皆が心に余裕を持ち、無理をすることなく暮らし、お互いに優しくできる、そんな世の中だったなら。

失われずにすんだ多くの命がある。

そのことを心に刻み続けていきたい。



昨年の11月、引きこもり、不登校の親の会、岩手県全体会が、私の住む地区で開催された。


午前中は家族相談士、阿部さんの講話、午後は3つのグループに分かれてのグループトーク。


私が参加したグループに、60代前半ぐらいの男性がいた。女性一人での参加、もしくは夫婦での参加が多いなかで、男性一人とは珍しいなと思った。


自己紹介が始まり、その男性の順番になる。

彼は伏し目がちに話し出した。

「私は大船渡から来ました。

あの津波で引きこもりの息子と妻を亡くしました。」


一瞬で、その場の空気が変わった。

全員が彼の次の言葉を待っていた。


「私は長年、教師をやっていて、息子のことは全部妻に任せていました。

息子が引きこもりになった時も、私は何もしなかった。

妻は引きこもりの相談会に参加したり、そこで聞いたことを私に話してくれていました。

あなたも一緒に参加しようと何度か妻に誘われ、退職したら、きっと参加しよう。そう思っていました。

そんなとき、あの大地震が来たんです。

私は仕事中。

妻は家にいて、津波が来るから逃げようと息子に何度も言ったようです。

どんなに言っても息子は逃げようとしなかった。

近所の人が妻に早く逃げようと言ってくれたのですが、妻は息子と残ると言ったそうです。

そして、2人とも流されて亡くなりました。」


彼は、たんたんと、ただたんたんと事実を語った。

そんな風に語れるようになるまで、どれ程の思いを乗り越えたのか、私には想像すらできない。


しんと静まり返った会場に、彼の声だけが流れていく。

「私がもっと早く息子のことに関わっていれば、もっと早く相談会や家族会に参加していれば、息子も妻も生きていたかもしれないと思います。
どんなに後悔してももう遅いのですが。」

皆、鼻をすすったり、涙をぬぐったりしながら、彼の話を聞いていた。


「もう、妻も息子もいないけれど、妻とした約束を果たそう。
今度こそ、家族会に参加しよう。
そして、そこで私の体験を話そう。」

彼の声に少しだけ力がこもった気がした。

「私の体験を話すことで、他の引きこもりの親たちに伝えたいんです。

今は、忙しいから後で、そんな風に絶対に思ってはいけないと。

それが、妻と息子の死を無駄にしない為に、
いや、私の罪滅ぼしの為に
私にできるたった1つのことだと思うから。

そう思って、今日もここへ来ました。」

話終えた彼は、ただ静かにそこに座っていた。


その時の私には彼に掛ける言葉なんて、1つも浮かんでは来なかった。

もし今、彼と会えたなら、必ず伝えたいことがある。

「あなたのしていることは、とても尊く、素晴らしいことです。

だから、どうかもう自分を責めるのはやめて下さい。

奥様と息子さんが亡くなられたのはあなたのせいでは決してありません。

前を向いて、明るい日の下をどうぞ歩いて下さい。

きっと、それを奥様と息子さんも望んでいると私は思います。」