A.子宮筋腫
子宮筋腫とは、子宮を形作る筋肉の壁(子宮筋層)にできる良性の筋肉のかたまり(腫瘍)のことです。40歳代の女性の3-4人に1人が子宮筋腫を持っているといわれます。
その発生原因はわかっていませんが、エストロゲン(卵胞ホルモン)が作用すると腫瘍が大きくなることがわかっています。形状は球形のことが多く、大きさや数もさまざまで、1個だけのこともありますし50-60個と多発することもあります。自覚症状がなくて健診で偶然見つかることも多く、大きくなると月経や月経過多、不正出血、腹痛、頻尿、便秘などの症状が現れるようになります。
組織学的にはほとんどが良性で悪性化することはないといわれています。正常筋層との境目も鮮明で、後に述べる筋腫のみをくり抜く核出術が可能となります。
子宮筋腫の種類とその症状
子宮筋腫は、発生する位置、大きくなっていく方法によって大きくつぎの3つに分類でき、それぞれ症状が異なります。
①筋層内筋腫 子宮の筋層内で成長するもので、子宮筋腫の約70%がこの筋層内筋腫です。筋腫が小さいうちはほとんど無症状ですが、大きくなるにつれて月経量が増え、貧血になったり、激しい月経痛を引きおこしたりします。また不妊症や不育(妊娠しても胎児が育たないこと)の原因となることがあります。
②漿膜下筋腫 子宮を覆う漿膜の下にでき、子宮の外側に突き出すように大きくなるタイプで、筋腫の約20%がこの漿膜下筋腫です。茎がついているものを有茎性漿膜下筋腫といいます。無症状のことが多いようですが、筋腫が大きくなると周辺の臓器を圧迫し、症状が現れることがあります。たとえば、膀胱を圧迫すれば尿が近くなり(頻尿)、直腸を圧迫すれば便秘になります。また有茎性のものでは捻転をおこす危険性もあり、注意が必要です。
③粘膜下筋腫 子宮の内腔を覆っている粘膜のすぐ下で成長する筋腫です。小さくても強い症状が出るのが特徴ですら、子宮内腔に向かって大きくなるので子宮内膜の面積が広くなり、月経量が多くなって月経期間が長くなります。それに伴い、貧血や月経痛を引き起こします。また子宮腔内が不整であるため、不妊症や不育の原因となることもあります。茎がついてぶら下がってできるものを、有茎性粘膜下筋腫といいます。有茎性粘膜下筋腫が子宮の内側(子宮腔)にぶら下がっている場合、体には異物を体外に押し出そうとする働きがあるために、月経のたびに筋腫を外に排出しようとします。その際、子宮の筋肉の収縮がおこり、陣痛のような痛みを感じます。こうして膣内に飛び出した筋腫は、筋腫分娩と呼ばれています。
子宮筋腫の診断と治療
まず、問診で症状の有無を詳しくお聞きします。その後、内診と経膣超音波検査で筋腫があるかどうかを調べます。
もし見つかった場合には、筋腫の大きさ・位置・個数などをMRIで検査し、血液検査で貧血の有無などをチェックします。
筋腫があるからといってすべて治療の対象となるわけではありません。症状があまりない場合は、外来で経過観察することになります。月経痛があっても軽い場合や軽度の貧血に対しては、対症療法として鎮痛剤や鉄剤投与で様子を見ることもあります。
しかし症状が重くなった場合には、子宮筋腫そのものの治療をする必要があります。治療には大きく分けて薬物療法、手術療法、子宮動脈塞栓術、収束超音波療法などがあります。
①薬物療法
子宮筋腫は、卵巣から分泌されるエストロゲン(卵胞ホルモン)により大きくなります。したがって、一時的にエストロゲンの分泌を抑える目的でホルモン剤であるGnRHアナログを投与します(偽閉経療法)。
しかし、GnRHアナログには骨量の低下や更年期障害などの副作用があるので、投与期間は6ヶ月間が限度です。また、中止すると数ヵ月で筋腫はもとの状態に戻ってしまうので、根本治療ではなく、一時的な治療と考えるほうがよいでしょう。なお、閉経間近な人で閉経までもちこたえてしまう場合(逃げ込み療法)や、高度の貧血があるために手術まで月経を止める必要がある場合、あるいは巨大な筋腫を縮小させて手術を容易にするためにGnRHアナログを使用することがあります、
②手術療法
手術は、子宮筋腫の最も確実な治療法です。大切なことは、筋腫が原因と過多月経や月経痛、頻尿や閉尿(尿が出ない)などの圧迫症状、筋腫以外には原因が見あたらない不妊症など、本当に手術の適応かどうかを正確に判断することです。
術式は大きく分けて、筋腫のできている子宮そのものを摘出する子宮全摘術と、筋腫だけを取り除く子宮筋腫核手術に分けられます。以前は妊娠を希望される場合には子宮筋腫核手術を、希望されない場合には子宮全摘術を行うことが多かったのですが、最近では妊娠を希望されないケースでも子宮温存を希望されることが多いので、子宮筋腫核出術が主流となってきました。
どちらの術式を選択するにしても、従来の開腹手術と膣を経由して行う膣式手術に加え、新たに体への負担の少ない腹腔鏡手術が広く行われるようになってきました。
腹腔鏡手術の利点としては、きずが小さく術後の痛みが少ない、社会復帰が早い、美容的に優れている、術後の癒着が少ないなどがあげられます。
筋腫の大きさや位置、個数によって腹腔鏡手術が可能かどうかの判断をします。また、腹腔鏡手術を開始しても、腹腔内の癒着がひどい場合、または何らかの危険が予測される場合には、開腹術に移行することもあります。
③その他の治療
子宮の栄養血管である子宮動脈まで血管カテーテルと呼ばれる細い管を挿入し、人工的に塞栓物質を注入して子宮筋腫を変性・縮小させる子宮動脈塞栓術や、超音波エネルギーを筋腫に集中的にあてることによって筋腫を変性・縮小させる収束超音波療法などがあります。
子宮筋腫の手術療法
手術適応か?┳子宮摘出術┓ ┏開腹
↑ ┗筋腫核出術┛→┣膣式
子宮の大きさ ↑ ┗腹腔鏡
症状の程度 出産希望? ↑
不妊原因か? 子宮温存希望? ↑
筋腫の大きさ、位置、個数、癒着の有無
腹腔鏡手術と開腹手術の比較
腹腔鏡手術 開腹手術
きずあと 0.5-1cm(2-4ヵ所) 10-15cm
痛み 弱い 強い
回復 1日目から 2-3日目から
入院日数 4-7日 12-14日
社会復帰 1-2週間後 1ヶ月後
術後癒着 少ない 避けられない
子宮全摘術
子宮全摘術のアプローチとしては、従来から開腹手術と膣式手術がありました。開腹手術は大きくおなかを切開するので広い視野が得られますが体への負担は大きくなります。また膣式手術はおなかにきずができないので体への負担は少ないものの、十分な視野が得られないため、子宮が握りこぶしより大きくなっていないこと・癒着していないこと・経産婦(出産経験者)であることなどに適応が限られていました。しかし、腹腔鏡を導入することによって、子宮が大きくなっている場合や腹腔内癒着が疑われる場合や、未産婦例でも負担の大きい開腹手術を回避できるようになりました。腹腔鏡を用いた子宮全摘術は、癒着があればこれを剥離した後、卵管や卵巣とをつなぐ靭帯、その他子宮を支えている靭帯や子宮動脈などを腹腔鏡下で処理し、残りの操作を膣式で行う方法です。
子宮全摘術は、腹腔鏡下でどこまでの操作を行うかによって、以下の3つに分けられます。
①腹腔鏡補助下子宮摘出術 子宮の上部靭帯切断までを腹腔鏡下で行い、頸部靭帯・子宮動脈および膣管の切断は膣式で行うもので、適応は広がりますが膣式操作による合併症(膀胱・尿管・直腸損傷など)がおこりえます。
②腹腔鏡下子宮摘出術 尿管を剥離し、子宮動脈や頸部靭帯まで腹腔鏡下で切断し、膣管の切断は膣式で行うもので、より大きな筋腫や子宮内膜症合併症例にも適応可能です。膣式操作による合併症が少なく、子宮まで処理するために出血量が少ない方法です。
③全腹腔鏡下子宮摘出術 すべての操作を腹腔鏡下で行うもので、切除した子宮を体外に出すのは膣式で行います。未産婦など膣式操作が困難な症例でも適応となります。腹腔鏡下での縫合・結紮(縛ること)が必要なため、難易度が高く、手技にも熟練を要します。どの術式を選択するかは症例ごとに検討しますが、当院は腹腔鏡下子宮摘出術を標準術式としています。なお、手術前にGnRHアナログ療法を行うことがあります。エストロゲンの分泌を抑えて筋腫の縮小を図ることで、大きくて無理だと思った症例でも腹腔鏡手術が可能になることがありますし、術中出血の減少や手術時間の短縮が可能となるからです。
子宮全摘術の合併症として多いのは、出血と子宮周辺にある臓器の損傷です。とくに膀胱・尿管・直腸の損傷に注意が必要です。
子宮筋腫核出術
子宮筋腫核出術とは、筋腫のみを摘出し、子宮を温存する手術です。最近では妊娠を希望されないケースであっても子宮を温存したいという患者さんが多く、筋腫の手術の主流となってきました。腹腔鏡を用いた筋腫核出術の内容としては、以下の3つのプロセスが必要となります。
①筋腫の核出 まず子宮筋層を切開します。切開前には出血量を軽減させる目的で、一時的に血管収縮作用のあるバソプレシンという薬を切開線に沿って注射します。切開には電気メスや超音波メスを使用します。筋腫核まで十分切り込んだ後、ミオームボーラーと呼ばれるコルクの栓抜きのような器具を筋腫核に挿入し、筋腫核を子宮からくり抜きます。
②子宮の修復 筋腫を核出した後、子宮の筋層には大きなきずが残ります。これは底のほうから縫い残しがないように縫い合わせます。縫い方が不十分だと、筋層の中に血腫を作ったり、妊娠時の子宮破裂の原因はなることもあります。
③筋腫の回収 最後に筋腫核を体外へ出します。筋腫を約1cmの切開創から回収する必要があるためモルセレーター(細切器)で細く砕いて体外へ出します。
腹腔鏡を用いた筋腫核出術には、これら3つのプロセスすべてを腹腔鏡下で行う全腹腔鏡下子宮筋腫核出術(TLM)と、恥骨上に3-5cmの小切開を加え、気腹を維持しながら術者が手を腹腔に入れて手技を行うことのできるハンドアシストという器具を使って行う腹腔鏡補助下子宮筋腫核出術(LAM)の2つの方法があります。TLMのメリットとしては、腹壁のきずが小さいために術後の疼痛が少なくて回復が早い、術後の癒着が少ないことかあげられます。
ただし、手術手技が複雑で手術時間も長くなるため、筋腫の大きさや個数に限界があります。とくに子宮の修復は難易度が高く、術者も熟練を要します。また小さい筋腫をすべて取り除くことには限界があります。
LAMは、恥骨上のきずを3-5cmに延長し、筋腫の核出、子宮の縫合、筋腫の回収のいずれか、またはすべてをハンドアシストを使って行う方法です。大きな筋腫や多数の筋腫例にも対応でき、TLMの適応外であっても開腹手術を回避することが可能です。指で触診することで小さな筋腫を見つけることもでき、筋腫の取り残しはTLMに比べて少ないといえます。
ただし、1ヵ所のきずがやや大きめなので、TLMに比べ痛みが強いことと、術後の癒着の可能性を否定はできませんが、開腹手術に比べるとどちらも軽度であることはいうまでもありません。
子宮筋腫核出術の問題
子宮筋腫核出術には次のような問題点もあります。
①筋腫の再発
筋腫核出術を施行しても、子宮を温存する限り筋腫が再発してきることがあります。とくに多発筋腫の症例では、再発の可能性が高いといえます。手術時にまったくなかった筋腫が新たにできてくることは防ぎようがなく、医療上の限界です。
手術時に取り残した筋腫が大きくなって後に問題となることはできるだけ避けたいものです。GnRHアナログの術前使用は、筋腫を縮小させて術中の出血量を減らすという意味で有用なのですが、小さな筋腫が一時的にわからなくなるため、取り残しの原因になることもあります。当院は多発性筋腫の場合にLAMを施行することが多く、触診および術中超音波検査で小さな筋腫までチェックし、できるだけ取り残さないよう心がけています。
②術中出血
筋腫核出術は、血流が豊富な子宮を切開して筋腫を切除していくため、子宮摘出術に比べて出血量が多くなる傾向にあります。とくに大きな筋腫や多発しているもので出血量が増え、輸血が必要となることもあります。輸血の合併症を回避するため自己血の有効な利用も大切なことです。自己輸血には貯血式(前もって採血しプールしておく)と、術中回収式(腹腔内に出血した血液を回収し、洗浄して輸血する)がありますが、当院は主に術中回収式自己輸血を行っています。
②筋腫核出術後の分娩様式
筋腫核出術後の分娩様式は、通常の経膣分娩でよいか、それとも帝王切開にしたほうがよいのかは議論のあるところです。
子宮を切開した場合は、きずあとが弱くなって分娩時に子宮破裂をおこす可能性があります。子宮腔に飛び出たり内腔近くまで達するような筋腫の場合には、帝王切開が安全だといえます。また、表層の筋腫であっても、すぐ帝王切開のできる環境で分娩に臨むのがよいでしょう。
子宮筋腫核出術の症例
Tさん(36歳、既婚で妊娠歴なし)は、10年前から子宮筋腫を指摘されていました。3年前に頻尿と腰痛、腹部膨満感が出現したため、近くの病院で受診したところ、子宮頸部の巨大筋腫と診断され、開腹による子宮摘出術を進められたとのことです。
いきなり「子宮を摘出するしかない」といわれたためら頭が真っ白になったといいます。強い出産希望があったので、子宮温存の可能性を求めて3ヵ所の病院をめぐりましたが、すべて同様の意見でした。
たまたま当院のホームページを見て受診しました。よく相談して腹腔鏡補助下子宮筋腫核出術を行いました。筋腫は子宮頸部の左後壁にできた巨大筋腫(2010g)でした。術後6ヵ月間の避妊の後で妊娠に至り、現在妊娠継続中です。
保険の適用について
全摘出術も核出術も保険が適用されます。子宮筋腫腹腔鏡下膣式子宮全摘術の保険点数は3万人さ8500点、腹腔鏡下子宮筋腫摘出(核出)術は2万5300点です。保険点数は1点を10円で換算し、その3割が個人負担になります。
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