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【 「生きづらい」の呪いを解く魔法レッスンその④】
①はこちら>>>「生きづらい」の正体とその原因
②はこちら>>>『嫌われる勇気』は必要ない!!
③はこちら>>>顔面コンプレックスは<愛>のしるし
●「大人」はこの世に存在しない
「自分以外の存在はとても優れているが、自分はそうではない」という思い込みから、自ら不利な上下関係を作り出し、生きづらさを演出することがあります。
特に、相手が年上というだけで無条件に自分を貶めてしまったり、相手の意見を丸のみ(相手が正しい)してしまったり、無意識な謎の「大人崇拝」の習慣が自分を苦しめるパターンはよく見られます。
だからと言って相手を下に見ろということではありません。年齢に関係なく相手を尊重する態度は人間関係の基本です。しかしそれと同じくらい、自分を尊重する態度も大切なんです。
そもそも、成犬や成猫のような意味での「成人」は存在しますが、「大人」って存在しないんですよね。
ハタチ(法律上での大人)を過ぎた人は実感したと思うんですが、たいして何も変わりませんでしたよね?どこからが大人?大人ってなに?ってなりませんでしたか?
「大人の条件」なんて言葉が象徴するように、大人は「条件」なのです。
お酒が飲めるようになったら、
自分でお金を稼げたら、
自分の感情をコントロールできるようになったら、
家族を持ったら、
自分で仕事ができるようになったら、
そんな、世間で言われるいろいろな条件をまとった成人、それを大人と呼ぶようになっています。
だから、大人という生き物は存在しないんです。
言い換えれば「大人」は「大きな子ども」でもあるし、「子ども」は「小さな大人」でもあります。
なので、「年上の方が偉い・正しい」「年下は立場が弱い」なんていうのは、本当にただの思い込みです。どの年代だろうがただの人間。
もちろん、上の世代には若い世代にはない経験があるのも事実。しかし、過去の常識が現在の非常識なんてこともよくありますね。
絶対的にどちらが正しい・偉いなんてものはなく、相手が年上だろうが年下だろうが対等なんです。
だから自分を貶める必要はないし、自分はダメだと思う必要もないし、相手の機嫌をとろうとしなくていいし、イヤなことはイヤだと言って良いんです。
これは年齢に限らず、相手の肩書や役職、性別や立場によっても起こることです。
「不完全な自分の外側には、自分の力では及ばない完璧な存在がいる」という思い込みから、自分を低く見積もってしまいます。
しかし、実はこれ、低く見積もるには低く見積もるなりにメリットもあるんです。
「不完全で未熟な自分」でいれば、誰かが助けてくれるのです。その成功体験が足を引っ張り、「不完全で未熟な自分」を辞められなくなることもあります。
それが居心地がいいならそれでいいですが、自分が勝手に作り出した「不完全な自分の外側にいる自分の力では及ばない完璧な存在」がストレスになるときには、そろそろそのレッテルのはがし時かと思います。
自分の中の感覚や違和感を無視してまで尊重しなければならない完璧な存在はどこにも存在しません。
あなたが不完全であるように、みんな不完全であり、不完全は未熟なのではなく、不完全こそが完成形なのです。
誰を崇めることも、誰かの言いなりになることも、誰かの意見に従うことも、本当はしなくていいんです。
まずはそれに気づくこと。
かくいうわたしも謎の大人崇拝の信者の一人でした。
成人してからも上司や先輩の言うことはだいたい受け入れてガッチガチに生きていたんですけど、あるとき、ヤツらもただのホモサピエンスであることに気づいてからだいぶ人生変わりました。
相手も人間!自分も人間!本当にただそれだけ!!
わたしがまだ小さいころ、「電車では静かにしなさい!」と鬼の形相で躾をしていた人たちも今では立派な中高年になり、近ごろ電車の中で一番賑やかなのはこの世代です。
(聴力の衰えにより走行音でお互いの会話が聞こえないため大声になる。なぜかマナーモード設定しなくて最大音量の着信音が鳴る。電話に出た上に声も大音量などなど…対してチビッコはゲームしたりスマホ見てたりして静か笑)
田舎の電車内のほっこりワンシーンですが、個人的には幼い頃のわたしは何を恐れて何に従ってたのかなって、ぼんやり遠くを見つめてしまう場面でもあります。
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