【メモ】河合隼雄のことば
子どもが育つ上で、生れてからの三、四カ月くらいまでの間に体験する母子一体感は、すごく大事だと思います。この時期に、たとえばおかあさんが舌を出したら、赤ちゃんも舌を出すんです。そしてそのとき赤ちゃんに、真似をしているという意識はないと思います。 -中略-
子どもが育つ上で、生れてからの三、四カ月くらいまでの間に体験する母子一体感は、すごく大事だと思います。この時期に、たとえばおかあさんが舌を出したら、赤ちゃんも舌を出すんです。そしてそのとき赤ちゃんに、真似をしているという意識はないと思います。 -中略-
心理学では、このころにお母さんを通じて、この世界への基本的信頼感というのが作られる、と考えられています。つまり「大丈夫なんだ」という安定感ですね。お腹が減って泣けば、食べ物をもらえるし、困ったときにはだれか来てくれるんだ、という安定感。 -中略-
ときどき親の手が届かなくて不安を少し体験するのはいいんだけれども、絶対助けてもらえないという体験は困ります。「親に守られている」と感じることはすごく大事で、それはほとんど絶対的と言ってもいいくらいの「守り」でしょうね。
もちろん、それは実母とは限らなくて、親代わりがいればいいんです。 -中略- 産んだお母さん、とは限らない。つまり、叔母さんとか、昔だったら乳母とか、そういう意味での一体感を味わわせてくれる人がいればいいわけです。でも、それは男には、なかなか難しい。
「この子は大切だ」と思って抱いてくれる人がいて、そのとき「大切だ」なんて言葉で言えないくらいのものすごい一体感がある。だからお母さんが不安だったら赤ちゃんも不安になるぐらいのものです。 -中略-
ただ、この時期に基本的信頼が確立すれば一生それでいける、なんてことはないんですよ。そしてこの時期に確立しなかったら一生ダメということでもない。人生はなんやかやの積み重ねですから。不幸にして、そのときにそれを体験しなかった人でも、あとでまた回復するチャンスはあります。
ほんとにいまみんな機械的な考え方が好きになりすぎていて、これがあって、第二段階があって、第三段階があって、と考えているけど、そんなこと絶対ないです。 -中略-
それと、昔は子どもが泣いたらすぐ行ってやるつもりでいても、なかなか実際はそうはいかなくて、ちょうどいい具合になっていたんです。
ところがいまは、打てば響く式にすぐ行くのがいいのか、ほっといた方がいいのか、やろうと思えばどっちもできるようになってきたから、考えてしまう分だけ難しくなったわけです
ただ、不安なときに助けてもらう経験が多すぎるから困る、ということはないと思います。いつも助けてもらっていても、育っていく間には、いずれ助けてもらえない体験もしますからね。
助けるタイミングがあんまり外れてしまって、結局どうも自分は助けてもらえないと子どもが思ってしまう方が怖いですね。
(『Q&A こころの子育て -誕生から思春期までの48章-』 2001年)
んー。まぁあれだ。要するに、私の場合は、
母親には 「守ってもらえない」というのが原体験としてしみついてるんだわ。
父は優しかったけど、母親に真っ向から対抗して私の側に立ってくれるわけではなくて、
結局 「お母さんもいろいろ大変なんだよ わかってやってくれ」的な展開だったしな。
父は大好きだけど、父の「一番」は 母。
私は親にとっての「一番」じゃない、と自覚してましたね。
子どもが育つ上で、生れてからの三、四カ月くらいまでの間に体験する母子一体感は、すごく大事だと思います。この時期に、たとえばおかあさんが舌を出したら、赤ちゃんも舌を出すんです。そしてそのとき赤ちゃんに、真似をしているという意識はないと思います。 -中略-
心理学では、このころにお母さんを通じて、この世界への基本的信頼感というのが作られる、と考えられています。つまり「大丈夫なんだ」という安定感ですね。お腹が減って泣けば、食べ物をもらえるし、困ったときにはだれか来てくれるんだ、という安定感。 -中略-
ときどき親の手が届かなくて不安を少し体験するのはいいんだけれども、絶対助けてもらえないという体験は困ります。「親に守られている」と感じることはすごく大事で、それはほとんど絶対的と言ってもいいくらいの「守り」でしょうね。
もちろん、それは実母とは限らなくて、親代わりがいればいいんです。 -中略- 産んだお母さん、とは限らない。つまり、叔母さんとか、昔だったら乳母とか、そういう意味での一体感を味わわせてくれる人がいればいいわけです。でも、それは男には、なかなか難しい。
「この子は大切だ」と思って抱いてくれる人がいて、そのとき「大切だ」なんて言葉で言えないくらいのものすごい一体感がある。だからお母さんが不安だったら赤ちゃんも不安になるぐらいのものです。 -中略-
ただ、この時期に基本的信頼が確立すれば一生それでいける、なんてことはないんですよ。そしてこの時期に確立しなかったら一生ダメということでもない。人生はなんやかやの積み重ねですから。不幸にして、そのときにそれを体験しなかった人でも、あとでまた回復するチャンスはあります。
ほんとにいまみんな機械的な考え方が好きになりすぎていて、これがあって、第二段階があって、第三段階があって、と考えているけど、そんなこと絶対ないです。 -中略-
それと、昔は子どもが泣いたらすぐ行ってやるつもりでいても、なかなか実際はそうはいかなくて、ちょうどいい具合になっていたんです。
ところがいまは、打てば響く式にすぐ行くのがいいのか、ほっといた方がいいのか、やろうと思えばどっちもできるようになってきたから、考えてしまう分だけ難しくなったわけです
ただ、不安なときに助けてもらう経験が多すぎるから困る、ということはないと思います。いつも助けてもらっていても、育っていく間には、いずれ助けてもらえない体験もしますからね。
助けるタイミングがあんまり外れてしまって、結局どうも自分は助けてもらえないと子どもが思ってしまう方が怖いですね。
(『Q&A こころの子育て -誕生から思春期までの48章-』 2001年)
んー。まぁあれだ。要するに、私の場合は、
母親には 「守ってもらえない」というのが原体験としてしみついてるんだわ。
父は優しかったけど、母親に真っ向から対抗して私の側に立ってくれるわけではなくて、
結局 「お母さんもいろいろ大変なんだよ わかってやってくれ」的な展開だったしな。
父は大好きだけど、父の「一番」は 母。
私は親にとっての「一番」じゃない、と自覚してましたね。
春の雪
きのうは大雪(雪国の人、すいません)でしたね。
降りしきる大雪の中、カーテンをあけて庭を見たら
なんと メジロもヒヨも、 来ている!

寝室の外、裏庭のヒメシャラのところで、雪まみれの林檎を食べるメジロさん。
たぶんヒヨかムクが雪をかきわけたあとなんでしょう。
裏庭のヒメシャラ、南側の源平桃、花桃と3つのフルーツパーラーがあるのですが
花桃にもヒヨが

でも、どっちかっていうとこれは「食後の一服」みたい。
わりと大きな樹なので、雪よけになってるような感じです。
小鳥にこの大雪はきびしいよね。
食べ物のそばで休んでいれば安心?・・・
なんだか、小鳥たちがいじらしく、健気で、
なんとかしてあげられないかと思案、
夏に使っていたガーデンパラソルを設置してみました。
花桃には届かなかったけど、 フェンスのところをカバーしてくれるから
そこに 林檎をさしてやったら、
すぐに メジロ君 到来!
雪が当たらず 食べられるから 嬉しそう。

午後になってやっと雪がやんだので、
夫が帰宅した時を考え、 階段と玄関前の雪かきを始めた、、、、、のですが、、、、、
むらむら と来てしまい、 しゃがみこんで 熱中してしまった。
猫ゆきだるま

ちょっと顔が長すぎて失敗。
やりだすと 止まらない。
もういっちょ。
玄関先に 。

こっちは、となりの小さな姉妹がつくった作品。

ドアを開けっ放しで 熱中してたら、 くろちんが 恐る恐る庭に出てきた。

でも、あわてて ぴゅーっと家の中に逃げて帰りましたとさ・・・
とてもささやかだけれど、ほっこりした一時でした。
もちろん、この後はひたすら夜まで練習、練習… でしたが。
…人間と会わず 猫や小鳥とだけ過ごすことの楽しさ。
降りしきる大雪の中、カーテンをあけて庭を見たら
なんと メジロもヒヨも、 来ている!

寝室の外、裏庭のヒメシャラのところで、雪まみれの林檎を食べるメジロさん。
たぶんヒヨかムクが雪をかきわけたあとなんでしょう。
裏庭のヒメシャラ、南側の源平桃、花桃と3つのフルーツパーラーがあるのですが
花桃にもヒヨが

でも、どっちかっていうとこれは「食後の一服」みたい。
わりと大きな樹なので、雪よけになってるような感じです。
小鳥にこの大雪はきびしいよね。
食べ物のそばで休んでいれば安心?・・・
なんだか、小鳥たちがいじらしく、健気で、
なんとかしてあげられないかと思案、
夏に使っていたガーデンパラソルを設置してみました。
花桃には届かなかったけど、 フェンスのところをカバーしてくれるから
そこに 林檎をさしてやったら、
すぐに メジロ君 到来!
雪が当たらず 食べられるから 嬉しそう。

午後になってやっと雪がやんだので、
夫が帰宅した時を考え、 階段と玄関前の雪かきを始めた、、、、、のですが、、、、、
むらむら と来てしまい、 しゃがみこんで 熱中してしまった。
猫ゆきだるま

ちょっと顔が長すぎて失敗。
やりだすと 止まらない。
もういっちょ。
玄関先に 。

こっちは、となりの小さな姉妹がつくった作品。

ドアを開けっ放しで 熱中してたら、 くろちんが 恐る恐る庭に出てきた。

でも、あわてて ぴゅーっと家の中に逃げて帰りましたとさ・・・
とてもささやかだけれど、ほっこりした一時でした。
もちろん、この後はひたすら夜まで練習、練習… でしたが。
…人間と会わず 猫や小鳥とだけ過ごすことの楽しさ。
八木重吉
高校の頃に出会って衝撃を受けた詩人。
==========
虫 <八木重吉>
虫が鳴いている
いま ないておかなければ
もう駄目だというふうに鳴いている
しぜんと
涙がさそわれる
冬 <八木重吉>
葉は赤くなり
うつくしさに耐えず落ちてしまった
地はつめたくなり
霜をだして死ぬまいとしている
霜 <八木重吉>
地はうつくしい気持ちをはりきって耐(こ)らえていた
その気持を草にも花にも吐けなかった
とうとう肉をみせるようにはげしい霜をだした
「鞠とぶりきの独楽」 より <八木重吉>
ぽくぽくひとりでついていた
わたしのまりを
ひょいと
あなたになげたくなるように
ひょいと
あなたがかえしてくれるように
そんなふうになんでもいったらなあ
素朴な琴 (八木重吉)
この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美くしさに耐えかね
琴はしずかに鳴りいだすだろう
うつくしいもの
わたしみづからのなかでもいい
わたしの外の せかいでも いい
どこにか 「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
それが 敵であつても かまわない
及びがたくても よい
ただ 在るといふことが 分りさへすれば、
ああ ひさしくも これを追ふにつかれたこころ
============
そして、なんといっても、 胸をつくのはこれだ。
序
私は、友が無くては、耐えられぬのです。しかし、
私にはありません。この貧しい詩を、これを読んでく
ださる方の胸へ捧げます。 そして 私を あなたの友
にしてください。
八木重吉「秋の瞳」序文
「青春の詩集」日本編/八木重吉詩集/鈴木亨編
白鳳社 ISBN4-8262-1918-0
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虫 <八木重吉>
虫が鳴いている
いま ないておかなければ
もう駄目だというふうに鳴いている
しぜんと
涙がさそわれる
冬 <八木重吉>
葉は赤くなり
うつくしさに耐えず落ちてしまった
地はつめたくなり
霜をだして死ぬまいとしている
霜 <八木重吉>
地はうつくしい気持ちをはりきって耐(こ)らえていた
その気持を草にも花にも吐けなかった
とうとう肉をみせるようにはげしい霜をだした
「鞠とぶりきの独楽」 より <八木重吉>
ぽくぽくひとりでついていた
わたしのまりを
ひょいと
あなたになげたくなるように
ひょいと
あなたがかえしてくれるように
そんなふうになんでもいったらなあ
素朴な琴 (八木重吉)
この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美くしさに耐えかね
琴はしずかに鳴りいだすだろう
うつくしいもの
わたしみづからのなかでもいい
わたしの外の せかいでも いい
どこにか 「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
それが 敵であつても かまわない
及びがたくても よい
ただ 在るといふことが 分りさへすれば、
ああ ひさしくも これを追ふにつかれたこころ
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そして、なんといっても、 胸をつくのはこれだ。
序
私は、友が無くては、耐えられぬのです。しかし、
私にはありません。この貧しい詩を、これを読んでく
ださる方の胸へ捧げます。 そして 私を あなたの友
にしてください。
八木重吉「秋の瞳」序文
「青春の詩集」日本編/八木重吉詩集/鈴木亨編
白鳳社 ISBN4-8262-1918-0