑いをこらえていたのが、アルフィリースにはとても印象的だった。それ以上に印象に残ったのは、その光景を見て馬鹿馬鹿しいとばかりに退席したエクラであり、随分と堅物であることがうかがえた。
 そしてさらに次の日。アルフィリースは朝遅めに起きて、ゆっくりと準備を整えていた。今日は朝起きろとうるさいリサもいない。茫としながら、とりあえずはこの国の騎士の訓練を見せてもらうようにアルフィリースはハウゼンに頼んでいたので、仲間達を伴ってアルフィリースは用意された馬車で軍の訓練場に向かうのだった。

***

「せい! せい!」
「いやぁー!」
「走れ―!」

 練兵場では騎士達が訓練に励んでいた。アルフィリースがここの足を運んだのは、もちろんこれからの傭兵団の参考にするためである。街道などで各国の警備兵や巡回兵と手合わせする習慣を持つアルフィリースだが、中原に近い国々とは流石に兵士の装備も訓練も違う。
 必ずしもどちらが強いとは言えなかったが、中原は比較的魔獣・魔物の出現も多く、兵士の多くは実戦を積んでいる。だがその戦闘はやはり人以外が多く、必ずしも人間向きの戦い方ではない。戦術・武器も人間以外を相手にすることが多いので、飛び道具や大型で無骨な武器が発達しやすい。
 また対して東側では実戦経験は少なめだが、戦術・戦略などに関して演習をくり返す時間は多く存在し、経験はともかく練度は高い。また対人戦闘を意識し小型の武器や、礼典用の装飾に凝った武器が多いのも特徴だ。
だからなのか、少ないながらも激戦をくぐり抜けたアルフィリースにとって東の兵士の個々人の技量は、正直稚拙に映らないでもなかったが、それでも騎士剣の型をじっと見ていれば、それなり以上の技量を持つ者とやり合えば苦戦はしそうな予想くらいは立つ。同時に、こういった軍隊は予想外の展開に弱いだろうとも思うのだ。

「ちょっと戦ってみたいなぁ・・・」
「ふふふ、アルフィリース殿は好戦的ですね」
「剣を持つ者なら、相手の技量は気にならない?」
「それは確かに。あの方など、かなり強そうではないですか?」
「あれはだめよ、見かけだけだわ。力はあっても持久力がない。真っ先に特攻して、すぐにへばるタイプね。戦場では早死にするわ。それよりも私はあなたの技量が一番気になるんだけどね」
「御冗談を」

 隣にいた、昨日案内してくれたハウゼンの護衛が笑う。彼はヴェンという名前らしいが、彼の歩き方を見ていてアルフィリースはかなりの使い手だと彼の事を睨んでいた。優しく、丁寧なだけの男ではないだろう。
 そんな彼を見ながら、アルフィリースはふと訓練場の一画に目をやる。そこにはハウゼンの娘であるエクラがいた。どうやら今日は軍に顔を出しているのか。宰相の娘ともなれば、年若くともそこそこの身分を与えられているのかもしれない。

「やああああっ!」

 エクアの咆哮と共に、相手の剣が弾け飛ぶ。そのまま相手は両手を上げて降参の意志を示した。

「ま、参った!」
「不甲斐ない、それでも騎士か! 次!」

 エクラが吼えるも、誰も名乗りは上げなかった。仕方なくエクラは次の相手を指名して、稽古をし始める。その光景を見たアルフィリースが一言。

「ここまでとはね・・・」
「強いでしょう、エクラ様は」
「こんなところまでおべっか使わなくてもいいわよ、あなた。あの子、酷い弱さだわ。いえ、決して弱くはないけど、大勢を巻きこんで死ぬ類いの人間だわ。危険ね・・・」

 その言葉で苦い表情をするヴェンの傍で、アルフィリースは逆に真剣な面持ちでエクラを見つめていた。


続く

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次回投稿は10/22(土)15:00です。