こんどは、当時世界最高と言われたジャパンカップの優勝賞金を並べてみよう。

1985年  7500万円
1992年  1億3000万円

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7年で倍である。
ちなみに昨年キタサンブラックが逃げ切ったレースの優勝賞金が3億円。
これをドル換算すると、当時のレートで、

1985年  375,000ドル
1992年  約1,000,000ドル

約3倍。円の価値として賞金を2倍にしたところ、ドルで3倍の価値が増加した、というのがジャパンカップ創設とプラザ合意をはさんだ為替レートの推移なのである。

もともと日本はその前にオイルショックを経験しており、円が安かった頃は外国の競走馬を招くのに大枚をはたかないと来てくれない。そんな環境の中でスタートしたレースだった。しかし、その後の大きな為替変動により、外国の馬を招くより、自ら海外に出て行った方がコスト面でも有利になってゆくことになる。

我々がジャパンカップに熱狂し、海外から名馬を招き入れていた時代こそ、バブル景気でインフレ状態で、海外のホースマンからすると、日本に馬を連れて来るメリットの大きいレースだったのである。それはあまりにも偶然というほかはない。