インキュナブラ(incunabula )

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昨日の宇沢先生の会合では、様々な人々とお逢いし、刺激的な話を聞けて収穫の多い台風下の1日であったが、中でも強烈な印象を残したのが、黒川清氏のインキュナブラ(incunabula )の話であった。黒川氏との出会いは昨日の想定外の副産物であった。


インキュナブラ(incunabula )とは、ラテン語で、揺籃期の印刷本と言う意味で、1455年以後1500年までに活版印刷により刊行された本がこう呼ばれている。


元来西洋では木版印刷が発達しなかったため15世紀の中頃まで、本と言えば、ほとんどのものが教会の僧侶等が時間をかけてベラム(羊皮紙)に書いた手書き本(彩色写本)であったが、1455年にドイツ マインツのグーテンベルグが世界で初めて鉛鋳造活字による活版印刷でラテン語の聖書を出版した。活版印刷の発明は文字の発明と並んで人類文化史上 最も偉大な発明といわれている


黒川氏の「インキュナブラ(incunabula )」の話で何が面白かったかと言うと、このグーテンベルグによる活版印刷という人類文化史上最も偉大な発明を契機に、世の中の権威が失墜したという分析である。当時、聖書は一部の聖職者が独占していた。それを活版印刷という「インキュナブラ(incunabula )」の普及によって多くの人々も平等に読むことができるようになり、いままで神秘的に秘匿されていた聖書の内容が明らかにされ、そういった秘匿性の上に君臨してきた教会や王様に対する批判が生まれ、やがては宗教革命まで発展していった。


そしていまやその活版印刷に相当するのが「インターネット」であり、そのためにイマの権威がことごとく失墜している。


黒川氏は1枚の図を見せてくれた。そこには大きなピラミッドが描かれている。

日本の中のピラミッドの頂点を霞ヶ関とすると、その霞ヶ関の中にもさらにピラミッドがあり、その頂点に財務省がある。そしてその財務省の中にもさらにピラミッドがあり、その頂点に主計局がある。そしてその主計局の中にもピラミッドがあり、その頂点に東大法学部出身者がほぼ独占している。そして、その究極の頂点を目指して、世の中の高校生は東大法学部を目指す。そして東大法学部を目指す多くの高校の中にもピラミッドがあり、その頂点にいわゆる灘、開成、麻布等の有数の進学校がほぼ寡占している。そしてそれを目指して中学受験にしのぎを削っている。そしてその進学中学群の中にもピラミッドがあり、その頂点に有名高校への進学率の高い有名私立中学がほぼ名前を連ねている。


ここで彼が描いたピラミッドはあくまでも単純化したもので、その是非の議論は彼の意図ではなく、あくまでもこういった幾つかのピラミッドが、上述の第2の「インキュナブラ(incunabula )」である「インターネット」の出現によって崩壊しつつあると指摘している。ある意味で法学部以上に権威のあるであろう東大医学部出身で東大名誉教授である黒川氏にこうまで言わしめる事が実に面白かった。


現代の「インキュナブラ(incunabula )」の威力は驚異的に大きい。だから、昔は東大や政府の一部の大先生しか知らない文献がいまではたった3分もかからずインターネットでたやすく検索し入手できるのである。東大やハーバードの権威ある先生方が全て情報の独占を頼りに自らの権威を保っているなんて乱暴なことを言う気はもうとうないが、少なくともこの第2の「インキュナブラ(incunabula )」である「インターネット」の出現による大きな変化を、昨今の不祥事の内部告発等の卑近な例も含めて、大きな変化をとらえることは重要であろう。