もう13年前になるかな
初めて精神科に入院したのは
まだ、結婚してた時だった
私が、その病室に入った時は誰もいなくて
4人部屋で一人でいたんだ
そしたら後に私が妹と呼ぶ子が入ってきた
彼女は、入院慣れしていた
私の、もとに来て丁寧に自己紹介をしてくれた
印象は、育ちが良さそうだなぁだった
毎日、私のベットにきて一緒に座りたいと言ってきた
私と、8コ離れていたので妹の様に可愛がったよ
ピアノは、3歳から習っているといっていた
ママも音大でているから、その血を継いだのだろう
その時はまだ、症状は全くといっていいほどなかったし
状態も、まあまあだった
確認癖だけひどかったけど
私より早く退院していった
私も、退院してすぐかな、離婚して体重も半分近くになった
食事ができなかったのだ
彼女とは、退院後も付き合いがあった
高校を卒業して音大に行くことが決まったと同時に
今の家に妹家族は、引越ししていった
その頃から、病魔が襲ってきた
幻聴、幻覚、確認癖は、異常なまでになっていた
助けたかった
できることは何でもやったつもりでいた
妹にとっていちばんやってほしかったのは
名前を「ちゃん付け」ではなく呼び捨てにされたかったのだ
ママは、ピアノ教室をやっているから子供たちを「ちゃん付け」で呼ぶ
妹は、私に、名前を呼び捨てされると嬉しいと言っていた
パパにもママにも呼び捨てされたことがないらしく
自分は、教室にくる子供たちと同じ位しか愛されていないと思っていたのだ
私は、気がつくのが遅かった・・・
私にだけ、出していたSOS気づいてあげられず
4年前、妹は、旅立ってしまった
妹が、家に泊まりにきた時、mamiちゃんちのこになりたいっていっていた
カラオケで2時間も歌ったのは初めてだって言っていた
会うたびに抱きしめてあげると喜んでいた妹
もっともっといろんな事、体験させてあげたいこといっぱいあったのに
恋人とのデート、音楽から離れたバイト、友達同士で旅行etc・・・
mamiちゃんといると初めてがいっぱいで楽しいって言ってたね
あなたの優しい微笑み、一生忘れないよ
パパとママの寂しさは、到底私なんかじゃ癒されないかもしれないけど
純子がしたくてもできなかったこと、生きてるかぎりしていくつもりだよ
お空からみていてね
mami