冬の1~2月は私の出身の新潟大学や前勤務病院の長野赤十字病院の脳外科では2班に分かれ、泊りがけのスキー合宿が伝統として行われていた。たくさんの思い出が残っているが、1つだけ最悪のエピソードがあるのでご紹介したい。
平成3年1月下旬の土曜日に長野赤十字病院の部長会議の新年会が高山村のホテルであり夜6時から出席していた、夕方から雪が降り始めており会を夜8時に退席し、脳外科仲間など10人ほどが宿泊している熊の湯のホテルに向けタクシーを呼んだ。その頃にはかなり本格な雪降りとなり、運転手さんに志賀高原あたりに行ったことがあるか聞いたところ「ないです」との返事。少し嫌な予感がした・・・、が蓮池あたりまで行き、タイヤにチェーンを巻きましょうと車を止め、わたくしも外に出て装着を手伝った。雪で視界がかなり制限され10m先くらいしか確認できず、私も後部座席から身を乗り出し、運転手さんに「右は崖です。左に寄って!」など指示を出しながらゆっくり進んでいった。途中で大型のスキーバスが追い付いてきたので、「その後をついて行って下さい」と指示を出すが、すぐにバスは視界から消えてしまった。30分ほど走り関西の高校生がスキー合宿している木戸池ホテルまで来た時には夜11時になっていた。そのホテルの従業員が「熊の湯まではあとわずかだが、これから先は事故が多く、昨年も数人亡くなっている。行くのはやめたほうがいい」といわれ、「当ホテルは満室で宿泊はできない。これからスキーの業者が仕事を終え帰るから先導してもらい帰ったほうがいい」と言われ、ジープのような車の後について戻ることにした。ところが10分ほどしてこの車が車道から左に数m落ち、引き上げるからロープを引っ張ってくれと言われ、タクシーから降り吹雪の中で何とか引き上げた。タクシーに戻るなり運転手さんから、「ガソリンが少なくなってきたから、車の暖房を止めさせてください」と言われ愕然とした。その後山ノ内町まで戻り、ホテルを何軒か探したが、空室なしの表示ばかり。仕方なく須坂市まで戻り何とか駅前のホテルに宿泊できた。就寝は日曜日の午前1時であった。朝5時にタクシー会社から電話が入り、「申し訳ないが、昨日のタクシー料金の半分を払ってくれ、月曜日に伺います」とのこと。疲れがどっと出た。
日曜日は、目の覚めるような快晴でバスで仲間のいる熊の湯に向け出発。ホテルで着替えてゲレンデに出た。しかしハプニングはこれだけでは終わらず、どこかで仲間と接触したのか鼻血で、私の白の繋ぎのスキーウエアが血に染まってしまい早々に引き上げてしまった。以後このようなとんでもない事件は経験してないが、“大雪が降っている夕暮れには、スキー場には決して行かない”という教訓が残りました。
I.A.