何か大きな出来事があっても、そんなものは何もなくても、生きている限り「死」を意識する瞬間ってあると思うんです。

 

 

「生きるのがしんどい、しにたい」の声は、インパクトのあるぶん存在感が大きく、煙のように広がって体じゅうを覆いつくすので、その中にある小さな声に気づけなかったりします。

 

 

小さいけれど確かにきらめいている、真実の声。

 

 

「こんな苦しい思いをせずに生きたい」

 

 

そう、本当は「生きたい」んだよね。

 

 

だって辛くたって生きてる。

 

 

本当は、辛くなく、苦しくなく、しんどい思いをしないで生きたい。

 

 

でもそんなの無理だと思ってしまってる。

 

 

無理じゃなかったらどうする?

 

 

意外と無理じゃないんだな。

 

 

辛くなく、苦しくなく、しんどい思いをしないどころか、心安らかに、穏やかに、安心して、楽しく、幸せに生きることだってできるんだよ。

 

 

でもそれは頭で考えても理解できないかもしれない。

 

 

理解できないことって、怖いよね。でもこの世界は理解できてないことの方が多いんだよ。

 

 

風邪の特効薬すらまだできてないし、治療法がわからない病気なんて山ほどあるし、宇宙は新しい発見があって今まで築いてきた誕生の理屈が崩れたらしい。

 

 

そんな中で、理解できるものにすがって生きている。

 

 

心安らかに、穏やかに、安心して、楽しく、幸せに生きることができる人生、理解できないかもしれないけど、そんなものが実現可能なものなんだなぁと、思ってみるところからはじめてみてね。

 

 

そして、「つらすぎてしにたい」って思ったとき、それは「しあわせに生きたい」のサインだって思い出してね。

 

 

 

☆聞きなれない言葉はここでチェック!>>>用語集

 

ブログランキング・にほんブログ村へ

↑↑いつも応援ありがとう!