姐の部屋 -64ページ目

出会いと別れを繰り返し。

なんでお別れが来るんだろう。
なんでいなくなっちゃうんだろう。
なんで失う悲しみをこんなに味あわなきゃならないんだろう。 
 
去年の今あったものが もうない。
 
こうやって繰り返し、そのうち自分がいなくなる。
 

だけど同じ場所にはいられなくて
陽は昇り、陽は沈み、また春が来ようとしている
 
身動き取れず地縛霊みたいにそこにうずくまっているように見えたって
日は過ぎ 今日は 昨日より1日先の日。
 
出会ったらいつか別れ 手に入れたらいつか失う
 
でもまた別の出会いがあって また別のものを手に入れる
 

たとえ別れても 出会った間のできごとは 出会わなかったときとは違う人生を自分にもたらすだろう
  
元素と元素が化学反応を起こすように。
 

流れに逆らいきれるものではない
諦めがつくまで しばらくは流れに逆らおうとじたばたするものだけれど
 
(無理に諦めようとするのは たぶん、よくない)

 

何事によらず真摯な人が好きだ
胸がじん、とする。
 

どんなに自信家に見えたって
たぶん誰もが心の底で劣等感や不安と闘っているんだろうから
 

人間が一番もろく崩れる瞬間は  自信を失う時だろう

健康への自信、 仕事能力への自信、 女性としての自信、 親としての自信、
自信にはいろいろあるけれど
どれを一番決定的な拠り所にしているのか
本人もわかっていなくて
わかるのは それが崩れたあとだったりするから厄介だ。


いきなり深刻なうつ病になったりしてから、 
(それも自分が うつ病になったことすら自覚できないで長い時間を苦しんで過ごす) 
 それが自分のアキレス腱だったことに初めて気づく、そんな感じ。

 
溺れて死んじゃう気分になりがらでも、ちゃんと生き延びて 次のステップにいつか手が届いていると信じたい


いろんものを いろんな人に分けていただいた。
そのことに感謝したい。 


私があげられるものは僅かだけれど 
私もいつの間にか 少しばかり誰かの支えになれていたら うれしいな。
 


無心に果物を幸せそうに食べる 小鳥たちを眺めながら
自分の心を少しずつ修復している。

 
信じ続けなければね… 
















 

沼の底?

この1年 暗闇の中で崖をただ登り続けてきた。

足を休めると虚無感に飲み込まれそうになる。

弾いても どこにも音は届かない
だれもいない沼の底にすべて吸い込まれて行くようだ
この練習室は 沼の底。
自分はからっぽの席に向かって弾いているかのよう。
時折、なにもかもをSTOPしたくなる衝動をこらえながら
やっぱり止まることができずに曲と取組み続けてしまうが。


疲れる
 

どちらを向いて どうやって弾き続ければよいのかわからなくなる
 
まるで、開演前のホール、ではない、終演後のからっぽのホール 
スタッフすらいない ひとりも聴衆はおらず
いずれドアを閉めて退場しなければならない場所
退場した後は 無。
漆黒の音のない闇。
そんな感じ。


ちょっと  迷子になってしまったかなぁ。
音楽がこんなにも自分に根ざしていることを14のときに自覚してたらよかったね。
そしたら迷子にならなかったかもしれない。


青木十良のバッハ。

バッハ:無伴奏チェロ組曲第6番

不学にして チェロ弾きのくせにまだこれを聴いていなかったので、本日 注文した。
 

※HMVでマルチバイで 4~6番まとめて買う手もある…


青木十良のCD


…と思ったらなぜか4番だけが今回のマルチバイの対象にならず。
 
ここでやめとけばいいのに


ついでに といって マルチバイの罠にまんまと毎回陥る私。

シューラチェルカスキで検索したら、以前はなかった音源が出てるじゃないか!
 



ずっと「1~3番はあるのに 4番はなぜないんだ! ショパンのバラードは4番が一番好きなのに。
 チェルカスキが4番を弾いたら いいに決まってる」

と思っていた ショパンのバラード4番を発見して、 ぽちっ…



あ~~  また やっちゃった…

旦那には内緒にしよう…