部屋に着いて、嫁の顔を見たら
少しホッとしました。

嫁は、
「もう、こんな雪の日に来なくても
良かったのに」

とボヤいていましたが。(笑)

でも自己満足ですが
僕は来て良かったな、

そう思いました。

とにかく、
お腹の子供の体重が増えていない、
ということは、オギ先生の指摘する
染色体の障がい云々の前に、

胎児と母体の心配が先にきていました。


なので、嫁の皮肉めいたコメントも
その時の自分には安堵の材料でした。

とにかく、愚痴がはける、
軽口がたたけることで、
嫁がいつものリズムを取り戻してくれることを祈りつつ、、


僕らはその後、深い話もなく

ただただベッドに一緒に座って
お茶を飲み飲み、

長女の最近の話ばかりをしていました。

染色体異常とか何らかの疾患とか、
もはやモヤモヤしていてもしょうがない。


例えば、「奇形」「不遇」
それらの言葉をグーグルに入れ
画像検索したことがあります。


いわゆる、「外側」側面からみた
「美醜」という概念、

しかし、
お腹の子が心疾患と判明した日から

いわゆるこの「概念」自体が
どれだけ上から目線だったということに
気がつきました。

自分は果たして、
「疾患」があったからという理由で
自分の子供を
「醜」のカテゴリー入れてしまうのか!?

僕の答えはNOです。

どんな疾患でも
どんなかたちだろうと

僕らのかわいい子供。

嫁も同じ気持ちだったと思います。



窓の外は
何層もの薄絹が織りなす
新雪舞う、典型的な冬景色でした。