MIAU法人化記念パーティーには行けなかった | 音楽リスナーとPCユーザのための著作権パブコメ準備号
2008-09-09 05:08:51

MIAU法人化記念パーティーには行けなかった

テーマ:チラシのうら

MIAU法人化記念パーティーには行けなかった。平日の参加は難しい。MIAUのイヴェントには、一度も参加できていない。MIAUへの違和感は、ずっと抱えていた。


MIAU誕生のアナウンスは、あまりに唐突で、その目的や実態が掴めないものだったけれど、可能性を感じるものだった。その可能性とは、特に著作権行政について、何らかの不満や理不尽さを抱き、また切実な自分自身の問題として、ブログを書いたり署名をしたり、そのほか、いろんな「活動」をしてきた身にとって、対外的な交渉ができる団体が存在し、、信頼できる理論的な裏づけを示す事が出来る専門家との連携もできるというのは、自分だけでは解決しきれない困難を打破するものとしての可能性だ。極端なことをいえば、MIAUが存在して、誰かが動いてくれていれば、それでいい。


しかし、ぼくがMIAUに期待したもののなかには、かつてBBさんが使った表現を借りれば、ブロガーの「ゆるやかな連帯」を集約するもの、という位置取りもあった。


輸入盤問題のシンポジウムを中継していた津田さん、iPOD税の論客として颯爽と現れた小寺さん、池田信夫さんの名前を知ったのは、輸入盤問題の情報まとめサイトだった。


輸入盤規制の時は、電子署名とリアル署名で何万という署名が集まり、何百もの音楽メディア関係者が賛同リストに名を連ねたけど、じゃあ、どうするか、どうすればいいかというところで、いちいち立ち止まらなければいけなかった。署名には、何を書かなければいけないか、どこに提出するかといったこともわからなかった。著作権法の条文をはじめて読み、分厚い解説書を図書館で借り出し、使い勝手の悪い文化庁の審議会情報を過去に遡った。

輸入盤規制の時は、最初、2chにしか情報がなかった。人がだんだん増えて、いろんな情報を持ってきたり、それぞれが出来ることとして作業を分担したりするようになって独自の動きをつくり、何人かがブログで意見を書いたり、調べたことをまとめたりするようになってからは情報を交換するバザールのようなものとしても機能した。


iPOD税のパブコメの時には、その時の連携がさらに発展したと言えると思う。えこりんが速報し暇人#9が情報整理して踏み込んでいく。パブコメジェネレータのプロトタイプみたいなものになったりもしたな(オープンコンテンツの面白さに気付いたのはこの時だ)。それから、PSEか。


いつもいつも、問題となったのは、ユーザーの意見を代表するような窓口の不在だった。そこには、行政上の手続きをある程度わかった上で(あるいは、それを調べることを代行してくれる)、という意味合いも含まれるかな。政治家に委ねたり、有名人に委ねたり、ということではなく。私的録音録画保証金制度においては、津田さん個人が担わざるを得なかった。


それがMIAUという組織になった、ということなのか。つまり、MIAUは、津田さんと小寺さんの団体なのか。それとも、津田さんと小寺さんが作った、ユーザーみんなが、なんらかの形で参加しうる団体なのか。そこが見えてこない。MIAUの実態とは、何か。どうやって参加するのか、参加するとはどういうことなのか、自分がやりたいことを、MIAUと共に、MIAUを通じて発信するにはどうすればいいのか。自分がMIAUを手伝えるなら、それはどうすればいいのか、自分がどういう形で関るのがいいのか、関らせてもらえるものなのか、よくわかんない。いあ、もっと積極的にコミットしてくれば、門戸は開いている、ということなのかもしれないけど、能動的に自分に出来ることを自分でやるなら、自分で勝手にやるわけで。


法人化の一連の騒動は、古典的なたとえだけど、MIAUは「伽藍」を作ろうとして、失敗しちゃったように見える。そして、「バザール」に戻ろうとしている。新宿のロフトプラスインワンの座敷で「中継」という仕事を担っていた金髪の兄ちゃんの後姿を思い出す。


バザールを作るのも、簡単ではないだろう。でも、そのほうが、しっくりくる。


池田さんや白田さんや公文さんといった、名のある方々と縁があり、協力していただけるのだとしても、ユーザーという視点から見れば、彼らも一人のユーザーでしかない。オブザーバーとして、見守っていただき、困った時に、それぞれの専門的な知見から、ほんのちょっとの手助けをしてくれるなら、それで十分なのだと思う。


自分に出来ると思っていなかったことが、出来ることなんだと気付くこと。出来るようになるためには、どうすればいいかという端緒を得ること。自分に出来ることが、全体の中で有用なのだと気付くこと。


ぼくは、2004年から、少しずつ、そうやって足を進めてきた。MIDI音源や、二次創作や、ビデオゲームや、貸与権で、著作権のことをわがこととして考えてきた先人たちに、助けてもらいながら。ブログやBBSや書籍や論文で情報を発信してくれる、政治家や弁護士や官僚や学者や評論家に、教えてもらいながら。顔も名前も知らない人たちと、ゆるやかに協同しながら。そのプロセスを、効率よく進めていく場として、存立できないのだろうか。


くだらないなあとか、無邪気だなあとか思いながら、いくつかのエントリを読んだ。MIAUには、ちょっと距離を置いてきたし、まだしばらく置いたままなのかもしれないけど、何か書かずにはいられなくなった。

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