手術後の日々 ~家族編~ | 母が神経膠芽腫(グリオブラストーマ)に

母が神経膠芽腫(グリオブラストーマ)に

大好きな母が、神経膠芽腫(グリオブラストーマ)という脳腫瘍になりました。あの日から、家族全員の生活は一変し、分からない事だらけの中で手探りで看病をしています。病気になる少し前からの事を、拙い文章ですが私なりに書いていこうと思います。

その日から、私達家族は毎日、片道二時間弱の運転で、大学病院へ通いました。
弟は職場に母の事を報告すると、幸運な事に今は母の事を最優先にしてくれ、と言ってもらえたようで、自由に行動できました。

父は、13日にヘルニアの手術をする事が以前から決まっていましたが、母がこうなった為に父は今回、手術をキャンセルしようかと考えていたようです。
しかし、父はもう痛み止め無しでは歩く事もままならないようで、強い痛み止めで何とか誤魔化しているような状況でした。
弟夫婦には子供が二人おり、弟が病院に行ったりして大変なのを見かねて、同じ九州圏内に住む義妹のご両親が来てくれており、私の息子も含め、色々とお世話をしてもらっていました。
私達はこの際もう色んな人に甘える事にして、人手がある内に父に手術を受けてもらって、早く歩けるようになってもらおうと思い、父を説得して手術を受けさせることにしました。
手術して約二週間は入院予定。
義妹は仕事しながら、父の入院準備、手続きなどをやってくれて、「お義父さんの事は全て任せてください!姉ちゃんとパパ(弟)は、お義母さんの事をよろしくお願いします!」と言ってくれました。
その言葉が本当にありがたかった。

息子を連れて片道二時間弱のドライブ。
面会時間が14:00-20:00までなので、ギリギリまで病院に居たとすると、帰ってくるのは22:00前。
帰るともうクタクタで、お風呂に入って寝るのがやっと。
息子は帰りの車の中で寝る事が多かったです。
三才の息子を連れて、毎日病院に通うのは本当に大変でした。
病院に連れて行っても病室にずっと居なければならないので、息子にとっては地獄だったと思います。
でも病室でyoutubeを見たり、病室の外で遊んだりして、私達の状況が分かるのか、そんなに愚図って泣きわめく事もなく、本当によく我慢してくれました。
看護師さんもとてもいい方達ばかりで、息子の相手をしてくれたりして、息子も嬉しそうでした。

父はヘルニアの手術後は経過も良く、リハビリもこなし、二週間後に無事に退院できました。
父は退院したその日に、バイクで大学病院まで母に会いに行きました。
父は入院中、母に会いたくてたまらなかったそうです。

6月末あたりになると、私達もだんだん余裕が出てきました。父が復帰したので、私も父が病院に行く日は、もう母の所には行かずに息子をどこかに遊びに連れて行ったり、病院を抜けて近くのモールに遊びに行ったりしていました。

母の元には私達家族はもちろん、友達、親戚、沢山の人が来てくれて、大学病院に入院していた約1ヶ月、1日足りとも母が一人で過ごした日はありませんでした。
それは、入院してる今でもです。
特に母と仲が良く、朝から必ず家でコーヒーを飲んでおしゃべりして、一年の四分の三は一緒に過ごしていた近所のおばちゃんは、しょっちゅう病院に付いてきて、母の足をマッサージさしたり、体をふいてくれたりしてくれました。
おばちゃんが病院に行かない日は、毎日夕方になると我が家の洗濯物を取り込んで畳んでくれ、家の電気をつけといてくれたり、飼い猫にエサをあげてくれたり、ゴミの分別をしてくれたりと、本当にありがたかったです。
看護師さんからも、「家からとても遠いのに、こんなに毎日誰かお見舞いに来てる患者さん、見たことないです!」と言ってもらえました。
私達は正直、毎日クタクタでした。
でも、母に会いたくてたまらなかった。
母に寂しい思いをさせたくなかった。
母があまり分からなくても、側にいて手を握ってあげたかった。
その思いだけで、車を走らせていました。

家族が入院することなんてほとんどなくて、今回の事があってから色んな思いを経験し、沢山の人に支えられてるんだなぁと、改めて認識しました。