『君』と『僕』 | ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館

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春原圭による、よろず文章読み物ブログです。読んでくれた皆様との忌憚ない意見交換を重視したいと考えておりますのでよろしく。









『君』言うまでもなく2人称。目の前の話し相手に対する呼称、英語で言えばyouである。一方『僕』は1人称で英語のI。大概は男性が自分のことを指す呼称である。どちらもごく普通に使われてる言葉であるが…、それをこの『日本語』カテゴリでわざわざ取り上げるのは何か意味があるのだろうか?
 ──日本の国家である『君が代』が一部の人たちには忌み嫌われ、式典での斉唱拒否を主張する人たちまでいるのは「何千年後も、小石が堆積して岩となってその上に苔がむすまで代々続く」という歌詞の主語である『君』が問題なのである。言うまでもなく『君が代』の『君』は上述の単なる2人称としての『君』ではなく『君主』という意味であり、戦前の大日本帝国における『君主』とは言うまでもなく天皇陛下であるから、その歴史的経緯から天皇制に忌避感を抱く人たちにとって、この歌を国歌とすることが受け容れ難いのであろう──その、本来『君主』『大君』などを意味する『君』を2人称の代名詞として相手を『君』と呼ぶのは、ある意味その相手に対する畏敬と言えるかもだが、果たして上述の方々はこれを受け容れられるだろうか…?
 一方『僕』の方だが…、こちらは『下僕』とか『公僕』などの言葉があるように本来『僕』とは目下それも少なからず卑賤な者に対して用いる言葉であり、これを1人称代名詞として自分を指して用いるというのは、これもやはり日本独特の謙譲表現ということなのだろうか。『僕』(下賤な目下)が相手のことを『君』(尊い指導者様)と呼ぶのは、人様を立てるという美徳と言えるのかもだが、本来の言葉の意味からするとどうにも卑屈なイメージを否めないのだが…。
 しかし実際に上司や先輩、社長や校長に対して『君』と呼んだら間違いなく失敬なやつと思われるだろうし、実際『君』は対等かそれ以下の相手に対して用いられることがほとんどである。また『僕』ももっぱらカジュアルな場で用いられ、フォーマルな席で目上に対して用いると逆に失礼になりかねない。本来の語義やイメージと、実際の用途が逆になってしまってる気がするのだが──今まで自分も含めてみな何も疑問を持たずに普通に使ってきた人称代名詞だけど、そんなこと気にしたことなんて、あります?
 その辺の違和感があるからかどうかわからないが、 僕はこれまで自身の創作作品の中では『君』という漢字を当てたことは全くない、もっぱら『キミ』である。甘口の恋愛モノ中心だからニュアンス的に固くないポップな路線を目指して…、とかの意図的な意味づけではなく、全くの感覚的にではあるのだけど…、 創作作品だけでなくお手紙とかでも、相手が男か女の子かに関わらず常に『キミ』って書いてたところを見ると、やっぱりどこかでそういう印象を持ってるからなのだろうか? だけど『僕』の方はやっぱり『僕』なんだよな。もしかしてどっかに自分のことを下賤なやつだという卑屈な意識でもあるのかな? どうなんだろう──