昨日は、母の四十九日だった。
初めから姉と私の「娘ペア」だけで行うことになっていたんだけど、何と姉が母と同じ病にかかり、参加することができなくなった。
…ということで、私一人の四十九日でした。
お経やら焼香やらひっくるめて一時間ほどで終わり、その後、かねてからの懸念を思い切って聞いてみた。
いつかのブログに書いた「我が家で見ないようにしているもの」の1つ、父が残していった宗教関連のグッズについて。
鞠「何の宗教かわからないのですが、家にお経が書かれた小型の掛軸や仏像、鏡などがいくつもあるんです。私は信心がないし、正直、処分したいのですが、どうしたらいいでしょうか」
あたかも質問口調で話したが、私としては、何がしかのお金を払って、このお寺で全処分してもらうつもりだった。
…したらお寺さん曰く…
寺「それは気になりますね。もちろんできますよ。簡単にお経をあげさせてもらって、その後、焼いて処分します」
…とここまでは、想定内通りの回答者だった。
ところがその後、
寺「ですから、燃えるものだけです…」
…と、きた。
そんなこと言われても、燃えないものの総数の方が多いのだ(>_<)
…だったら意味、ないじゃん(>_<)
鞠「では燃えないものはどうすればいいのですか?」
寺「お経をあげて仏様を抜いた(←と言われたように聞こえた)後、おたくさんで処分して下さい」
…と言うことは、燃えない宗教グッズは、結局、粗大ゴミ行きということか?(-.-;)
何かバカバカしくなってきた(-_-)
もともと私は無宗教。
だったら葬儀も四十九日も、通例通り行うのは本来、矛盾してるよね。
…そんなことを考えつつ、ま、処分は自分でするかという気になった。
燃えるものは、左義長で。
燃えないものは…
燃えないものは…
…どうするだよ(:_;)