CCJP, コンミラ, CCフェアユース | 音楽リスナーとPCユーザのための著作権パブコメ準備号
2007-09-28 00:14:19

CCJP, コンミラ, CCフェアユース

テーマ:cc

ひさしぶりー


CCJPのセミナーに行ってきた。


最近話題のコンミラ関連ですが、津田さん、小寺さんの話は、既にそれぞれが書いてる話とそれほど違わなかった。

http://blog.shoeisha.com/contentsfuture/2007/09/ccjp6seminar.html


あのテキストデータの公開の仕方は、著作権者にとっても、ユーザーにとっても、コピーレフトな人々にとっても、相当よくないことは疑いようがない。


でも、そこに反発する二人の言い分にも、納得しきれないところが多々あった。で、思うに、二人は、著作権法の権利制限よりも、広い範囲で使用を認めたいのだけど、表示 - 非営利 - 改変禁止ほど自由にしたいわけじゃないのかなあと。フェアユース、あるいは、それよりもちょっと自由、くらいにしたいんじゃないかと思ったわけです。


で、ccjpの人にもちょっと話したんですが、cc的にフェアユースのライセンスを作るというのはできないものか、と。特に書籍とかにライセンス付けることとか考えると、表示 - 非営利 - 改変禁止まで踏み込むのは、それなりに難しいと思うです。でも、日本の著作権法の権利制限というのは、実に勝手がよくない。というわけで、まずは、日本限定のライセンスってことになるのだろうけど、合衆国法のフェアユースまでを権利者の意志で認めてしまう、それによって、ccの理念とかも広まっていく、というのは、悪くないんじゃなかろうか。

というわけで、ざっくり考えてみた。


まあ、著作権者を明示、非営利。

改変(改変は二次的創作であることに注意)については、不可とするのではなく一部改変禁止としたほうがいいかもしれない。

元より出所明示義務は守らねばならないとしても、強調しておくほうがいいかもしれない。


cc-usfu

フェアユースの範囲は合衆国に依拠。いろんな出来事に対応しやすく、わかりやすい。合衆国で運用されてるから、権利者としてもある程度安心できる。

で、そこからもっと広げてみる。


cc-fu-ndc

フェアユース-デッドコピー禁止。


*目的は、教育とか、そういうのに限る。限らなくてもいいのかな、って気もする。


*著作権者が有償で公表しているものと同等物を複製し、公表してはいけない。つまり、売り物と同じものを、誰かに与えるな、ということで、インセンティブを保持する。有償で公開していることをどう確認するかという点は、議論が必要かもしれない。最終形まで著作権者の了承が得られたかたちで公開されたもの、とすることも考えられる。


*デッドコピーというのは、メディアとして、あるいは様態として完全に同一であることに限定する。


*メディアとして、様態として同一である場合、たとえば、書籍でのみ販売しているなら、紙への複製は、全体ではなく部分でなければならない。


全体か部分か、というのは、作品概念に関する難しい議論を必要とするかも知れない。たとえば、CDアルバムであれば、1曲1曲が作品なのか、アルバム全体として作品なのか。曲ごとにライセンスをつけるか、アルバムとしてライセンスを付けるかを、権利者に選択させるというのも十分妥当な範囲であるとは思う。他方、その曲が、曲単位で入手できないのであれば、あくまでアルバムというまとまりで作品であると捉えることもできる。


*メディアの変換をする場合、その変換によって使用状況に差異が生じる場合、全体の複製でも可能とする。紙メディアからテキストデータへの変換や、アナログレコードから音声ファイルへの変換は、検索、アクセシビリティ、持ち運びなど、新たな使用法の可能性を開く。


*様態の変換、および改変すなわち二次的著作物については、同一性を保持する方向である限りにおいて可能とする。すなわち翻案や映画化は認めず、口述や翻訳は全体について利用可能とする。


*オリジナルからの変更点を明示する。つまり、オリジナルではないことを明らかにすることで、正確さについて担保できないことを示す。「部分」であれば、オリジナルとして公表されているもののどの部分に当たるか、あるいは、たとえば画像データを解像度を変えて複製した場合は解像度をいくつからいくつに変えたか、書籍をスキャンして画像を公開するのではなくOCRや手打ちでテキストデータにした場合はその旨を明示する。


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