映画、ドラマ、アニメにもなった小説「舟を編む」はとある出版社の辞書編集部の物語です。辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく。「大渡海(だいとかい)」という辞書はそんな思いを込められて、15年かけて24万語を編纂(へんさん)されますが、今どき辞書が売れることもなく、「大渡海」の出版中止が噂されます・・・。続きはぜひ映画で。
私の話は、当直中にもやしの根を取る仕事です。午前1時ごろになると、急患も救急車も静かになり、一息つけます。仮眠した方が良いけれど、疲れていると寝つきが悪く眠れません。そんな時は当直前に購入しておいた業務用のもやし1kgを広げ、食堂で大きなたらいに水をはり、もやしを洗います。茶色い種の皮を除いたあとは、ひたすら1kgのもやしの「ひげ根」と黄色い「芽」をすべて取っていきます。ラジオを流していますが、無心になり、息も忘れて手作業を続けます。1時間を少し回るくらいで完了します。
もやしのひげ根には食物繊維やビタミンCが豊富ですが、なぜ取るのか。食感が良いからです。見た目もきれいだし。その一手間で、町中華から高級中華に変わり、もやしを取る工程は技術料として価格に上乗せできます。その一手間をかけるかどうか、食べる人が喜ぶ姿を想像すれば、もやしの根を取ることにも価値が生まれます。子供ともやしを食べながら、価値や価格の決まり方を知ること、栄養や味覚を追求すること、下積み仕事を大事にすること。そんな思いを込めても、たった5分で食べ終え、親の心は伝わらず。小説化するにはあと15年かかりそうです。
H.T.