フリーダ・カーロ

Magdalena Carmen Frida Kahlo y Calderón

生年月日:1907年7月6日

職業:メキシコの現代絵画を代表する画家

 

 

メキシコ革命に揺れる激動の時代とともに、幾度とない絶望の淵をくぐり抜けて、耐え難い自らの心と身体の痛みと対峙して生み出される作品は、精神の奥底をまっすぐに見据えたような自画像が大多数を占めている。シュルレアリズムの創始者だったアンドレ・ブルトンなど、欧米のアーティストからも高い評価を受け、ヴォーグ誌の表紙を飾ったこともある。
常にテワナと呼ばれる色鮮やかなメキシコ先住民の衣裳を身にまとい、絵とともに自分の存在感を最大限に魅せることのできるアーティスト。


ルーブル美術館が作品を手に入れた初のメキシコ人画家であるとともに、壁画作家である夫、ディエゴ・リベラとともに500ペソ札に描かれるほどのメキシコの現代絵画を代表する存在であるフリーダ・カーロの人生を数秘で辿ります。

 

 

 


Birth Number 30-21-12-3
(生まれ持った資質・性格・個性・生きる姿勢や才能・その人の潜在能力・深層意識)


[3]は発展、表現、生産、真実、開放、成長、楽観、知性

まさに彼女を表す数字と言えます。幼い頃は陽気で活発な子供だったようです。6歳の時の病気で9ヶ月間寝たきり状態となり、その後遺症で右足に障害が残ります。

1922年14歳の時には当時2000人の学生のうち女子学生はわずか35人の名門校、国立予科高等学校に合格し、医者を目指しました。学生時代の彼女はファッションでも人々を驚かせ、好んで仲間を挑発し常識をくつがえし、自由と個性を主張し、すぐに同士と呼べる仲間にも恵まれ、詩や文学に熱中し、しばらくは楽しい学生時代を送ったようです。
 

1925年9月17日(#17)、この日を境に彼女人生は一変します。恋人と載っていたバスが路面電車と衝突事故を起こし、フリーダは生命に関わる重症を負います。脊柱から骨盤まで粉々になり腹部にはバスの手すりが貫通し、右足は11箇所骨折し、足首は脱臼。

わずか18歳でフリーダは人生2度目の生死の境を彷徨う状態になってしまいます。しかし3ヶ月に渡る入院で途方もない痛みに耐えた並外れた生命力が彼女の命をつなぎ止めました。 
 

病気がちの母に変わり乳母に育てられたフリーダは母親からの愛情を十分に受け取れないまま、子供の頃から度重なる病や事故ために人生の大半をベッドの上で過ごすことになります。

天蓋に設置された鏡と向き合い孤独な自分をモデルに絵筆を走らせることは、まさに痛みの解放であり、生きる力であり、魂の成長であったと思われます。その絵に込められた霊性を通して、見る側の魂に生きる力と勇気を与えています。気高く、大胆で、その筆の運びは容赦なく自らを描ききる。そこには想像を絶する努力があったと思われます。
 

そんな彼女の自らの真実を追い求めた作品は、見るものの心を捉えて離さない怖いくらいの魅力があります。

豊かな色彩の奥に潜む、心の内面の痛みや苦しみを描くという作業は絵という武器を味方に、あるときは政治活動で、あるときは恋人の心をつなぎとめる手段として、あるときは自らの悲しみを癒す手段として、嘘偽りのない気持ちの表現であったと思われます。

作品もさることながら、入院中であっても髪を結い、化粧をし、女性であることに誇りを持ち続け、生涯を通して民族衣装にこだわったフリーダのファッションセンスは現代の私たちにとっても、今なお独特のオーラをまとい光輝く存在であり続けています。


Destiny Number 6
(表面意識・与えられた才能・個性をどう活かしていくか・人生における目的・使命・何を実現していくか)


 [6]は調和、愛、美、平和、責任、愛情、家庭、誠実、智慧、教育、心からの真実、美学、美意識

フリーダの美意識の高さはとてもこだわりのあるものでした。彼女の生み出す作品は誰が見ても美しいとは言い難く、人によっては嫌悪感すら感じさせるものもありますが、人類が思う普遍的な美しさとは別の彼女の心の欲求を素直に表現した美しさがあります。

個性的なファッション、生き方、特に家庭生活においては、夫であるディエゴに対して完璧な妻でありたいという欲求が強かったようです。
フリーダはディエゴのために彼好みの外観を作り上げます。毎朝髪を結い丹念に身を飾り、自らのイメージを作り上げました。ドイツ人の父を持つ彼女のアイデンティティはどんどんメキシコ固有の価値観を選び取って根元へ回帰して行きます。
妻としての使命と画家としての使命、両方に目覚めた彼女はおしゃれをして「高名な画家の妻」を演じ
愛情を込めて夫の食事を作り、部屋を綺麗に整え、花を飾り、日常の世話をこなします。

一方で夫の途方もないエネルギーを我が物と同化させるかのように、生命と美に対する自分の思いを芸術作品として表現してゆきます。


しかし、ディエゴには病的な浮気ぐせがあり、何度もフリーダを苦しめます。事故の後遺症で妊娠しても生むことはできない、けして授かることのない我が子への愛でさえも絵を通して表現します。

そしてディエゴと実の妹との関係が発覚した頃の絵には痛々しい心の傷を生々しく表現し、見るものの心に突き刺さるインパクトを持って、共犯者に仕立て上げられたかのような気持ちにさせられます。彼女の魂の叫びが、けして満たされることのない叫びだと気づくのに長い時間はかからないでしょう。
 

このような凄まじい体験を持って愛を知り、絵を描くというライフワークを見つけたフリーダはまさにディスティニー6番らしい人生だったと言えます。




Soul Number 4
(一番大切な価値観、優先したいこと、自分の心の奥底にある魂の欲求)


[4]は安定、建設、固定、形成、継続、規律、秩序、実現、信頼、堅実、プロセス

フリーダは、多くの女性たちも参加したメキシコ革命の時代に生まれ、4歳の時に「悲劇の10日間」を体験しています。

負傷したサパタ派の農民たちをフリーダの母は自宅に受け入れ手当をし、食事を与え匿ったようです。周囲の環境も手伝ってかフリーダは成長とともに積極的に政治活動に参加します。

 

のちの夫となるディエゴ・リベラもメキシコを代表する2人の画家、ホセ・クレメンテ・オロスコ、デビッド・アルファロ・シケイロスとともに技術労働者・画家・彫刻家組合を設立し、当時80%の読み書きのできない民衆ために壁画によって教科書のような役割を果たす作品を数多く残しています。

ディエゴはロシアの革命家レオン・トロツキー夫妻を自宅に亡命させています。フリーダも彼らとともに語り合い、時間を共有するうち多くの影響を受け、結果トロツキーと不倫関係にまでなってしまうのですが、それは4番の実直であるがゆえの一途さに起因するものかもしれません。
フリーダは夫との激しい感情のもつれあう夫婦生活を送りながらも、政治的立場は常に一致していて、ともに国を変えたいという強い信念は亡くなるまで潜在意識にしっかりと流れ続けていたのでしょう。
 

亡くなる1年前(#22)にとうとう右足を切断してもなお、上半身を車椅子に固定して絵を書き始めます。『マルクスが病人に健康を与える』『フリーダとスターリン』。共産主義へのはっきりとした信仰を示しています。その後も着手したスターリンの肖像画は未完のままフリーダが過ごした「青の家」のイーゼルの上に今なお残っています。

1954年、47歳の誕生日を目前に控えた7月2日、フリーダはディエゴとともに共産党のデモに参加します。入院中だった彼女は医師の反対を押し切って車椅子で参加し、当然のごとく病状は悪化。
誕生日を迎えた一週間後の13日に彼女の命は燃え尽きました。
 

ここまで自分の信念を貫き通す力。それは価値観を認めあえ、信頼できるパートナーとの安定した理想の世界の実現こそが、彼女の活力の源であり、魂の欲求であったと思われます。


Personality Number 11-2
(親や環境からすりこまれた人格、他者からみたその人の表面的人格)


[ 2 ]は相対、調和、協調、受容、女性性、結合、協力、境界
[11]は霊性、神秘、霊的感受性、直感、理想主義、夢想、洞察力、霊界


まさに、ディエゴとの関係は2番らしい共依存だと思います。

どんなに辛い経験も彼女にとっては「愛するが故の苦悩」と捉えて耐え偲びながらも顔で笑って明るく振る舞い、絵に全ての感情を吐き出していたような気がします。

度重なる夫の不貞を半ば諦めの境地で受け入れていることはそれでも自分にとってかけがえのない霊性を与えてくれる存在であったからではないでしょうか。
 

フリーダは39歳の年(#17)にとうとう離婚を受け入れます。が、よく年には再婚。再婚にあたり、フリーダは夫への執着を断ち切るような条件付きで再婚したようです。いつれにせよ二人ともお互いの存在無くしては生きていかれない運命のようです。
 

晩年のフリーダの絵はますます女性性が全面に現れ、ディエゴとの境界がなくなっているように感じます。相変わらず見境ない女性遍歴を重ねる夫と、石膏のコルセットで自由を奪われた自分を同化させることでディエゴ不在のさみしさを、永遠の愛の形として自分の中に留めようとしたのでしょうか。

 

 

 


日記の中の言葉を紹介します。

「あなたは存在しているけれど、触れることはできない。
あなたは私の部屋の空間に私が作りだした全宇宙。
あなたの不在は時計の音と光の振動の中でゆらめいている。
あなたは鏡を通して息付いている。」


これほどまでに一途な愛を持って人を愛せるフリーダが男性だったとしたら、ディエゴとはとてつもなく気の合う同志、最高のビジネスパートナーになり得たかもしれませんね。

そして、#11らしい霊性に溢れる絵をご覧ください!!
まるで神話のような宇宙の神が大地の神を腕に抱き、大地の神がフリーダを抱いています。

フリーダは穏やかな表情で大地にしっかりと根を下ろし、赤ん坊のようなディエゴを抱きかかえ守っています。

ディエゴの額には第3の目が大きく見開かれ、ヒンズーの神のように神々しい顔で未来を見据えているようです。

手にはエネルギーの象徴である炎が見えます。アステカの古代神話において死の世界を司ると言われているショロトル(フリーダは可愛がっていた飼い犬にこの名前をつけている)は呑気にお昼寝しているように見えます。


 
『愛は抱擁する:宇宙、大地(メキシコ)、私自身、ディエゴ、そしてセニョールXolotl』


Realization Number 9 (今回の人生での実現性、可能性、目指す姿)

[ 9 ]は全体意識、人類愛、寛容、博愛、正義感、情緒、複雑、混沌、変容


フリーダの生き方や作品は世界を驚愕させ、後の世界にも多大なる影響を与えることになります。常に死と向き合う生い立ちから、夫の裏切り、自身の恋愛遍歴、社会の渦に巻き込まれ混沌とした時代を経ても、自身が多くを学び変容していくことで彼女の強さは磨かれ続けました。

彼女は言っています。

「私はほとんどの時間を一人で過ごすし、
自分のことは自分がいちばん知っているから、自分を描くのです」


どんなに世間が騒ごうが、シュルリアリズムだと欧米の美術界にもてはやされようが、彼女には1本筋の通った信念がありました。それは「自分の現実」というテーマであり、メキシコに生を受け祖国を愛した彼女のアイデンティティなのだと思います。
まさに自分の本質に還るナンバー#9。自分も人も許す=「絵を描く」ことで、すべてを受けいれる真の強さ、その溢れるエネルギーを信念に集中させて9番らしく生き抜きました。


Stage Number 13-4
(人生のどのような舞台に立つのか)

 

[4]基盤を作り安定した社会をめざす

Soul Numberと同じ#4。
すべての維持、管理、安定に関わる仕事。経済、法律、医療。新しい枠組みをつくることが使命。
残念ながら事故の後遺症により医学部への進学を諦めますが、その後は絵を描く傍ら、積極的に政治活動に参加して、理想の世界を実現したいと願っていました。
カルミックナンバー#13。
創造と破壊を繰り返し、常に学びを喚起させられるという意味においては、入退院を繰り返し、妊娠―中絶(あるいは流産)結婚―離婚―再婚、救いを恋愛に求め、しかし破局を繰り返す人生は、確かに破壊と創造の繰り返しであります。エネルギーの循環を起こして自身のエゴと向き合い作品に転化させていたのかもしれません。


Challenge Number 10-1(精神性へと向かう唯一無二の創造)
(チャレンジする課題)


[10-1]精神性へと向かう唯一無二の創造


唯一無二のオリジナリティーをもってあらゆる分野の創始者、指導者になること。
カルミックナンバー#10
金銭的に恵まれた環境に育ちながらも愛情面で満たされないことが多い。
父親はカメラマンとして成功しており、幼少期は裕福な家庭に育ちますが国の体制が変わり次第に衰退。フリーダも様々な場所で働きました。母は病弱な上に威圧的でヒステリックだったため、乳母(うば)や姉がそばにいることが多かったようです。


晩年はメキシコ文化セミナーの創立メンバーに選ばれたり、アナワカリ博物館の建設にたずさわったり、文部省絵画彫刻学校「ラ・エスメラルダ」の教授に抜擢されたりと、教育者や指導者としても活躍しています。彼女の作品は唯一無二であり、カルト的な信者が世界各地にいます。


Nature Number 5(多才で自由を求め常に変化)
(素の自分、その人が生まれ持つ資質・本質)

 

[5]多才で自由を求め常に変化

#5らしい、明るく活発で聡明な幼少期だったようです。父からカメラの使い方を学び、後には現像、修正、着色など細かな作業も覚えました。野外撮影に同行しては自然の中に生命や物事本来のサイクルを発見し、描くテーマの一つとなったようです。奇抜なファッションで周囲を驚かせ、友人同士で冗談を言い、悪ふざけを楽しみます。痛みやいじめの中にも自由と快楽を忘れず、楽しみながらバランスを取っていたのでしょう。
成人してからは艶やかで魅力的な人ですから、彫刻家イサム・ノグチ、写真家ニコラス・ムライ、フランスの詩人アンドレ・ブルトンなど時の文化人を魅了し続けました。


Action Number 3
(行動パターン)

 

[3]自らが光り輝き周囲をも照らす

Birth Numberと同じ#3。
美しい大輪の花のよう。「ラ・エスメラルダ」の生徒たちの第一印象です。みんなフリーダが大好きだった
ようです。絵の先生というよりは友達のように接し、時には市場や下町、居酒屋や映画館へ連れ出します。
学校に閉じこもるのではなく街へ出て、街の生活を描かせることで生徒が忘れかけていた母国への誇り
をいつの間にか呼び起こしていたようです。彼女の存在そのものが心弾み、側にいると開放感が広がり
皆いきいきと創作意欲が湧いてきたのでしょう。


「世の中は常に変貌してゆく。だからいつも社会に目を向けて、自分が民衆のために何をなすべきかを
よく考え、役立つようなことをしてほしい。」そう彼女は常に生徒に言っていたそうです。


「ロス・フリードス」と呼ばれた彼女の生徒たちはのちに「青年革命芸術家グループ」を結成し、民衆の手
に届く芸術を目指し活動を開始します。




 

Type Ⅱ
Creation2
メッセージ、イマジネーションを受け取り発揮する。
まさにフリーダの絵の源はメッセージとイマジネーション。

Growth4
魂を成長させるのは当たり前、その上で社会へ発信させる。
まさにその通りの人生、数々の困難を乗り越え自らを社会へさらけ出した。

Maturity3
特に感情に対して共感しやすい。アーティスト。
絵を描くことで自分の感情をコントロールできていたのでしょう。

Lead3
表現することで人を喚起していく。インスピレーションを与える。
その通り!彼女の作品でインスピレーションは数ほどいただきました。

Support4
子供の頃の経験を生かし家族問題を抱えている人へ支援する。
フリーダは貧しい子供達にお菓子や金銭を与えていました。

Make Mood2
おもてなしや楽しい雰囲気づくり、心配りができる人
自分が辛い時でさえも対外的に笑って楽しそうに振舞える人でした。

Body3
セラピスト向き、相手の波動を感じ取り適切なアドバイスできる。エネルギー蓄積時には躁鬱と悪癖。
生徒に対して適切なアドバイスしたことは後の活躍に大いに影響を与えています。
身体の痛みが耐え難い時期はブランデーを一晩に2リットル飲み干しても眠れなかった。

Emotion2
温厚、分別のある/限界に達すると爆発する 防衛反応と閉じこもり。
普段は温厚で分別のある人ですが、痛みや苦痛で感情が乱れると閉じこもり、心を閉ざす。

Intelligence4
有能な構成能力 コツコツ粘りつよく確実に課題をこなす。
コツコツ絵を描く作業はまさに彼女の有能な能力であります。


 

History


Year Cycle
サイクルナンバー(テーマ)ピナクルナンバー(状況)チャレンジナンバー(課題)

 

若年期0〜33歳(Cycle7, Pinnacle13-4, Challenge1)

生涯、二桁の困難な人生をおくります。
#7「内省」#13−4「死と再生」#1「唯一無二」

1913年6歳(#18)
急性灰白髄炎(ポリオ)にかかり右足が不自由になる。

1922年18歳 (#21)
バスの衝突事故で瀕死の重症を負うが奇跡的に一命を取り止める。

1929年22歳(#16)で20歳以上年上のディエゴと結婚。
妊娠するが骨盤の形が不都合という理由で中絶。<1934年27歳(#21)も同様>

1930年23歳(#17)
ディエゴの仕事でサンフランシスコへ転居。

1931年24歳(#18)
6月にメキシコに戻るが11月にニューヨークへ転居。
12月ディエゴの回顧展がニューヨーク近代美術館で開催。

1932年25歳(#19)
4月デトロイトへ。
妊娠したが流産。
9月母マティルデ死去。

1933年
ディエゴの壁画にまつわるスキャンダル(ロックフェラー事件)が起こり帰国。

1935年28歳(#22)実の妹クリスティナとのディエゴの不貞に激怒、
サン・アヘルの家を出る(以降、何度かの別居を繰り返す) イサム・ノグチとの恋愛。
1936年29歳(#23)スペイン内戦に伴い共和主義者のための国外委員会のメンバーになる。
またトロツキーが創設した第4インターナショナルに加盟。

1938年31歳(#16)ニューヨークで初の個展開催。写真家ニコラス・ムライとの恋愛。

1939年32歳(#17)
1月フランスへ渡る。3月パリでメキシコ展が開催される。3月末帰国。
ニコラス・ムライとの別離。 ディエゴ・リベラと離婚。

1940年33歳(#18)  ディエゴ・リベラと再婚。

フリーダは言っています。

「私は人生で2つの事故に会いました。1つは交通事故。
もう一つはディエゴ・リベラと結婚したことです。」


全ての出来事が自分の内省につながり、死と再生を繰り返し、唯一無二の絵を描くために与えられた
学びのような人生でした。
 


壮年期34歳〜51歳(Cycle 6, Pinnacle 14-5, Challenge 2)
43歳〜51歳(Cycle 6, Pinnacle 9, Challenge 1)


#6「無償の愛」#5「変化」#2「相対」
          #9「完結」#1「絶対」

1941年34歳(#19)
父ギリェルモ死去。

1942年35歳(#20)
メキシコ文化セミナー創立メンバーに選ばれる。
アナワカリ博物館の建設を開始。(1964年公開)

1943年36歳(#21)
文部省絵画彫刻学校「ラ・エスメラルダ」の教授に任命される。
この頃からディエゴと自分を一体化させる絵が登場してくる。

1944年37歳(#22)
ディエゴとの結婚15周年を記念する作品「ディエゴとフリーダ,1929年〜44年」を制作。

1946年39歳(#24)
政府助成金が授与される。『モーゼ』で文化大臣賞を受ける。

1953年46歳(#22)
4月メキシコで初の個展が開催される。
8月鎮痛剤が効かなくなり激しい痛みの右足の切断手術を行う。

1954年47歳(#23)
7月13日「青い家」で死去。
7月14日メキシコ芸術宮殿で葬儀が行われる。
遺体には共産主義のシンボルである鎌とハンマーの旗がかけられていた。
火葬場でディエゴはフリーダの遺灰を手にし、飲み込んだそうです。
そして彼も「青い家」を国家に寄贈したのち3年後にこの世を去りました。

1958年7月「青い家」がフリーダ・カーロ記念館として開館。


遺作となった作品には、苛酷な生涯の結論として、みずみずしいスイカに「生命万歳(ヴィヴァ・ラ・ヴィダ)」というメッセージを刻んだ。



 
生と死を絶えずゆれ動いた中でたどり着いた答えが「生命万歳(ヴィヴァ・ラ・ヴィダ)」。
亡くなる8日前にこのメッセージを刻みました。

1954年4月27日の日記には、ディエゴ、医師たち、看護婦たち、友人たち、両親を始め共産主義者
であることや彼女の出生地であるヨコアカンの住民に対しても長々と感謝の気持ちを記しています。


その中でも印象的な言葉を紹介します。

「私を愛してくれる全ての人の中で、私が愛する全ての人のために生きようとする、
私の途方もない意思に感謝。」


自分が一人ではなく、たくさんの愛を持って生かされているのだということを噛み締めながら書いたの
でしょう。

22回の外科手術を受けたフリーダは生涯子供を持つことはできませんでしたが、彼女の産み出した数々の作品は彼女の子供たち。その子供たちを通して、私たちに愛と感謝を教えてくれているような気がします。


「自分の人生で最も素晴らしかったのは、フリーダへの愛だった。」

晩年のディエゴの言葉です。(もっと早くに気づいて欲しかったです)
フリーダのディエゴへの「依存的な愛(エゴ)」は人生を終えるにあたり、全てを受け入れた「無償の愛(ラブ)」に昇華したのではないでしょうか。最終的に相反していたディエゴの愛と自分の愛のエネルギーを結合させ最終的には見事に完結させたのです。
 

生きることと愛することを、これほどの情熱を持って示してくれた一人の女性に、私は尊敬を持って心から感謝したいと思います。


VIVA FRIDA!! Usted es una mujer magnífica. Gracias!

 

 

 

 

Reported by
SEVEN STARS Numerology Basic the 2th class
Kahori

 

 

 

やしの木やしの木やしの木

 

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