19歳と17歳。
チョビがいなくなって もう2週間ほどになる。
1992年の7月3日生まれだったチョビ。
昔から実家の母が半野良含め、猫を連れ込んでいたから、身近に猫はいつもいた。
だけど「自分の猫」として初めて一緒に暮らしたのがチョビだった。
9月の台風模様の日にうちの子になったチョビ。
宿曜占星術でみたら私のぴったり隣に寄り添う星の生まれだったチョビ。
ほんとに、「わが子」だった。
ね。 自分のお子さんが19歳未満の方がいらしたら想像してみてください。
あなたがあなたのお子さんと暮らした年月より長く人生を分かち合ったことになる。
人間の子供については、自分より先に死なないことが暗黙の前提になってるけど…
猫のわが子は、出会った時から 必ず死に別れることを覚悟してなきゃならないことが違うね。
自分がその子を看取ってやらなきゃならないことが決まっている点が。
切ないなぁ。
頭で考えて簡単に割り切れるものでもない。
感情だからね。
もちろんそれは避けられないことだし、
もっと若くして癌で「我が子」を亡くした友人の悲しみを考えたら 泣いてるわけにもいかないんだろうけれど。
のこった2匹の猫も、5、6年から10年の先には同じようにさよならしなきゃならないんだよなぁ。
…猫を失ったかなしみは 猫でしか癒せない、っていわれた。
そうなんでしょうね。
今はまだそんな気になれないけど、 たぶん そのうち またもう1匹猫を迎え入れるだろう。
でもねえ。
自分が60歳ぐらいになったら、そろそろ子猫を新しく飼うのも躊躇するようになるだろう。
なぜなら 何かあったときに、猫たちの行く末が心配だから。
願わくば、猫連れで入居できる老人ホーム(病院までそれが出来たらいいよなぁ)がどんどん出来たりしないかぎりはね。
うちは子宝には恵まれなかったし、よほど双方の親とも子孫縁が薄いのか、
私の姉弟、彼の妹 すべて子なし。
子供がいたらね、猫たちも子供に託して安心して逝けるけどね。
一番 猫と暮らしたい年齢になったときに、それを諦めなきゃならなくなるんでしょうねえ。
それが切ないねえ。
遺言状をつくっておかなきゃね。
1992年の7月3日生まれだったチョビ。
昔から実家の母が半野良含め、猫を連れ込んでいたから、身近に猫はいつもいた。
だけど「自分の猫」として初めて一緒に暮らしたのがチョビだった。
9月の台風模様の日にうちの子になったチョビ。
宿曜占星術でみたら私のぴったり隣に寄り添う星の生まれだったチョビ。
ほんとに、「わが子」だった。
ね。 自分のお子さんが19歳未満の方がいらしたら想像してみてください。
あなたがあなたのお子さんと暮らした年月より長く人生を分かち合ったことになる。
人間の子供については、自分より先に死なないことが暗黙の前提になってるけど…
猫のわが子は、出会った時から 必ず死に別れることを覚悟してなきゃならないことが違うね。
自分がその子を看取ってやらなきゃならないことが決まっている点が。
切ないなぁ。
頭で考えて簡単に割り切れるものでもない。
感情だからね。
もちろんそれは避けられないことだし、
もっと若くして癌で「我が子」を亡くした友人の悲しみを考えたら 泣いてるわけにもいかないんだろうけれど。
のこった2匹の猫も、5、6年から10年の先には同じようにさよならしなきゃならないんだよなぁ。
…猫を失ったかなしみは 猫でしか癒せない、っていわれた。
そうなんでしょうね。
今はまだそんな気になれないけど、 たぶん そのうち またもう1匹猫を迎え入れるだろう。
でもねえ。
自分が60歳ぐらいになったら、そろそろ子猫を新しく飼うのも躊躇するようになるだろう。
なぜなら 何かあったときに、猫たちの行く末が心配だから。
願わくば、猫連れで入居できる老人ホーム(病院までそれが出来たらいいよなぁ)がどんどん出来たりしないかぎりはね。
うちは子宝には恵まれなかったし、よほど双方の親とも子孫縁が薄いのか、
私の姉弟、彼の妹 すべて子なし。
子供がいたらね、猫たちも子供に託して安心して逝けるけどね。
一番 猫と暮らしたい年齢になったときに、それを諦めなきゃならなくなるんでしょうねえ。
それが切ないねえ。
遺言状をつくっておかなきゃね。
ひとりごと
愛があって
憎しみがあって
チェロを通して 変わっていった私の人生は
この先 更にどうなってゆくのか…
いろいろな別れがあって
そうして 私に残るのは ただ 音楽だけ…
音楽もなくなれば からっぽです
わたしは 日々 ただ チェロを弾く
拙さに ときおり歯噛みしながら
憎しみがあって
チェロを通して 変わっていった私の人生は
この先 更にどうなってゆくのか…
いろいろな別れがあって
そうして 私に残るのは ただ 音楽だけ…
音楽もなくなれば からっぽです
わたしは 日々 ただ チェロを弾く
拙さに ときおり歯噛みしながら
初七日。
チョビの初七日は23日だった。今日はピートの初七日。
早い。
家の中が静か。
猫ごはんが減らない。
猫トイレの砂もあんまり汚れない。
淋しいな。
食の細った2匹のために 毎月 あれこれと高齢猫用のフードを物色してたのも終わり。
カルカンウィスカスの15歳以上用やら、銀のスプーンの15歳以上用やら。
いっぱい残ってしまった。
淋しい。
ピートは唯一の男の子だった。
でっかい図体して、甘ったれで小心だった。
知らない人が家に来ると、ベッドのヘッドボードの裏に平たくなって隠れていたっけ。
七色の声を使い分ける猫だった。
あんあん、おんおん。
表情ゆたかで面白かった。
死ぬ3日前から鳴き声が変わったんだよな。
いままで聞いたことがないような声に。
チョビは猫よりも人間といるのが好きな猫だった。
自分が人間だと思ってたに違いない。
冬はいつも人間の布団にもぐりこんで、腕枕で朝まで寝る猫だった。
でも今年は冷えてきてもベッドにやってこなかったんだ。
動くのがしんどくなっちゃってたんだろうなぁ。
思い出は家中に染み込んでる。
静かな静かな夜。
人間の子供は順当に寿命を生きれば親が死んだ後もそこにいてくれる。
猫という「子供」は 普通は確実に「親」より先に死ぬ運命だ。
チョビが3歳のころから、しょっちゅう「いつかやってくる別れ」を想像しては涙にくれてた私。
人間の子供相手にはそんなことは考えないよね。
考えるとしたら自分が先立つ前提の想像だけだものね。
動物を家族として過ごしているヒトでないと、こういう感覚は仲々共有できないだろうなぁ。
もっとクールなタイプのひとも多いし。
私はWETTYなので、とことん哀しんでしまうわけですよ。
人との別れでも、猫との別れでも、住まいとの別れでも。
いちいちディープに悲しみと格闘しなけりゃならない、面倒な性格なんです。
だから抜け出すまでは本当に時間がかかるだろう。
もっと、「別れの達人」 になりたいけどね。
それには、出家でもするしかないかもねえ。
それでも、音楽やってる間は 自分を支えていられるんですよ。
毎日、練習ばっかりしています。
(旦那が寝込んじゃって、猫の介護の次は旦那の「介護」で、このところ練習時間が削られてるけれどね)
もう一度会いたいよ。 チョビ、ピート。
もう一度 抱きたいよ。
一緒に寝ようよ。チョビ。
一生一緒にいるような錯覚してたなぁ。
早い。
家の中が静か。
猫ごはんが減らない。
猫トイレの砂もあんまり汚れない。
淋しいな。
食の細った2匹のために 毎月 あれこれと高齢猫用のフードを物色してたのも終わり。
カルカンウィスカスの15歳以上用やら、銀のスプーンの15歳以上用やら。
いっぱい残ってしまった。
淋しい。
ピートは唯一の男の子だった。
でっかい図体して、甘ったれで小心だった。
知らない人が家に来ると、ベッドのヘッドボードの裏に平たくなって隠れていたっけ。
七色の声を使い分ける猫だった。
あんあん、おんおん。
表情ゆたかで面白かった。
死ぬ3日前から鳴き声が変わったんだよな。
いままで聞いたことがないような声に。
チョビは猫よりも人間といるのが好きな猫だった。
自分が人間だと思ってたに違いない。
冬はいつも人間の布団にもぐりこんで、腕枕で朝まで寝る猫だった。
でも今年は冷えてきてもベッドにやってこなかったんだ。
動くのがしんどくなっちゃってたんだろうなぁ。
思い出は家中に染み込んでる。
静かな静かな夜。
人間の子供は順当に寿命を生きれば親が死んだ後もそこにいてくれる。
猫という「子供」は 普通は確実に「親」より先に死ぬ運命だ。
チョビが3歳のころから、しょっちゅう「いつかやってくる別れ」を想像しては涙にくれてた私。
人間の子供相手にはそんなことは考えないよね。
考えるとしたら自分が先立つ前提の想像だけだものね。
動物を家族として過ごしているヒトでないと、こういう感覚は仲々共有できないだろうなぁ。
もっとクールなタイプのひとも多いし。
私はWETTYなので、とことん哀しんでしまうわけですよ。
人との別れでも、猫との別れでも、住まいとの別れでも。
いちいちディープに悲しみと格闘しなけりゃならない、面倒な性格なんです。
だから抜け出すまでは本当に時間がかかるだろう。
もっと、「別れの達人」 になりたいけどね。
それには、出家でもするしかないかもねえ。
それでも、音楽やってる間は 自分を支えていられるんですよ。
毎日、練習ばっかりしています。
(旦那が寝込んじゃって、猫の介護の次は旦那の「介護」で、このところ練習時間が削られてるけれどね)
もう一度会いたいよ。 チョビ、ピート。
もう一度 抱きたいよ。
一緒に寝ようよ。チョビ。
一生一緒にいるような錯覚してたなぁ。