Chipapa の備忘録

忘却は、人間の味方であり敵であり。。忘れたくない珠玉の思い出達を書いていこう♪


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春なので、子供達に進級祝いを買いに行った。私の母からは、普段着を数着と靴を一足ずつ。私からは、おもちゃを一つずつ。

二歳八ヵ月の息子にとっては、靴を自分で選んで買ってもらうのは初めてで、赤い「カーズ」の靴を選び、大喜び。娘は、白いプリキュアのスニーカー。

二人とも、春休みに入り、毎日嬉しそうに「ハハに買ってもらったの、この靴。ねー!」ってきょうだいで顔を見合わせては、言っているらしい。ってか、ホントは、ばあばなんだけど、買ってくれたのは。

息子は、さらに「ハハが買ってくれたの。うれしいなあ♪」なんて言いながら、ずんずん水溜まりに突進して行く。当然ながら、ビッチョビチョ♪

「じゃ、長靴はいたら」って母が促しても、「ハハが買ってくれたのがいい」と言って聞かない。

息子よ、本当は、長靴の方なんだよ、ハハが買ってあげたのは。バレンタインに、私のちっちゃな、長靴が大好きな息子にって、ミキハウスでとびっきり可愛いの、選んだんだよ。男の子のあなたのことだから、すぐにカワイイのなんて興味もなくなっちゃうでしょ。今のうちなんだからさ。だから、今度の雨の日は、履いてね、長靴♪

まね、それでもなんでもね、ハハが一番嬉しいのは、喜んでくれることなんだよ。何か物が手に入ったっていうことだけじゃなくて、誰が買ってくれたんだ、作ってくれたんだ、っていう、広がりをもった嬉しさを大切にして欲しいんだ。

それは多分、大人になっても同じで、例えば自分で働いて得た給料で、何かを買ったり、食べたり、旅行なんかしたりしても、自分で稼いだお金なんだから、って踏ん反り返るんじゃなくて、もちろん、自分で稼いだというプライドは必要だけど、稼がせてもらえた、っていう感謝も必要なんだと思う。あ、そういう、広がりを持った捉らえ方をしていきたいんだと思う、私は。忙しい時は、尚のこと。

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最近、やっとデジカメを買った。子供がいるのに、遅い。。。
それまでは、ずっと、まだAPSのカメラが出たばかりのころに買った小さなカメラを使っていた。あとは、携帯のカメラ。それも、現像が面倒だからあまり撮らなかった。

何故に、カメラにこだわらなかったのか。
ウソをつけないカメラに映し出される写真の中に時を止めるということに、全く興味がなくなってしまっていたから。

カメラは、楽しい思い出を残す。持続的にその時の楽しい気持ち嬉しい気持ちを再現する。
それは、すごく良い。
でも、撮っているときは、「撮る」という行為に気をとられ、その瞬間の本当の楽しさ嬉しさが純粋に味わえない。そんなの、圧倒的にもったいない。

あと、カメラは、ウソをつかない。
ありのままに、その時を映す。覚えていなくて良いことまで。

思い出なんて、楽しい思い出だけが残れば良いと思う。
思い出すとふわっと嬉しくなってしまうような映像の断片が、アタマと心に残っていれば良い。
そんなふうに思っていたから、カメラに興味はなかった。

で、そのまんま、娘の幼稚園の保育参観に行ったら。
なんとまぁ、カメラを構えていない親は、私だけ。
それは別にどうでもいいんだけど、あ、子供は、どんどん成長していっちゃうんだ、って当たり前のことに気がついた。いや、本当は、そんなのとっくに気づいていたけれど、カメラはその時を止めてくれる便利なツールだっていうことに気づかされた。

4月から、娘は幼稚園の最終年次。
最後の幼稚園での1年。

時をとめよう。
デジカメの中に、娘の幼稚園での姿を閉じ込めよう。
子供たちの姿を、とめよう。
三輪車に乗る息子も、縄跳びをする娘も。
リアルな子供たちは、どんどんと、大きくなるんだから。止められないんだから。止まって欲しくないんだから。

小さな子供たちの姿を写真にのこそう。
かわいいかわいい子供たちの姿を、そのまま止めよう。
子供たちが大きくなったときに、小さな頃の自分の写真を見て、愛されていたんだ、って思えるように。
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女あり。
働く母親の陰に女あり。
母という名の女あり。
そして世代は紡がれてゆく。



お母さん、いつもありがとう。
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お休みの日、すっかり春らしくなった田舎道を子供達と一緒に散歩していたら、娘が突然言う。

「ハハは、何のために生きてるの?」

へ・・・??
って、子Chipapa、あなた、まだ、5歳でしょ。。。
なんでそんな哲学的なこと、聞くのよ。。

「それはね、子Chipapaちゃんと、おーくんに、元気に育って欲しいからよ」そう答えてから、「子Chipapaちゃんは、何のために生きてるの?」と聞いてみた。そうしたら。

「子Chipapaちゃんはね、ハハのために、生きてるの。ハハがいつも、かわいいって言ってくれるでしょ。髪の毛キレイね、って言ってくれるでしょ。だから、生きてるの」

そんな。。。。
子Chipapa。
ハハのためだけにじゃなくて、自分のために生きていいのよ。
もっと、ダイナミックに、自分がやりたいように、生きていいのよ。

まだ5歳なのに。
なんで、こんなこと、言うんだろう。。
私、なんか、変な影響を与えていないかな、私の娘に。
普通、5歳児って、もっと、無邪気でしょ。。
「何のために生きているの?」なんて、聞かないでしょ。。
考えつきも、しないでしょ、普通。
だけど、そもそも、普通って何なんだろう。。。??

ちょっと、焦った。
まだ、焦ってる。
なんで、なんで、なんで。。。。?
もっと、私は、娘に、自由に生きて欲しいのに。

私が思うほどに、深刻に捉えているわけでも、ないと思いたい。

けど。
5歳児だからと思うから、ギョっとするけれど、でも、何かのため、誰かのために生きるっていうのも、大切な気持ちなんじゃないかと、最近思う。かく言う私も、本当に、子供達、家族のために生きてる、生かされていると思う。っていうか、子供達が自分で自分のメシの種を拾えるようになるまでは、絶対死ねない。それは、一人身だったら、多分持たない感情で、死ねない、一人じゃないって思えるのは、生きる力になるから、悪くない。

縁あって、この駄ブログを読んでくださっている皆さん。
少しだけ立ち止まって、ご自分に聞いてみてもいいかもしれません。

「何のために、生きているのですか?」
「誰のために、生きているのですか?」
「大切な人は、いますか?」
「大切にしていることは、ありますか?」

って。
多分ね♪
たまにはね。
春だから。旅立ちと、出会いの季節だし。
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息子@2歳が、鼻歌を歌う。「・・・・パチンとわれて、なかから、ひよこがピヨピヨピヨ♪♪」

あれれ??
どこかで聞いたような。。。

って考えてみたら。

あぁ、そうだ!
娘@5歳が、ちょうど今の息子と同じ頃、歌っていた、保育園で聞いた曲だ。

  まぁるいたまごが パチンとわれて
  なかから ひよこが ピヨピヨピヨ♪
  あーあ かわいい ピヨピヨピヨ♪

娘の初恋の人、パオさんがママと一緒にうちに遊びに来て、一緒に二人で、振りつきで歌ってくれたんだっけ。
何番かあって、たしか、恐竜が出てくるのもあった。

  まぁるいたまごが パチンとわれて
  なかから きょうりゅうが ガオガオガオ♪
  あーあ こわい ガオガオガオ♪

あーあ、懐かしい♪
まだ小さかった娘が、同じように小さかったパオさんと一緒に、歌ったんだ。
「きょうりゅうバージョン」は、一生懸命声色を変えて、二人で、こわそうに歌っては、笑い転げた。
パオさんのママと私も、あんまりに二人がかわいいから、涙を流して一緒に笑ったんだっけ♪
パオさんも、大きくなったろうなぁ。

こういう、保育園で歌う歌は、どこの保育園でも同じなんだろうが、保育園によって、変形があるらしい。息子は、「恐竜バージョン」は知らず、代わりに「かまきりバージョン」を歌った。

だから、私も一つバージョンを追加して、ピアノで伴奏までつけて歌ってあげた。

  まぁるいたまごが パチンとわれて
  なかからおーくんが こんにちは♪
  あーあ かわいい こんにちは♪

ついでに、子Chipapaバージョンも。
そうしたら、子供達がいたく気に入って、何回も何回も、繰り返して歌わされた。

普段、私がへたくそだからなんだろうが、ピアノを弾かせてくれない子供達も、自分が主役の曲ならば、何回でも弾いていいってことらしい。現金なものである。

けど、ま、いい。いつまでも、こんなかわいい曲を、歌わせてくれるわけじゃないだろうから。
現に、息子がこの曲を歌うまで、娘が歌っていたことなんて、コロっと忘れていたんだし。
今一緒にできることを、一緒にやっていきたいね、子供達♪
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ある日曜日のこと。母は、地元のハイキングクラブの仲間と登山へ。父は、仕事の講習会参加のため珍しく背広を着て外出。

その日の晩。
子供達も寝静まり、大人3人コタツで団欒。
全く違う休日を過ごした我が家の両親は、それぞれが、好き勝手にしゃべり放題。
母は、登山の感想を、ペチャクチャ喋る。
父は、講習会に持っていった、新しいお気に入りのかばんと、最近買った安い時計のことを嬉しそうに自慢する。
それを、二人が交互に発話する。
ってか、全然噛み合ってない。ちぐはぐったら、ありゃしない(笑)

「っぜーんぜん、聞いちゃないね、二人そろってさ」と大笑いしたら、二人とも、そのとおり♪と、ケラケラ嬉しそうに笑う。

あはは♪
変な夫婦。
けど、なんか、楽しい気分になっちゃったのは、ちぐはぐ度の息までぴったりだったからか。

お父さん、お母さん、長いこと夫婦をしていれば、そりゃ色々あると思うけど、一緒にいてくれてありがとう。
これからも、仲良しでいてくださいね。
ちぐはぐでもいいから♪
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3月の節句も終わり、雛様を片付けた途端、少し早いけど、今度は息子の兜を出す。息子の初節句に、私の両親が買ってくれた兜。潔白と威厳ある武将をイメージした白い威し糸。
今年は、それこそ、20年以上振りに、母が、私の兄の兜も出した。私の記憶にないくらい、久しぶり。
座敷に2つ並んだ、5月節句の兜。
作られたのは、30年以上も違うのに、時代を感じさせないのは、それが伝統と言われるゆえんか。

息子は、自分の兜を飾ってもらったことが嬉しくて嬉しくて、何度も座敷に行っては、伯父と自分の兜を交互に指差し、「コレは、おじちゃんの。コレは、おーの!!」と飛び跳ねてクルクル回る。リビングから廊下を通って洗面所に手を洗いに行くときですら、開けっ放しのふすまの向こうの奥の部屋の兜をさして、「アレ、カブト!」と言う。

大きくなったな。
来年は、どんなこと言って、自分の兜を見るんだろう?
再来年は?その次は?その次は?

私は多分、何かない限りずっと毎年、兜を飾るんだろう。
兜を飾っては、息子が生まれてからそれまでに大きくなったことを、振り返るんだろう。
あんなこともあった、こんなこともあった、って暫くしんみりと兜を眺めるんだろう。
そうして、毎年毎年、息子は大きくなっていくんだろう。
そうして、私は、毎年毎年、母親なんだろう。

息子が、元気にすくすくと、幸せに育ちますように。
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お家の中で

題名: お家の中で
作者: 子Chipapa@5歳
作成: 2007年3月


幼稚園で、カレンダーの裏紙一面に、クレヨンと折り紙で工作。もっと大きいけれど、左上に大きく本名が書いてあるので、カット。

折り紙を4つに折って、ハサミで切り目を入れて切り開くのは、お友達と考えながらやったそうだ。
後ろに書いてある、ピンクと赤のT字の物体は、「竹とんぼ」。
右上にある田の字の四角は、窓。

ほ、なるほど。
お家の中で、竹とんぼで遊んでいるということらしい。

写真を撮ってブログに載せても良いかな、と聞いたら、別口で作った折り紙の花を女の子に持たせてくれた。余計華やいで、いいね、子Chipapa。

楽しげな絵が作れたね、子Chipapa♪
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朝、6時過ぎに家を出ようと準備していたら、娘@5歳がパタパタと起きて来た。

で、「ハハがばあばを『お母さん』って呼ぶのが聞こえたから、あ、ハハいるんだなって来たの」

「ハハが風邪を引かないように、ってマフラー作ったんだよ」って、幼稚園で牛乳パックで作ったマフラーマシーンで編んだマフラーをくれた。

赤と緑の組合せの細長い毛糸のマフラー。その日着ていた服に合わせるのはかな~り厳しいけど、嬉しかったからクルクルって巻いて出掛けた。さすがに、外に巻くのは気が引けて、コートの中だったけど。ゴメン、子Chipapa。

そういえば、私も、そんなことがあったな♪
小学校2年生くらいのとき、学校のバザーで、黄色にグレーの斜めストライプが入ったネクタイを150円くらいで、父に買った。
子供なりに、父にこれなら大丈夫と思ったんだけど、父にとっては、派手すぎたらしい。

私が大人になってから、ふとそんな話を父にしたら、「あぁ、あれ、派手で、なかなかしていくのに勇気が必要だったけど、していったよ。娘に買ってもらったんだ、なんていい訳して」って、父が言った。

そうなんだよな。
客観的に、派手だったり服に合わなかったりしても、子供からもらうものって、特別なんだ。

ありがとう、子Chipapa。

最近私は、そういう娘や、「ママちゃん♪」って何度も言って甘える息子に、どんんどんハハにならされていく。
それは本当に、幸せなことなんだと思う。
緑と赤の細長いマフラーを巻いて、人から見たら全然ちぐはぐな取り合わせだって分かっているんだけど、でも、嬉しくて、何度も何度もマフラーをなでた。
ああなんて、ありがたい♪
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人が自分を幸せと感じるのは、自分の色々な部分の気持ち全部の満足度の評価軸の整合性が取れているからだと思う。そこに何らかの不均衡が生じると、不満だ、不幸だ、となる。

だから、その不均衡を元の軸に戻すか、評価軸のベクトルを不均衡にあわせて変えれば、また、気持ちの整合性が取れるので、不満は解消して、また幸せと感じることができるのだと思う。

たとえば。
おいしいものを食べるのが大好きで、スタイル抜群であることに満足している人がいるとする。その人は、おいしいものを好きなだけ食べて、特にワークアウトもしないのに、美しいプロポーションは崩れない。だからまた、おいしいものを好きなだけ食べる。この時点で、その人は幸せである。

この場合の評価軸は、1)おいしいものを好きなだけ食べられること、2)抜群のプロポーションを保てること。

だけど、この人が少し歳をとり、おいしいものを好きなだけ食べたら、太ってしまい、プロポーションが崩れてきたとする。それでも、その人が、最初に書いた1)と2)の評価軸で心の満足度を計っているとしたら、不満で不幸に感じることになる。

このとき、その人が、幸せになるべく取る方法は二つ。

一つは、1)と2)の評価軸に合うように、努力をすること。具体的な打ち手としては、たとえばワークアウトか、痩身エステ。これにより、また、1)と2)の評価軸が満たされれば、また幸せになる。

もう一つは、評価軸を変えること。たとえば、1)おいしいものを好きなだけ食べられること だけを自分の心の満足度の評価軸にする。そうすれば、いくら太っても不満には感じないので、やはりまたこの人は、幸せになる。

そう考えると、幸せになることも、不幸になることも、案外シンプルにコントロールできるものなのかもしれない。

・・・・・・・・ホントか??
四の五の言わず、やってみるか。
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