知ることで幸福になったりはしません。なぜなら、知ることは何ももたらさないからです。---ラエル | あやちゃんのブログ

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知ることで幸福になったりはしません。なぜなら、知ることは何ももたらさないからです。---ラエル

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Rael Maitreya

 

William Borowczak Raelian Movement

 

William Borowczak

 

 

知ることは何ももたらさないからです。「この小さくて可愛い鳥の名前 は何々変態鳥です」と言っている間に鳥は飛び去ってしまって、その鳥の面白 い飛び方や、美しい羽などに見とれている暇 ひま はないのです。これでは全然、間 に合いません。知ることは、覚醒とも無限の意識とも全く関係がないのです。  

 

 

詳しいことはこちらにあります:大文字の部分

 

        「マイトレーヤ」

          ~その教えの真髄~

 

          マイトレーヤ・ラエル著

 

第六章 生きることに意味を見出す

 

 「所有しなければしないほど、より『ありのままでいる』ことができます。所有すればするほど、『ありのままでいる』ことができなくなります」 ラエル   

 

 

所有していても、「ありのままでいる」ことは可能だろうか?  

 

セミナーで、預言者に次のような質問をした人がいました。 

 

 ──ラエル、物質的な所有に関連してお尋たずねします。私たちは消費文化の真っただ中にいますので、すぐに物質欲に捕 とらわれてしまうのですが、どうしたら 良いのでしょうか?  

 

どこまで所有したいと望むかは、各人の自由です。でも知っておいてください。私たちは自分の所有しているものに所有されているのです。  

 

私は、こういう素晴らしい一文を読んだことがあります。

 「所有する人が裕福なのではない。欲望が限られている人が裕福なのだ」  

 

それというのも、お金を稼 かせ げば稼ぐほど、お金が必要になるということもあるからです。  

 

所有の極致きょくち を目指すよりは、非所有の極致を目指す方がマシです。非所有の極致は、決して破壊的になるということがないからです。  

 

自分が本当に必要とする以上の物を持っている人は、それに伴 ともなう使用料の支払いなどが発生したりして、エネルギーを使ってしまいます。より多く働かな ければなりませんし、財布の中身も注意深く管理する必要が出てきます。そんなことでは、自分の欲望の奴隷状態になってしまいます。  

 

自分が必要とする物だけを持っている人は自由です。  

だからといって、何も持たない方が良いと言っているわけではありません。 ある人はたくさん物を持っていて幸せでいることができますので、それはそれで良いことです。 

 

 しかし、どんな場合でも絶対に避 さ けた方がいいもの、それはクレジットです。 というのも、人はこれによって奴隷化 してしまうからです。自分の収入の範囲内で買い物をする方が絶対にマシです。例 たとえば買いたい車がある場合に、何年かは小さな車にしておいて、それを買えるだけのお金を貯 た めたときに初めて、 より馬力のある、きれいな新車を買うのです。たとえそれまでの貯 たくわ えに何年かかったとしてもです。  

 

クレジットは高すぎます。まるでそれは手錠 をはめられて、人生の 3 分の 1 をクレジット会社を儲 もう けさせるために働いていくようなものです。買う物で得 られる喜びというのは一過性 のもので、幸福はすぐに逃げていってしまいます。  

 

社会は、私たちに、必要ではない物を必要だと思い込ませます。それがなければ社会的に認められないとか、社会的地位が維 持できないとでもいうようにです。これは、政治経済的な世界への奴隷化 と、人間搾取の一形態です。所有 への依存のシステムが、人々を「ありのままでいる」ことから遠ざけてしまい ます。これは「知る」ということに関しても同じです。  

 

学ばなくてはいけません。学ぶことは大切ですが、出口の見えない半狂乱の 知識の探求は避 さ けるべきです。 

 

「知り過ぎてはならない」ということを知るのは、特に重要です。いろいろな ことを驚くほど知っている人がいます。いろいろな学歴や資格は持っていますが、全く「ありのままでいる」ことができずに、不幸のどん底だということが 多いです。知れば知るほど、知っていると思えば思うほど、実は知らないので す。なぜなら「ありのままでいる」ことが無くなるからです。

 

 「ありのままでいる」状態の人は、「知る」ことの奴隷 でも「所有する」ことの 奴隷でもありません。  

 

これについてラエルは、53AH/1999年 4 月の第 1日曜日、モントリオールの集会でも話 されました。 

 

所有することでも、知ることでも、幸せにはなれない  

 

幸せは、「所有する」ことも、「知る」こともできませんが、幸せで「いる」こ とはできます。「所有する」ことでは幸せにはなれません。ただ不幸せになることもありません。それは何ももたらさないのです。実際のところ、あなたがそれに与える価値だけの価値しかありません。  

 

「知る」ことに関しても同じです。知ることで幸福になったりはしません。なぜなら、知ることは何ももたらさないからです。「この小さくて可愛い鳥の名前 は何々変態鳥です」と言っている間に鳥は飛び去ってしまって、その鳥の面白 い飛び方や、美しい羽などに見とれている暇 ひま はないのです。これでは全然、間 に合いません。知ることは、覚醒とも無限の意識とも全く関係がないのです。  

 

私たちは、「知ること」と「所有すること」を追求する文化の中にどっぷりと 浸 つ かっています。この世界を支配しているのは「知識人」と「お金持ち」ですが、本来は「ありのままでいる」人たちが決定を下し、地球の人たちを導いて いくべきです。  

 

「所有する」ことで幸福にはなれません。「所有する」ことは麻薬  の場合と同じ ように、人を高揚した気分にさせます。それも少しの間だけです。「所有する」 ことには必ず落胆が伴 ともな います。意識はそうではありません。「ありのままでいる」 こともそうではありません。「ありのままでいること」も「意識」も、どんどん 上昇していくばかりです。意識とはそういうものです。意識的でいようと決心 した個人には、老齢も太刀打ちすることができません。

 

出版社:無限堂

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