昨年の1月20日に、父が亡くなり、今日が命日です。

父と最後に会ったのが、お寺の行事を済ませた後、昨年の元旦でした。

その日、父が大好きだった「みかん」をプレゼントしたりして、

帰り際に、父からかけられた言葉が 「ありがとうね」 でした。

 


この世に存在する全ての生命体は、生まれれば、いつか最期を迎えます。

 

 

最期を迎える直前に交わした言葉が、「ありがとう」という言葉だったから、

父を亡くして、とても悲しい気持ちは、もちろんあったけれど、

「ありがとう」という言葉で、お別れできた事が、

私にとっては、「救い」でした。

 


父の臨終の知らせを受けて、

「娘として、今、父にしてあげられる事は何だろう?」と考えた時、

「亡くなった人は、自分の葬儀を観ている」と聴いたことがあったので、

父への感謝の気持ちを綴った弔辞をしたためたのでした。

 

 

 


≪長文ですが、以下が弔辞の文章です。≫


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


お父さんへ

 

 

 

 お父さん、私に命を与えてくれて、ありがとう。
 私を守ってくれて、ありがとう。
 たくさんの愛情を注いでくれて、ありがとう。

 

 

 

 お父さんが、亡くなる前に、周りの人に、感謝の気持ちを伝えていたそうですね。
 人生を終える前に、ありがとう という言葉で締めくくったお父さんの人生。

 私も、ありがとう という言葉を遺して人生の幕を閉じる事ができる、そういう人間になりたいなぁ…と、感じました。

 

 

 私が生まれる前に過ごしてきたお父さんの人生を、私自身は経験していません。
でも、お父さんが過去に歩んできた時間で体験した出来事を、子供の頃から少しずつ聴いて育って、お父さんの人生から、たくさんの事を学ばせていただきました。

 幼少期に、両親が相次いで肺病で他界して、親の庇護を受けることなく、世間の荒波にもまれながら育った時のお話の数々…。

 

 

 

 子供時代に、幽霊の出る「開かずの間」で、夜な夜な心霊体験をしたというお話を聴いた時、「もしも、私がお父さんと同じ境遇だったら、果たして自分には耐えられただろうか?」と、子供心にも、とても印象深く心の中に残っています。
そして、「私には、私を愛し、守ってくれるお父さん、お母さんがいて、本当に幸せなんだなぁ…」と、心から感謝してきました。

 

 

 

そんな心霊体験を余儀なくされたお父さんに、私が大人になってから、
「お父さんは、幽霊の出るお部屋から、どうやって解放されたの?」と質問した時に、
「旅館の意地悪なおばさんに、‘そんな事をしてはいけないんだよ’、とたしなめてくれる人がいて、その人の助言のおかげで、幽霊の出ない安全なお部屋で眠る事ができるようになったんだよ!」と、笑顔で教えてくれましたよね。

 

 

 


親の庇護がないと、世間の中には冷たい仕打ちをする人もいるけれど、何の見返りがなくても、救ってくれる人もいるんだ、という事を、お父さんのお話から、私も学び、理解する事ができました。

 

 

 

 

昭和2年生まれのお父さんは、いつ出征してもおかしくない時代に生きていたので、ある時ふと思いついて「お父さんは、戦争の時に、招集されたの?」と質問した時には、
「出征するちょっと前に、木から落ちて、足をけがしてしまって、行けなかったんだよ。私自身は、戦争に行って国のために戦って、命を賭してもいいって思っていたんだけどね。」と答えてくれました。

 

 

 


そのお話を聴いて、
「幼少時代に若くして病死した両親や、戦争で戦って命を賭した兄、南部家のご先祖様が、お父さんを戦争に行かなくて済むように、見守ってくれていたんじゃないかな…」
と、私は直感的に感じました。

 

 

 

 

南部家は、代々、肺結核で命を落としてきた家系で、お父さんも、結核を患いましたが、病に打ち勝ってくれたおかげで、私は、この世に生を受ける事ができました。
私が生まれた時、「この子は、胸板も厚くて丈夫そうで、結核にはならないね!」と喜んでいたのに、やはり、家系でしょうか、私自身も肺結核を患い「私は南部の血が濃いのかな…」と感じましたが、薬と療養だけで快復する事ができました。

 

 

 

 

私自身はお会いした事もない数限りないご先祖様のおかげで、今こうして私は存在できて、目には見えなくても、私に繋がる、たくさんのご先祖様のご加護を感じています。

 

 

 

 

人生には山あり谷あり。
楽しい時も、うれしい時も、辛い時も、苦しい時も、悲しい時も…、
いつも、私には、心の拠り所となるお家に、お父さんがいてくれたおかげで、私は、ここまで歩む事ができました。

 

 

 

 

親の庇護なく、何の後ろ盾もないお父さんが、一代で努力して、家族を愛し、養ってきてくれたおかげで、私は、大好きな音楽を学ぶ事ができました。

 

 

 

 

私の学生時代は、経済的には決して豊かではなかったにも拘わらず、
「あなたがやりたい事なら、お父さんが一生懸命働くから、お金の事は心配しなくていいから、やりたい事をやりなさい。」と言ってくれたお父さん。

 

 

 

音楽大学卒業後は、肺結核を患った事で、少々、回り道をしましたが、今は、ピアノを子供たちに教えながら、心豊かな時間を過ごしています。

 

 

 

お父さんは、私の父であり、人生の先輩であり、師でもあります。
お父さんの生き様を、子供の頃から見て育ち、大人になった私には、お父さんから学んだ数々の事を、私が生き続けている間中、これからもずっと、私の中に在り続けます。

 

 

 

 

90年という長きに渡り、お父さんの「魂の器」だった肉体は、この世からなくなっても、お父さんから学んだ事、お父さんと過ごした思い出の記憶は、これからも、私の中に在り続けます。
肉体はなくなっても、魂は、永遠。

 

 

 

 

子供たちに、ピアノを教える事ができる私は、ピアノの技術だけではなく、お父さんから学んだ大切な「人間としての魂・精神」を、ピアノを教える仕事を通じて、伝えていきたいと思います。

 

 

 

 

人生の最期に、「ありがとう」という言葉で締めくくったお父さんを、心から尊敬しながら、私自身も、そういう最期を迎えられるように、これからの私に与えられた有限の時間を、
感謝の気持ちを抱き続けながら、生きていきたいと思います。

 

 

 

 

お父さん、たくさんの愛情を、本当にありがとうございました。

 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

家族葬の場合、娘からの弔辞は、一般的には読まないそうですが、

日頃からお世話になっている福泉寺のご住職様のお計らいで、

私の弔辞を捧げることができました。

 

 

私が生まれてからずっと、

生きている間も、亡くなって仏様となった今なお、

父は、私の事を見守ってくれているんだなぁ…と、

心から感謝しています。

 

 

 

 

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