新緑のしまなみ海道と来島海峡 | 史跡散策

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プロフィール写真は、備後・福山城


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 先日、連休明けの快晴の日にしまなみ海道と来島海峡を東京の義姉妹と訪れました。

しまなみ海道は、瀬戸内海大橋の三番目の自動車道として広島県尾道市から愛媛県今治市の間

約60kmを総工費 7,464億円をかけて2006年に全線開通した、歩行者・自転車通が併設されている

のが特徴の一つで当日も多くの人が利用していた。

 

 尾道側から向島(先月、逃亡者で有名になった)、因島、生口島までが広島県で写真①は生口島

から伯方の塩で有名な伯方島を望む、爽やかな潮風の中、空と海の青に新緑が映えて美しい。

 

  ①伯方島遠景

 

 愛媛県側に入ると大三島、伯方島、大島と続き来島海峡に架かる来島第一、第二、第三大橋を

経て四国本土にわたる。

尾道から伯方島までは何度も利用したが全線の利用は今回で4度目だが、来島海峡の観潮船に

乗船したのは今回が初めて、大島の下田水港から波止浜湾間の往復50分の所要時間、44人

乗りの船だったが、当日は「小潮」で連休明けで乗客は私たち3名と他2名で貸切同然だった。

  下図は航行ルートと写真の位置を示す。

     

 写真②は、出発地点の下田水港の桟橋ーー午前10:30発

  ②下田水港

 写真③④は武志(むし)島の西側、今の時刻は瀬戸内海から九州の方に引き潮が流れている。

丁度、目の前を大きな貨物船が来島海峡の中水道を九州方向に悠然と通過していった。

  ③

  ④貨物船

 写真⑤は、周囲3kmの小島(おじま)で日露戦争の時、ロシア海軍の瀬戸内海進攻に備えて

瀬戸内海の西方入口に当たる小島に明治34年に要塞が築かれた。

島の三カ所に砲台があり28センチ榴弾砲が設置された。

明治38年の「二百三高地」の戦いにはこの小島から2門が運ばれたという。

 NHKドラマ「坂の上の雲」の「二百三高地」の撮影に使用されたレプレカが2013年にこの島に

移設されている。 写真⑤の中央の海岸にある。(写真ではみずらいが)

    ⑤小島

 

 写真⑥は周囲850mの来島で、往時の来島村上水軍の本拠地で本丸、二の丸、三の丸から

成り当時は島全体を要塞化していたという。

  ⑥来島城跡

 来島水軍は、室町時代は伊予守護河野氏、戦国時代は毛利氏に属して来島氏を称していた。

のち豊臣秀吉の水軍として伊予国2郡の内で 14,000石を与えられ、関ケ原の戦いでは東軍に

降り、1601年九州豊後国森に転封され12,000石の大名として 久留島氏を称して明治維新を

迎えた。

 

 写真⑦は来島のすぐ近くにある波止浜湾内にある建造中の船舶だが、江戸時代は全国有数

の入浜式塩田だったそうである。

現在、湾内には5社の造船会社があり、造船長屋と称される造船所が立ち並び多数の船舶が

建造中で海上から目近まで接近して見学でき圧巻だった。

  ⑦造船所

 

写真⑧は来島海峡第三大橋(橋の向こうは四国本土)の下の海峡(西水道)の海流で、本日の

潮目は「小潮」ということで海流の速さも3.5km/H と遅かった。

潮の渦も小さかった。 次は「大潮」の時!!   写真⑨⑩

  ⑧西水道

 ⑨

 ⑩

それでも、小さな観潮船は、波シブキをあげて前進した。 写真⑪

 ⑪

 

 出港した下田水港に近づくと波も穏やかになり、来島海峡第一、第二大橋を横目で見ながら

ガイドさんの「瀬戸の花嫁」を聞きながら快適なひと時を終えた。 写真⑫

  ⑫

 

  資料、来島海峡急流体験ガイド

 

 

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