ちょこボラ!しよう

「ちょこボラ」とは、「ちょこっとボランティアする」こと。今すぐ簡単にはじめられる「ちょこボラ」の数々を紹介します。


テーマ:
単行本『女の子の育て方』のゲラ校正が終わった。

著者は明治大学教授で人気心理カウンセラーの諸富祥彦先生。
本書では、先生から聴き取りをした重要ポイントにそって本文を作成する「執筆協力」として関わらせていただいた。メモ

執筆協力の仕事は、専門的な話題を読みやすい文章にまとめるだけでなく、
読者の方々が共感しやすい身近で具体的なケーススタディをあげる。
ケーススタディは、友人や知人などから聞いた何気ない話題が元ネタになっているが、
本書のなかでは、ほかでもない自分自身の体験もネタにしている。

ちなみに自分の体験ネタは、「母と娘のむずかしい関係」を扱った章で登場する。
距離が近すぎるがゆえに娘を支配してしまう母親の心理について述べた内容なのだが、
本書のなかでは、もっとも重たいケーススタディになった。
「あまり重たい本にはしたくない」という担当編集者から修正を指示されるかもと思ったが、
意外にも「このケーススタディがいちばんおもしろかった」と言ってもらえた。
ほっとすると同時に、うれしくもあり、複雑な心境にもなった。得意げ

時計

親の愛情を得たくて、娘は必死に母親の期待にこたえようと努力する。
支配されても、あるいは逆に無関心にされても、
親を慕い、親を喜ばせようといっしょうけんめいがんばる。
しかし、親のほうはそんな娘の気持ちをつゆも知らない。
「親なのだから慕われて当然」と思ったり、
「親としての任務を果たしさえすればよい」と義務的に考え、
娘の心に寄り添うということをしない。
現実に、子を愛さない、愛せない親は少なくない。
しかし皮肉なことに、
親を愛せない子は、この世に一人としていない。
ののしられてもなぐられても、子どもは親を愛し続けるものなのだ。

ところが、この悲しき子の愛情は、やがて憎しみに変わることがる。
「これほどがんばっているのに、なぜ自分を認めない」
そんな思いがマグマのようにたまりにたまって、
爆発したりドロドロと流れ出したりする。
この「爆発」「噴出」「流出」のきっかけのひとつが、
ほかでもない「介護」ではないだろうか?
介護するうちに虐待に及んでしまう裏側には、
長年にわたる親子関係の愛憎があるのではないだろうか?

老親を虐待してしまう奥には、復讐の怨念が隠されてる。
私にはそう思えてならない。
もちろん、密室化しやすい自宅介護では、
強い怨念がなくとも虐待に及ぶ可能性が高いのかもしれないが、
親子関係を見つめ直し怨念の存在に気づくことは、
虐待をなくすための重要な作業ではないかと思う。

救われるべきは介護される人よりむしろ、介護する人なのだ。ブーケ1

時計

※『女の子の育て方』(諸富祥彦著)はWAVE出版より発売予定。
現在ベストセラーになっている『男の子の育て方』の姉妹本です。

















AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
近頃、母親がめっきり老け込んできた。
見た目はそれほどでもない。
でも、老いの兆候が顕著にあらわれはじめている。

体力や判断力、記憶力の衰え。
そして何よりもはっきり出始めているのが性格の微妙な変化。
人一倍他人への遠慮が強かったのに、明らかにずうずうしくなっている。
長年の一人暮らしのせいか、コミュニケーションの力も衰え出しているかのようだ。

そんな母親を見ていて、小さな不安が頭をよぎった。

「私は母親を介護できるのだろうか?」叫び

介護とはつまり、トイレの世話をしたり抱きかかえたり、
密接なスキンシップをはかるということ。
母親の身体にふれることを想像したとき、
限りなく「嫌悪」に近い違和感を感じたのだ。

母親とは、別に不仲なわけではない。
それなのに、このイヤな感じはいったい何なのか。

そんな話題を、先日久しぶりに会った友人の編集者に話してみた。
彼女は、私の話を興味深く聞いてくれた。
そして、
「似たような不安や悩みを抱えている女性は少なくないかもしれない。
高齢にさしかかった親に不安を抱いている人、
実際の介護でたいへんな思いをしている人、
母子介護を経験して来た人、
そんな人々に取材をしてあなた自身の問題解決をたどる過程を、
本にしてみてはどうだろうか」
と提案してくれた。
「私たちの世代の女性のなかには、
母親との問題を抱えながら生きて来た人が少なくない。
そういう人たちにとって、たいへん役立つのではないか」と。

奇しくも、NHK福祉ネットワークで同じようなテーマを扱っていた。
老いていく親に不安を抱えていたり、
つらい思いをさせられたりしている女性は、
想像以上に多いのかもしれない。
まずは、私の身近にいる女の人たちに、
「老いに向かう母」に対しての思いを聞いてみることにしよう。得意げ






AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
昨日、「著作権」に関するセミナーに参加しました。メモ

物書きとして、出版に携わる者として、
著作権に対しては十分な注意を払わなくてはいけない。
自身と他者の「表現の境界」について、
業界ではどのような常識があるのか。
それを学ぶために参加したのですが。
たいへん勉強になりました。

自分にとって重要な発見もありました。ひらめき電球
参加前は
「他人の著作権を侵害して、
よけいなトラブルを起こさないために
予防的な知識をつけておきたい」
そんな意識が強かったのですが、
話を聴くうちに、
「やむをえずトラブルぎりぎりのことを
しなければならない事態に直面した場合、
どう判断するか、
あるいはどう乗り切っていけばいいか」
ということを考えるようになったのです。

もちろん、著作権の侵害は犯罪だし、
法律に抵触しなくとも誰かを不愉快にする事態は避けるべきなのですが、
そうはいっても本をつくるときには、
「自分が表現したいこと、伝えたいこと」
をやるために、
「誰かに愉快でない気持ち、シブい思いをさせてしまうこと」
も避けがたく起きてくるもの。

そんなときに、
胸をはって自分自身の行動に責任をもつことができるか。
他者を不愉快にさせても
ひるむことなく主張できるほどの説得力を、
自分のつくったものが備えているか。

著作権の勉強を通じて、
本をつくる、文章を書くということの心構えを、
あらためて思い知ったしだいです。えっ
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
芸工大学文芸学科でお世話になる山川健一さんと、
打ち合わせがてら渋谷でお茶しましたコーヒー

いかにしてこの世界から「文学」が生まれて来たのか。
大衆小説やエンターテインメント小説と文学のちがいとは何か。
そんなことについて、お話ししてもらいました。メモ

そして、打ち合わせの最後に山川さんからいただいた課題。
「30枚くらいでいいから、小説を書いてごらん」

文芸学科で私が担当するのは編集や取材の方法、
そして小説ではない一般的な文章の執筆。
そう心づもりしていたから、
自分が「小説を」という気持ちは
まったくなかったわけですが…………。

いや。
「まったくなかった」というと、、、ウソになる。
というのも、小説を書くという予兆は、
ここ数年、何遍かあったような気がするから。

たとえば、
友だちから「小説は?」と言われたり。
義兄から「そろそろ小説書いたほうがいいでしょう」と言われたり。
仕事で書いた原稿の一部を「まるで小説のように読めた」と担当編集者に言われたり。
「これ、小説なら表現できるのにな」という出来事に出会ったり。

でも、
「書かなければ」という必要性も必然性も、
「書きたい」という気持ちの盛り上がりも感じられず、
長い間、行動に移さずに生きて来てしまった。

それなのに、どういうわけかこういう流れになっているということは、
そろそろですよと何者かに肩をつつかれているのかも。
あるいは、ずっと以前から気づいていたのに、
心の深い部分で大きなバイアスがかかっていたために、
気づかないフリをして今日まで来てしまったのかもしれません。叫び












いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。