*はじめましてのあなたへごあいさつ>>>このブログについて

 

 

 

このブログのあちこちに、「思考や判断をして自分を自分だと認識している意識(マインド)」と「本当の自分」はちがうものだということを書いています。

 

 

マインドは記憶の蓄積でしかなく、本当の自分(源)からやってくるインスピレーションを形にするための道具です。

 

 

マインドは外の刺激に対して自動応答してくれる機械みたいなもので、機械みたいだから、すごくちっぽけでわかりやすく限界がある。

 

 

でもこの世界で生きていくためには必要不可欠な、偉大な存在でもあります。

 

 

そんなマインドと本当の自分は、「小さな自分」と「大きな自分」と表現されることもあります。

 

 

きょう書こうと思ったことはこっちの表現の方がしっくりくるので、こっちを使います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然ですが、「大きな自分」は「小さな自分」のことがめちゃめちゃ大好き。はちゃめちゃに好き。熱く激しく濃密に愛してる。

 

 

小さな自分では気づかないと思うけど、わからないと思うけど、マインドの理解の外側でその愛は確実に存在しています。

 

 

親の子への愛、子の親への愛、それらももちろん素晴らしいけれど、「大きな自分」の愛は「親だから」とか「子だから」とか、そんな条件もなく、ただただ愛がほとばしっている。

 

 

だからきっと、生命ってあるんだなって思わせるくらい、強烈に存在している。

 

 

「こうだったら幸せ」とか「ああだったら不幸」とか、小さな自分が小さな頭で考えられる程度の幸せ以上の、宇宙のような幸せを与えたいと思っているのです。

 

 

小さな自分が小さな頭で考えた幸せ像が叶わないことは、小さな自分にしたら大問題だけれど、大きな自分からは微々たる問題。大きな自分はもっとすんごいものを与えたい。

 

 

だって小さな自分の小さな頭(マインド)ってほんとちっぽけすぎて、冷静に見られるようになると目眩がするくらいペロッペロ。

 

 

でも大きな自分はその不完全さすらも愛しくて、完全に委ねてもらえるのをニコニコしながら待ってる。

 

 

そうして、小さな自分を包み込んで溢れた愛は、世界をも潤しだします。

 

 

 

なので、小さな自分が考えた夢とか願い事とか、あるならいいけど、ないならわざわざ探すことないよ。むしろ、ないほうが手っ取り早いかも。

 

 

あなたをすっごい幸せにしたくてしたくてたまらない!って待ってる存在(マインドには外側に存在があるように感じる)が、もういるから。

 

 

 

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