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第14話 命灯

第14話 命灯

 任務遂行者(カラー)坂本陽輔(さかもと ようすけ)は夜通しホテル内を彷徨い久門翔子(ひさかど しょうこ)を探したが、彼女を連れ去った桂剛志(かつら つよし)と沖田春香(おきた はるか)の尻尾は掴むことができずにいた。

 どこの階の廊下にも感染者が徘徊しており思うように前には進めない。客室だけで161もあるのでしらみつぶしにするにしてもひとりでは時間がかかった。
 また、抗ウイルス薬の効果があり症状を辛うじで抑えることができていたが、感染しているのは間違いない。時折意識が定かではなくなり、フラフラと勝手に歩みを進めている自分を発見したりする。自我以外の意思が自分の身体を支配し始めていた。思うように身体を動かすことができず、感染者たちを蹴り飛ばしながら進むことができない。
 皮肉なことに感染を抑えている抗ウイルス薬の中に埋め込まれていたGPSのセンサーが、坂本の所在を逐一桂らに教えているのだから捕まえられないのも無理はない。坂本が近づくに合わせて居所を変えているはずである。
まさにどうどうめぐりであった。
 5階露天風呂の脱衣室で別adidas オンライン
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れた標的(ターゲット)である高橋守(たかはし まもる)の姿も見かけることはない。
 焦燥感に駆られる坂本をよそに時間だけが刻々と過ぎていった。

 2013年10月3日午後3時。

 坂本はついに覚悟を決めて最後の手を打った。

 最上階に爆薬を仕掛け、それに点火したのである。
 10階は激しい爆発音とともに火に包まれた。

 炙り出す作戦である。

 10階から9階へ火の手が進むにつれて坂本の捜索の範囲は狭まっていく。
 発見するのが先か、このホテルが焼け落ちるのが先か、まさに最終手段であった。

 度重なる感染者の襲撃に出会い、坂本の身体は文字通りボロボロである。噛み千切られた箇所は数知れず・・・。おびただしい血をまき散らしながら進んでいた。
 坂本の血が感染者の血だからなのだろうか、幸いなことにやつらを引き寄せる力は弱い。それでも体臭からはまだ人間のものが残っているのだろう。やつらに出会えばその都度襲撃された。

 重たい身体を引きずるように3階フロアを探索していた時である。

 感染者の群れと遭遇した。
 正確に言うと、生存者の集団に襲いかかっている感染者の群れであった。
 廊下の隅に追いやられた十数名の集団の中には若い男が数名、前線に立っている。奥には女性の姿もあった。驚いたことに子どもいる。坂本はこれほどの数の生存者がまだ生き残っていたことに驚きを覚えた。その全員が懸命にやつらの突進を手持ちの椅子やモップの棒などで防いでいる。襲いかかっている感染者は6人。歓喜の声をあげながら手あたり次第全身で衝突を繰り返している。生存者たちは押しまくられていて、遠目からでも全滅の憂き目にあっていることは火を見るよりも明らかであった。歓声を聞いて他のフロアからも感染者たちが駆けつけつつある。

 「ガン!!ガン!!ガン!!・・・」
鳴り響いた銃声とともに後頭部を正確に撃ち抜かれた感染者6人が地に倒れる。
一瞬の静寂の後、今度は生存者たちから歓声があがった。得物(えもの)を捨てて飛び上がって喜んでいる者の姿もあった。
「安心するな!!こいつらに銃など効果はない。すぐに立ち上がって襲ってくるぞ。早くここを立ち去れ!!」
坂本の怒声。先頭にいた割腹の良い男が流れる汗をぬぐいながら、
「恩にきる。俺の名前は駒田光(こまた ひかる)だ。あんたの名前は?」
「こんな時に名乗り合ってどうする。早くしろ!」
言っている矢先に地面に伏せていた感染者たちが身震いしながら立ち上がろうとしている。
なぜか駒田はじっと坂本を見つめて動こうとしない。坂本が焦れた。
「坂本だ。坂本陽輔だ。」
舌打ちして名乗りを上げると駒田が微笑みを浮かべながら何度も頷いた。
「そうか、あんたが坂本さんか。見事に任務遂行果たしたそうだの。」
「お前も任務遂行者(カラー)か・・・」
「カラー・パープル。標的(ターゲット)の戦闘能力を確認するのが俺の使命だ。今、標的(ターゲット)はどこにいる?」
生存者たちから悲鳴があがる。目をつむり額から血を流しながら感染者たちがよろよろと立ち上がったのだ。
「2階に俺の部屋がある。そこに逃げ込もう!!」
集団の中の若い男がそう言って走り出した。途端にみんながそれに続く。

 その時、坂本は足から崩れるようにして地面に両手をついた。めまいと吐き気に同時に襲われ手足がしびれたように動かない。呼吸ができなかった。
 駒田はそんな坂本を抱きかかえて最後部を走り始めた。

 階段を下りていった先頭から悲鳴。2階のフロアでやつらと鉢合わせになったようだ。後方からもやつらが迫りつつある。完全に挟み撃ちにあった形になった。
 「あすみ、あすみはどこだ!」
駒田が呼ぶと、女がひとり、子どもの手を引いて寄ってきた。女は30ぐらいの年齢で、女の子は3歳くらいだろうか。大きな目をして利発そうな表情をしている子だった。
「あーちゃん、ほら、パパよ。」
「おお、山岡さんありがとう。さあ、あすみ、パパのところにおいで。」
駒田はそう言うと抱えていた坂本を床に下ろし、替わりに女の子を抱きかかえた。坂本は薄らぐ意識の中で駒田の口元を見る。声は聞こえなかったが口元から何を話しているのはわかった。そのくらいの訓練は積んでいる。
(カラー・インディゴ、アクセスしろ。6頭の熊たちを再度解放しろ。)
 階段から感染者2人が猛然と駆け上がってきた。踊り場で立ちすくんでいる集団から悲鳴があがった。それもすぐに銃声にかき消される。ぼやける視界のなかでも坂本の銃弾は確実に感染者たちの頭を撃ち抜いていた。頭を撃てば、殺すことができなくとも一時的な足かせはできる。
(カラー・インディゴ、2階だ。2階を掃討しろ。)
駒田は依然、抱きかかえた子どもに何か耳打ちをしている。

 坂本がようやく息絶え絶えに立ち上がった。
 壁にもたれかかるようにして2階へと進む。
 集団の殿(しんがり)の男たちは組み立てたパイプイスを盾にして必死に上から襲ってくる感染者たちの攻撃を防いでいた。もちろん長くは持たないだろう。
 坂本はひとり前へ進み駆けあがってくる感染者を銃撃した。立て続けに4人が頭を撃ち抜かれて階段を転がり落ちていく。しかし、それを踏みつけ新手が歓声を上げて向かってくる。
「しつこいやつらだ・・・慌てなくてもじきに俺もお前たちのお仲間だぞ・・・」
坂本のつぶやきに合わせて銃声が鳴る。しかし転がり落ちたやつらもむくむくと立ち上がってくるのだ。きりがない。
「あと3発か・・・」
坂本は冷静に自分の所有している銃弾の数を数えていた。階段の下には9人はいる。もはや打つ手は無かった。やれることといったら生きたまま食われる前に自分の頭を吹き飛ばすくらいだ。
 駆け上がってきた感染者のひとりが坂本の太ももに噛みつく。激痛にこらえながらも強烈なひじ打ちを食らわすと、そいつは階段の下まで転がっていった。

 坂本は観念してその場に座り込んだ。

 と、眼下に何か大きな黒い影が飛び込んできた。
 フロアいっぱいの体積をもつその影は巨大な熊であった。
(冗談だろ・・・こんな巨大な熊がいるものか・・・)
坂本はついに幻覚症状まで出てきたのかと自らの身体を呪ったが、カラー・インディゴにコントロールされているこの巨大な熊は現実に存在しており、立ち上がった感染者を頭から噛み砕いて残った肉体の一部を壁に叩きつけた。前足で床に転がっている感染者の頭を踏み潰し、突進して感染者を天井まではね飛ばした。9人いた感染者たちはわずかな間に全滅し、その肉片が辺り一面に散らばっている。
 その巨大な熊は飛び散った感染者の血を舐めながら視線を左右に動かす。絶えず獲物を探しているようであった。

 やがて階段上の坂本と目が合った。
(感染者しか食わない熊か。ならば感染している俺は獲物のうちってところだな・・・)
坂本の銃口が熊の額に向けられた。こんな銃弾では傷つけることはできても倒すことなどできやしない。ただ、兵士として強者に倒されて死ぬのであれば本望であった。頭のおかしくなった感染者に喰われるよりよっぽどましである。

 熊は深い目をしていた。

 随分と長い時間目を合わせていたように思える。

 何かを語り合ったような気もした。

 おそらく朦朧(もうろう)とした坂本の意識が夢の狭間を見せていたのかもしれない。

 熊は襲ってはこなかった。

 なぜか悲しい目でいつまでも坂本を見ていた。

 操られるもの同士の共感だったのだろうか・・・。

 坂本の意識はここでプツリと途切れた。


 再び目覚めたとき、軍事作戦レインボーは最終局面を迎えていた。