【埼玉・川越市】川越歴史探訪① 徳川家の由緒ある喜多院 | キティ写真館♥御朱印巡り&プチ旅日記
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2020.8.20

 

またまた川越へ

今回は徳川家ゆかりの場所

 

川越は、本当に見所満載で

何回も通わなければ

回り尽くせません^^

 

そんなわけで、

今回は徳川家ゆかりのエリア

 

まずは喜多院

川越を代表する寺院です

 

参道はきれいに整備されています

こじゃれたお店が並んでいます

 

川越の名所

時の鐘を模したおそば屋さん

 

 

喜多院は国の重要文化財

いくつも有しています

 

 

手水舎

 

境内はとてもとても広い!!

広大な境内は池や掘を廻らせた景勝地。

 

良源(慈恵大師、元三大師とも)を祀り

川越大師の別名で知られています。

星野山( せいやさん)喜多院

天台宗

本尊:阿弥陀如来

天長7年(830)慈覚大師円仁無量寿寺

開いたのが始まりと伝えられています。

慶長4年(1599)27世を継いだ慈眼大師天海

徳川家康の厚い信頼を得て、

寺領48,000坪及び五百石を下し

寺勢が盛んとなりました。

喜多院となったのは慶長17年(1612)

徳川家康の信任を得る

名僧天海大僧正が住職となってからのこと。

寛永15年(1638)の大火によって

喜多院のほとんどを焼失してしまいました。

そこで三代将軍家光が、江戸城内紅葉山から

客殿、書院などを移築、それが結果的には

江戸の大火による焼失を免れることになり、

江戸城唯一の遺構として残されることになりました。

 

 

 

江戸城から移築された

三代将軍徳川家光・春日局ゆかりの建物

客殿や書院には、

「家光誕生の間」「春日局化粧の間」

伝えられている部屋があります。

↑こちらの建物がそれ。見学は有料で、

部屋の内部や所蔵品は撮影鵜禁止です。

 

かろうじて庭園を撮影!!

枯山水の立派な庭園でした。

 

御朱印(書き置き)

コロナのため、現在は書き置きで対応

 

 

慈眼堂(国指定重要文化財)

喜多院境内の小高い丘の上には、

天海僧正をまつる慈眼堂(じげんどう)が佇んでいます。

 天海僧正が亡くなった3年後の天保2年(1645)に

徳川家光の命令により建てられたもの

(↑の写真はHPより拝借)

 

 

鐘楼門(国指定重要文化財)

 鮮やかな朱塗りの 2階建ての階上に

梵鐘(ぼんしょう)を吊るすこの鐘楼門は

寛永10年(1633) の建造と伝えられています

見事な彫刻を見ることができます

 

多宝塔(県指定有形文化財)

喜多院で一際鮮やかで目を引く朱色の多宝塔

 寛永16年(1639)に山門と日枝神社の間にあった

古墳の上に建立されました。

その後老朽化が進んだため、明治43年(1910) 
慈恵堂と庫裏を結ぶ渡り廊下中央部分に移築。
その際大幅な改修がなされ、多宝塔上層部は失したが
昭和47年(1972)に復元のため現在地へ移設、

昭和50年(1975年)に完成しました。

 

喜多院は続きます…