彼の夢を見たような気がした。

けれど、どんな夢を見たのか、彼がどんな姿をしていたか、俺に何と言ったか、起きた瞬間にはもう全く思い出せなくなっていた。

起きる直前には、彼の夢を見たと確信していたのに。目覚めたらそのかけらさえ残されていないなんて、俺は何て、要領が悪いんだろう。

 

 

寝ぼけ眼で朝食を作りながら、彼と出会ったころの事を、ぼんやりと思い返していた。

 

どうして、彼を好きになったのだっけ。

はっきり理由があったわけじゃないけれど、初めて会ったときから、何故か、自分は彼の事を好きになるな、って、予感した。そんなことは、生きてきて初めてのことだった。

好きになるのも当然というくらいに、彼の顔もスタイルも、芸能人かと思うくらいに綺麗で、それなのに全く自覚がないというか、むしろその顔を嫌っている様子だった。

何故か周りからわざと自分を遠ざけるような感じで、そのくせひどく寂しげで、そのアンバランスさが、不思議な雰囲気を作っていた。

 

俺の予感通り、彼を誘い出してご飯に行くようになると、すぐに、俺は彼に惹かれていった。

彼は俺から見ると大人っぽくて、何か絶対に曲げないというような信念を持っていて、いつもたくさんの考察を頭に巡らせて、周りをギラギラと睨みつけているような感じだった。そんな様もカッコ良かったけれど、時々自分に卑屈になる感じが玉に瑕だと思っていた。

 

でも、一緒に時を過ごすうちに、本当の彼の優しさとか気遣いとか、素直な笑顔とか、はたまた弱さみたいなものが見えてきて、俺はそこにさらに惹かれた。

彼はそんな「素直な自分」を何故か見せないようにしていたみたいに見えたけれど、俺はそんな素直な時の彼が好きだったのだ。

 

 

しつこいくらいにつきまとって、彼を困らせたこともあった。何より自分の身が、そうやって少しでも彼のそばにいたいと言って聞かなかった。

 

彼は、何故か自分をわざと傷つけて、わざと自分の気持ちを閉じ込めて、心の足りないところを無理やり満たそうとしているように見えた。

何が彼をそうさせていたのか、その当時は分かっていなかった。でも、俺はそんなことをして欲しくなかったし、彼が必要とするものをもっと他の形で満たしてあげられるはずなのに、と、藻搔いた。

 

 

思い切って、若気の至りで、自分なりに思わせぶりなことも言ったりしたけれど、彼からのはっきりした反応は貰えなかった。

 

彼は、自らは愛に飢えていると言っていた。その「愛」とやらがどこにあるのか、どうやったら手に入るのか、どうやって与え受け取るのかを本人自身が分かっていなくて、そのせいで苦しかったんだと、今では思う。

俺はそれまで、愛だとかそんなことを、考えた事もなかった。だから彼の求めるものが何か分からなかったし、それが何なのか、知りたかった。

――だから、お願いしたんだ。愛を教えて、って。

 

 

苦しみ傷ついている彼に触れて、何故か、俺が助けになりたい、と思った。もっと彼を知りたくて、もっとそばにいたかった。油断するとすぐに考えが歪んでしまう彼だから、俺が無理を言ってでも近くにいて、彼に真っ直ぐな思いを伝えなきゃと思っていた。

今思い返せば、傲慢だったなと思う。子供だった。

 

 

一緒に眠って、彼の温度が想像以上に心地よくて、自分の心さえ溶かされていくような感覚がした。彼の体のすべてが好きだと、その時確信した。

 

だから、次に会った時には、つい、彼を求めて、呼んだんだ。「また隣に来てもいいですよ」、なんて、回りくどい言い方をしたりして。

 

 

そして彼の気持ちが溢れるところに触れた。

嘘でも良いから好きだと聴きたかったなんて、そこまで気持ちを閉じ込めていた彼が憎らしくて、それならばもっと早くに、俺がはっきりと伝えれば良かったと後悔したくらいだった。

でも、何故彼が回りくどいやり方をするのかもその時分かった。期待した通りにならないで傷ついていた彼は、最後まで自分が傷つかない道を探ってきたんだと思う。そうやって頑なに自らの殻を作って、自信を保っていた。

――俺には、そんな殻から出てきて、ありのままの、俺の好きなあなたを見せてよ。

そんな風に伝える気持ちで、初めてキスをした。