金スマのおかげで、というかせいで、

私がなんだか「いい人風」に勘違いされてるのが、

どうにもこうにも居心地が悪い。汗

正直に言おう。

「みっちゃん」がいたから私が強い女になった、

というのは100%そうとは言い切れない。

というか、言い訳に近い気がする…。
私が怖い、強いケンカっぱやい女なのは

たぶん生まれつき、もしくは遺伝とよぼう。

「みっちゃん」がいたから、

今のような「お客様の知ってる、ポップスや映画音楽を演奏する」

コンサーになった、というのは偶然。
ただ単に、その道しかなかったから。

そして、一番困るのは

「障害を持ってる子供を持つ家族に、夢と希望を与えた」

なんて言われること。

穴を掘って隠れたくなる。ガーン

これは、恥ずかしいという意味ではなく、

そんなつもりは全然ないです。

ということです。

だって、うちの教育スタイルはめちゃめちゃだったから。


全く他の家には当てはまらない、

しかもそれで成功したなんて、

家族の誰一人も思ってないから。
母は、昔から

「私の知ってる、障害を持った子供の兄弟たちは、

みんな東大とかでて頭がよく、できがいい」

となんの根拠もなく、いっつも私と兄に

プレッシャーを与えていた。


テレビでも言ってたように、

「あなたはみっちゃんを助けるために生まれてきた」
これもはっきりいって普通では考えられない…らしい。

言ってはいけない言葉ベスト3ぐらいに入るらしい。
恐ろしいことに、私も兄もその言葉を聞き流し、

プレッシャーに感じたことは全くない。
これがもしとても真面目でいい子だったら、

どれだけプレッシャーに感じたことか。

祖母はいつも

「みっちゃんみたいな子供を助けるために、

太郎(兄)は医者、

ちさ子は弱いものを味方する弁護士になりなさい」

これを命令のように言い続けた。
コレも最悪でしょ!?

親の勝手。

普通ならば、そんなことしるか!と、

ぐれたっておかしくないようなこと。
太郎は一応理数系に強いから医者も考えた。

だけど小学校2年生の時点で、

自分が怪我をしたときに出た血を見て卒倒。

一瞬にして医者の道を簡単に断念。涙目
私も、「正義の味方」が大好きだったから、

弁護士の道も考えた。

しかし、職業を選択できるほどの学力もなく、

音楽屋さんへ…。

つまり、

母の口癖「私の子育ては、3人とも失敗だった。

誰一人思い通りにならなかった」この「3人」に

みっちゃんが普通に入ってるところも、

かなり母らしい。

「他のダウン症の子は、もっと心が綺麗だ」と言ってる。


それでも3人も失敗すればさすがにもう諦めたのかと思いきや、

今度は孫に夢と願いを押し付けようと…。

恐ろしい執念だ。叫び

母に育てられた自分を、もし100%気に入って、納得してたら、

同じように息子を育てるけど、そんなわけはない。

いつも馬鹿だと言われ、

学校でお財布が盗まれれば「あんたでしょ」と言われ、

それでもぐれなかったのが不思議なくらい。
私は子供は褒めて育てるよ。  

…明日から。

母のせいで今でも、自分が本当はすごく頭が悪く、

なにをやっても駄目なんだという思いはぬぐいきれない。

これがトラウマってやつだ。
この積年の恨みを先日母に言ったら

「40歳にもなって、子供の頃のことを愚痴愚痴いうなんて、

人間が小さい。

だいたい、あなたは褒めりゃ図に乗るたちの

悪い子だったのよ」と全く反省の色なし。


ま、確かに一理あるかも…。


つまり、子供によって育て方は

違うってことなんだろうけどね。


だから、うちの家族のやり方は他では

全くあてはまらない。

よって「夢と希望で」はなく、「笑い」だけ提供したということで、

お許しいただきたい。ori-ピース

おしマイケル。