本当は親方を続けていたかった曙 | ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館

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春原圭による、よろず文章読み物ブログです。読んでくれた皆様との忌憚ない意見交換を重視したいと考えておりますのでよろしく。









 元横綱曙の曙親方が突然相撲協会を退職してプロの格闘家へ転向しK-1へ挑戦、大晦日にボブ・サップと対決するというニュースが飛び込んだのはつい10日ほど前のこと。退職届が提出されたのもこのニュースが伝えられたその日のことなら、師匠の東関親方に連絡があったのも前日のことだったと言う──
 こちとら総合格闘技というものにはさほど興味がないので、親方を辞めた格闘家・曙の今後うんぬんをここで論じるつもりはあまりないし、本人の記者会見も開かれ、スポーツ各紙の紙面をにぎわしたから、僕が論じるにも及ばないであろう。それよりもこの『おすもう』的には退職を決意するに至った曙の心境の方がクローズアップされてきてしまう…。
 横綱・曙は引退後、年寄『曙』として相撲協会に残り、協会の仕事のかたわら後進の指導に当たっていた。この『曙』という現役名のまま親方になるというのは実は特例であり、元横綱が引退後5年間、元大関が3年間の期間限定で認められている制度である。通常は年寄株と呼ばれる名跡(『時津風』『九重』『錦戸』など)を名乗る(横綱として大記録を残した『大鵬』『北の湖』『貴乃花』の3名が、理事会で承認され一代限りの名跡“一代年寄”として現役名のままの年寄名として認められているが、これらは譲渡はできず、彼らの定年と同時になくなる年寄名である。大鵬部屋は再来年の大鵬親方の定年後、娘婿である元貴闘力の大嶽親方が継承するが、部屋の名前はもちろん大嶽部屋だ)。で、その年寄名跡なのだが、定数が全部で105しかないわけで、その大部分は現在の各親方が名乗ってる最中であり、空いてるものを名乗ることになるのだが、現状空いている(誰も親方名として名乗っていない)名前であっても、多くは現在の現役力士の誰かが引退後に備えて所有していたりするわけで、名跡の持ち主の力士の現役中に名跡を借りて名乗ることはできるが、その力士が引退してしまったら名跡を返さねばならず、借り替えられる名跡がみつからなければ必然的に相撲協会を去ることになるわけだ。つまり年寄名跡を借りたまま協会に残りつづけることはあまりにも不安定でリスキーだから、親方であるためには何としても名跡を自ら取得したいとみな思うわけだが…、これが何と時価数億円。タニマチと呼ばれる後援者の援助をもらわなければ、個人の財力では払い切るなんてとてもムリである──
 で、曙の場合である──現役名のまま親方でいられる期限はあと2年半に迫ってきてるが、自らの年寄名跡を持っていない。結婚の際に後援者の勧めを断り現在の奥さんをもらった時に曙の後援会は解散してしまったので、名跡購入の資金を出してくれるタニマチもいない。東関親方(元関脇高見山)は部屋の後継者にと期待されていたらしいが、親方の定年は6年後。その3年半も前に曙は親方でいられなくなってしまう。わずかな年数だから借り名跡でつないでしのぐこともできなくないだろうが、実は借り名跡親方は持ち主に結構高額な名跡使用料を払わねばならない上に相撲協会ではヒラ年寄という最下級でしかいられない。経済的に結構キツイのである…。となると女房子供を抱えながらではあまりにも危ない賭けだ。曙の元へK-1関係者からのオファーがあるに当たってどのくらいの金額の提示があったかは定かではないが、決して安くはないものだったに違いない。協会残留と格闘家転向を秤にかければ、どちらが自分の人生にとって将来性があるだろうか──?
 親方としての曙は後進の指導にも熱心だったようだ。だからこそ結婚問題などを始めとするいろんな現役時代の確執を超えて「後継者に」と東関親方も考えていたのだろう。「こんな言葉は使いたくないが、裏切られた気分」という師匠の気持ちもわかる…。だが、そうであれば曙の年寄名跡事情も察してやって、彼の名跡取得のために少しは金策にでも駆けずり回ってやれよと言いたくなってしまうのだ。「名跡があれば退職してませんでしたか?」との記者の問いへの「微妙ですね」と言葉を濁した曙の答えがすべてを物語っている気がする。「はい」と答えれば師匠や年寄株制度が悪者になってしまう点を配慮して言葉を濁したのであろう。師匠のように恨み言を一切言わなかった曙に拍手──ともあれ、新しい道でもがんばってくださいと言うしかないのだろうが、何とも腑に落ちないものが残る曙の退職劇なのであった…。